第37話 カッターメンバー
「ここだね、バエル。ケーキの匂い」
「♪」
鋭いケーキ嗅覚を持つキャスと“バエル”は海沿いを進み、人の気配が多い場所にたどり着いた。
そこには帝国兵が皆、上半身の上着を脱いで涼しげな格好で集まっていた。各々鍛え上げられた二頭筋はそれなりに目立つ。
「何したらあんなにムキムキになるんだろうね?」
「??」
鍛えた人間とあまり遭遇したことがなかったキャスと“バエル”は、目の前の体格の良い帝国兵を見て、物好きだなぁー、と呆れる。
そのまま隠れつつ様子を伺っていると、少し離れた所に透明な箱で保護されている二つのホールケーキを見つけた。
「あれだよ、バエル。さて……どうやって食べようか」
「♪♪」
“バエル”も目的の物を見つけて嬉しそうに跳ねる。作戦はいくつかある。
1、皆が居なくなったら箱を開けて、ケーキの角を抉る。
2、ちょっと騒ぎを起こして気を反らした隙に箱ごと持って逃げる。
3、ニセモノとすり替える。
「どうせなら皆で食べたいよねー」
「♪」
あの二つの内、どっちか一つを手に入れて持ち帰ろう。皆の喜ぶ顔が眼に浮かぶなぁ。
「君は参加しないのか?」
「うっひょあ!?」
後ろから声をかけられてキャスは羽上がると、ばっ!? と振り向いた。
バカな!? あたしが後ろを取られたぁ!? 一体何者……?
そこに立っていたのは一人の眼鏡をかけた中年の男だった。知的な印象を受けるもののそれ以上の貫禄を纏い、頼れる雰囲気を漂わせている。さらに――
「すんすん。この匂い……ケーキを作ったのは貴方?」
鋭いケーキ嗅覚があの二つのケーキの産みの親を特定する。
「おや? 甘い匂いが残ってるかな?」
「あたしには誤魔化せ――」
「あたし?」
「ぼ、ぼくには誤魔化せないよ!」
あっぶなー。バレたらヤバいじゃん。
すると男は、すっ、とハンカチを差し出してきた。
「ヘルメットは今は必要ない。それに顔くらい拭きなさい」
「あ、ども……」
ヘルメットを取って顔をハンカチで拭く。少しさっぱりして、返そうと視線を戻すと、男は覗き込む様に至近距離にいた。
「君は……」
「うわっ!? なに!?」
ばっ! とキャスは距離を取る。男は何かを思い出す様に自身の顎に手を当てた。
やば……思いっきり顔を見られた……ヘルメット……ヘルメット――
「君の名前は?」
「あた……ぼくはキャス――ト・エルです」
反射的に本名を避ける。
「キャストか。私の艦には無い名前だ。君はどの艦所属だい?」
「え!? そ、それよりも、相手の素性を聞くなら先に貴方から名乗るべきなのでは!?」
「! はっはっは! そうだな。失礼した。フォルサイ・マクシムだ。帝国海軍教導隊教官。此度の遠征では二番艦の艦長をしている」
「うぇ!?」
思ったよりもヤバい人だった。
「それで君はどこの艦に所属している?」
「えっと……四番艦……です」
「ジドー艦長の? ふむ……彼の艦のメンバーは全員が海賊上がりだと聞いているが、君は新参かい?」
「え? かいぞく……そ、そうです! かいぞくですよー!」
よく分かんないけど、そう言う事でいいや! どうとでもなれ!
「そうか。まぁ、四番艦は調査から戻ったばかりだし、把握しきれていない顔もある……か」
「そう言う事です!」
なんか、上手く納得してくれたみたいだ。あたしの目的はケーキのみ! ちゃっちゃと手に入れて離脱する!
「キャスト、残念ながらケーキは勝者チームだけのモノでね」
「うのぉ!? 心が読めるの!?」
「ずっとケーキに視線を送っていれば誰でも気づくさ」
不覚……ここ最近の甘いモノ不足がこんなミスをっ!
「食べたければ君も『カッター』に参加すると良い。トーナメントを二回やって、優勝した二チームが食べられるぞ」
「かったー?」
なんだそれ?
「大きなボートに乗って、皆でオールを漕ぐんだ。先にゴールに着いた方が勝ち。海軍学校では心身を鍛える競技として標準的に学ぶのだが……四番艦の乗組員なら知らないのも無理は無いか」
四番艦は基本的にジドーを艦長として乗組員は彼の物差しで決められている。故に皆が荒くれ者。正規兵は存在していない。
「船を漕ぐだけで良いんですか?」
「お、言うね。確か、Bチームに欠員が出て急遽一人捜してたな。紹介しようか?」
「是非!」
あんなもの、皆と合わせて動けば良いだけじゃないか。それでケーキゲット……実に楽っ!
あたしはフォルサイさんに連れられてBチームとやらの所に向かった。
「おい、どうするんだよ……」
「あのバカ……ガイダル様が平気で食べてるからって果物にアタリやがって……」
「だめだ! アイツ便所から出てこねぇ! アンバー博士呼んでくれーって叫んでやがる!」
「…………」
「くそっ! 一人足りねぇぞ! 流石に五人じゃ――」
「悲観しているな」
「! 艦長!」
フォルサイさんが姿を見せると、男の人五人は立ち上がり、指を立ててビシッとおでこの前に斜めに構える。
なんだそのポーズ……ちょっと格好いいじゃないのさ。
「やはり、ヒネンは無理だったか」
「アイツ、港の隅に転がってた梨みたいな変な果物を拾って食べたんですよ。ラッキーとか言って。そんでもって今、腹の中の嵐と戦ってます」
「そうか。それは不注意だったな」
近くに噛られた“ミンクの実”が転がってる。これ、加熱しないと消化不良起こすんだよなぁ。
「そんな、お前達に助っ人だ」
「あっと、あた――っと、ぼくはキャスト・エルですだ!」
あたしも指を立てておでこの前に持ってくるポーズにて名乗り出る。
「ハンクだ。キャスト、お前は……カッターの経験はあるか?」
ハンクさんはあたしの身体をじっと見てそう聞いてきた。他の皆と比べてだいぶ細い。女の子なので!
「彼は四番艦の乗組員でね。経験は無いそうだ」
「そうですか……」
露骨に残念そうな表情をされて、内心ムッとくる。
「彼に経験が有る無いにしろ、人数が揃わなければ始まるモノも始まるまい」
「そうですけど……」
『そろそろ、トーナメントを始めるぞー! AチームとBチームから、セッティングしろー!』
「げっ……仕方ねぇ。キャスト、臨時メンバーとして頼めるか?」
「いいですよー。ただしー、ぼくのケーキ取り分は三分の一で」
「なにぃ!? コイツ……」
ムッとしたあたしはそれなりのモノを要請した。フォルサイさんは、はっはっは、って笑ってたけど、やる時はとことんやるよ! あたしゃ!
『おーい、Bチーム――』
「くそ! 皆もそれでいいか!?」
ハンクさんは他の人に同意を求めると、お前ほど甘党じゃないから別に良いぜー、と他はとにかくケーキが食べれれば良い様子。
「よし、行くぞ! 絶対にケーキをゲットする!」
「よぉし!」
そう意気込む、あたしと肩に乗る透明の“バエル”。ふっふっふ。ボートを漕ぐだけなんて楽勝よ!
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