第36話 Aエンジン

「名簿に名前が無い……」

「何か事情でも?」


 オレはアンバーの様な重要人は乗せるとしたらガンズの爺さんの船だと思っていた。

 何せ、絶対に沈まない【海神】の船だ。そんでもってガンズの爺さんは一番偉い船のハズだから、多分一番艦。故に嘘所属を二番艦と名乗ったのだが……


「実はですね。ここだけの話にして欲しいんですけど」

「言いたまえ」

「知り合いと、この遠征任務を変わって貰ったんですよ」


 ハンニバルは状況の辻褄合わせに移る。


「オレは帝国でも末端の末端に所属してる兵士でしてね。戦車もない歩兵部隊です」

「ほう」

「それでです! 知り合いの知り合いがこの遠征任務に行くって聞いて――」

「聞いて?」

「眠らせてソイツに成り済ましました」

「……ふふ」


 ウケた。昔からアンバーは溜めに溜めたオチに弱いのである。


「今頃、本国では大騒ぎだと思いますけど……戦果を上げれば帳消しだと思ってます! こんなに遠くに来たらすぐにはバレませんからね! ですんで……黙っててください」

「ふふ。まぁ、私は軍属だが軍人ではないのでね。君とは会わなかったと言う体でも構わないよ」

「ありがとうございます!」


 乗り切ったか。アンバーは自分の研究に支障が無ければ他には無関心なヤツだからな。


「その代わりと言ってはなんだが、私から一つ質問を良いかな?」

「どうぞ、どうぞ」


 まさかオレが生きてるとは思うまい。

 ハンニバルは何だか楽しくなってきて少しテンションが上がる。


「【海神】ガンズ・マーベリックが唯一負けた海戦は何隻沈んだのか分かるかね?」

「15隻。あのハンニバルに火艦を突撃されて後方の一隻を残して全部海の藻屑です」

「おや? それはおかしいね。帝国の歴史教科書には20隻と記載されている。当時の事を知る者の子孫からの話を聞いた上での信憑性の高い話だ」


 やっば……調子に乗った。20隻とか……話をしたヤツ盛ってんじゃんよ。


「あれ? そうですかね? オレのトコは15隻って聞いてますよ?」

「君はどこで教養を?」

「あー、実はそう言う事は全部家族から教わってるんです。オレは貧困層出身なんすよ。少しでも家族の負担を減らすために徴兵に応募して入隊したんです。そこから戦車兵に憧れて目標にしてまして」

「ふむ」


 辻褄は合ってるハズ。


「なるほど……軍規違反を起こしてでもこの遠征に潜り込む、その好奇心は実に捨てがたいモノだ」


 少し話題をこっちの身の内話からそらすか。


「それでですね、アンバー博士。一つお願いを良いですか?」

「なんだね?」


 ハンニバルは、移動の為に動き出した戦車を見る。


「あの戦車の仕組みってどうなってるんですか? なんでこんな重いモノが動くんです?」

「ふむ、それについては『Aエンジン』が大きく作用している」

「『Aエンジン』?」


 何だそりゃ?


「帝国の領土には広く流通していると思ったが、君のところには馴染みないかね?」

「あっ! 隣のケビン爺さんのトコで見ましたよ!」


 咄嗟にデタラメで対応。『Aエンジン』とやらは帝国中に普及してんのか。


「簡単に言えば小型のエネルギー濃縮装置だ。コップ一杯まで濃縮されたエネルギーは組み込まれた周りの機関と相互作用を起こして、一定のエネルギーを供給し続ける」

「それって、どれくらい続くんです?」

「サイズや組み込む機関にもよる。小型サイズで1年、中型サイズ10年、大型サイズで50年と言う結果だ。これは24時365日間で常に連続稼働し続けての結果だがね」


 有限ではあるものの、エネルギー切れは期待できないか……


「不具合とか事故とかは起こったりはしないんすか?」

「何度もあったよ。時に多くの人間が巻き込まれた事もある。しかし、その歴史があったからこそ『Aエンジン』は安定したのだ」

「て事は、この遠征にも……」

「勿論、兵器の動力から生活関連の機器を動かす事にも使われている。最近は特定の周波数を出せるタイプも製造していてね。小型の物をペルキナ部隊の車輌に試作品として使わせていたが、片方が完全に溶かされてデータを取れなかったよ」

「しゅうはすう、ですか?」


 知らん単語がどんどん出てくるな。


「簡単に言えば音の波の様なモノだ。特定の“波”同士は干渉し合い、機器同士で声を届け合う事が出来る」


 ……あの時、敵の前後での完璧な包囲はソレによるモノか。戦闘練度を技術で大きく補填。逆に利用できるかもな。


 と、アンバーはゴソっと一つのキューブをハンニバルに差し出す。


「これが『Aエンジン』だ。君にあげるよ」

「え? 良いんですか?」

「構わないよ。本国なら普通に買えるモノだからね」


 そうなのか……まぁ貰えるならラッキー。


「何かしらの機器に繋がなければ意味は無いがね」

「博士」


 すると、義足の男が現れた。男が腰に持っている『Aエンジン』はその義足に繋がっている。


「おや、どうしたんだい? ギネス君。義足の調子が悪いのかい?」

「いや、それは問題ないです。被験体が眼を覚ましました。意識が混濁している様でして、今のところは“出す”感じはありません。ミヨが完全装備で見張ってますが」

「ふむ。生物反応を確認してみるとしよう。ハイルディン君、講義はここまでで良いかな?」

「あ、呼び止めてすみません。『Aエンジン』をありがとうございます」


 ハンニバルは握手を求めて手を差し出すと、アンバーはソレに応じる。


「…………もし、手足を失って退役する事になったら私の所に来たまえ。戦闘義肢の研究はまだまだ試作段階なのでね」

「その時は世話になりますよ。ちなみに『Aエンジン』の“A”って――」

「私の名前だ」

「ハハハ。素晴らしいネーミングです」






 アンバーはハイルディン(ハンニバル)との握手を終えると、彼が去るまでその背を見ていた。


「えらく気にしてますね? あの兵士の事」

「少しばかりね。旧友の雰囲気と被ったのだよ」

「旧友? ジャミン博士ですか? それともテスラ教授?」

「いいや」


“アンバー、兵器の研究は止めていい。上にはオレが適当に誤魔化しておく。手足を失った奴らが生活できる様な義肢を作ってくれねぇか? 好きだろ? 人体”


「ハンニバル・K・バルカだよ」

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