第35話 旧友

 リタは西回りに進みつつ、なるべく目立たない海沿いを歩いていた。

 ブルームには度々訪れていた事もあって馴染み深い店も多い。しかし、今そこに居座るのは挨拶をした店員ではなく、帝国兵士ばかりであった。


「…………」


 ヘルメットを目深にかぶって店の前を通り過ぎる。今のところ、民の姿は一人も見ない。労働力や拘束されている様子もない所を見るに……


「徹底的って事ね……」


 戦う事に闘志は湧いているが、実際に全てを塗り潰そうとする敵の所業を目の当たりにして、闘志とは別の怒りが湧く。


「……あれが鉄の船」


 そのまま海沿いを進み、あまり収穫は無さそうだと思っていると、破壊された港へ出た。そこには遠目でも見た艦が停泊している。


「本当に……浮いてる」


 近づき、見上げる程の艦を見て感嘆をもらす。

 何かの魔法で浮いているのかと思っていたが、魔力は欠片も感じず、視界に収まらない程に巨大な鉄が安定して浮いている。

 リタにとっての常識外な事に何故浮いているのか仮説すらも立たない。


「砲弾の精製はどんな感じなの?」

「鉄の品質は問題なかったそうです。今、試験的に製造しているとの事で、組上がりましたら試射をお願いしたいと」

「火薬の精製も現地の材料を見つける必要があるわ。それに伴う品質も細かくチェックしないと」

「心得ていますよ。やはり、生産を安定させるには山岳地帯を含めた一帯の制圧が必要不可欠です」

「後で提督に進言するわ。今は製造過程を安定させて」

「わかりました」


 近くで専門的な言葉にて会話をするのは、三番艦艦長――リアンと、鉄鋼街とブルームを往き来する製造技術員の男だった。

 リアンは細かく状況が書かれた手書きの報告書を読んでいると、


「ん?」

「あっ……」


 視線を向けてくる気配に気付き、視線を上げるとリタと目が合った。

 リアンは歩いて寄ってくると、


「貴方、名前と所属は?」

「リ、リタ……フ……インフリトです! 二番艦に所属してます!」

「リタフ? 二番艦ね。見ない顔だけど……新兵かしら?」

「え? そ、そうです!」


 新兵。と言う言葉の意味を理解してないリタはとにかくその場凌ぎで言葉を繋ぐ。


「この二番艦艦長のリアン・ボードウィンよ」


 二番艦の艦長……長……つまり、この鉄の船で一番偉い人と言うこと……?


「貴方……」


 しかし、じっと向けられるリアンの眼はこちらを分析しているかのように鋭かった。

 ここはブルームの一番奥だ。いわば袋小路。ここでバレてしまったら……


「技士志望の新兵ね?」

「え?」


 納得した様にリアンは困った様に額に手を当てる。


「まったく……フォルサイ教官も困ったものだわ。今回の遠征は未踏の地だから精鋭を連れていくって話だったのに……」

「えっと……」

「貴方、相当な技術ヲタクでしょ? ヘルメットも取らずに上官の名前も咄嗟に出てこないくらいだし。これで顔くらいは拭きなさい」

「あ……ど、どうも……」


 リタは渡されたハンカチを受け取る。


「今回の遠征じゃ、普段は研究所に隠ってる博士も一緒に来てるし、何とか接点を作ろうって考えが見え見えよ?」

「え、あ、そ、そうなんですよー! いやー、本当に困りましたー!」


 何だか違う方向に誤解してくれていた。

 これが、ハンニバルの言っていた“意識の死角”か……


「まぁ、教官は若手に経験を積ませる意味で任務に何人か新兵を連れてくるし。今回、選ばれた貴方は相当ラッキーね」

「あ、あはは」


 誤魔化しきれた様子に内心安堵するリタ。すると、


「それで、どこまで必修科目は進んでるの?」

「え?」


 ひっしゅうかもく? なんの呪文だ?


「最低、二期生くらいまでは修了してないと技士は厳しいわよ」

「えっと……その……」


 全く意味が解らない。デタラメを答えるワケにも行かず口淀んでいると、


「……貴方、意欲だけが先走るタイプね。確かに現場の経験は必要だけど、それは知識ありきで形になるモノよ」

「あ、す、すみません……」


 リタは会話の流れを殆んど理解していないが、怒られた事は解ったのでとりあえず謝った。

 するとリアンは一度嘆息を吐き、


「仕方ないわね。ちょっと艦に乗って機関を見ていく?」

「え?」


 リアンの提案に思わず聞き返す。


「別に突き返したりしないわ。優秀な技士が増えるのは帝国の利になる。間も無く警備任務に入るからそんなには構えないけど、どうする?」

「あ、お、お願いします……」

「ただし、知識のすり合わせは後で自分で行いなさい」

「は、はい!」


 何か良く解らないが、鉄の船に乗れるらしい。






「ハハハ。どいつもコイツも知らない文化を楽しんでるな」


 ハンニバルはブルームでも特に人通りの多い場所を歩いていた。

 話している内容は、日常的な愚痴からペルキナ部隊が壊滅した事、あまり役に立ちそうにない。


「配置なんかが分かれば良いんだがな」


 内側は比較的に気の緩みが強い。そして、少し通りに出ると鉄で造られた重々しく平たい乗り物に目が行き、それに近づく。


 完全に鉄で出来てる。重さに伴う馬力はどうやって確保してんだ? 馬が引いてる様子もない。車輪は……金属を繋ぎ合わせたベルトを咬ませてんのか。

 ほー、これなら多少の荒れ地も越えて行けるなぁ。それにこの細長い鉄の筒……戦艦についてるヤツの小型版ってトコか。それが移動して走って襲ってくる、と。


「機動も出来る砲台ってとこか」

「戦車に興味があるのかね? ヘルメットの君」


 戦車に対する分析を終えたハンニバルへ背後から声がかかった。それに対して――


「ええ。何せ、戦車兵はオレの夢でしてね。アンバー博士」


 ハンニバルは聞き馴染みのある声にそう答えると血の着いた白衣を着るアンバーへ向き直る。


「君は――」

「ハイルディン・ルカであります! 所属は二番艦です!」

「ハイルディン……私も二番艦に乗って来たのだがね。乗組員の名簿には眼を通したが……ハイルディンの名は無かったと記憶しているが?」

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