第33話 ブルーム潜入
“潜入メンバーはオレ、キャス、リタの三人だ”
“あたし?”
“私も構わないけど……”
“…………”
“ハハハ。ラシル、いくら不満そうな目をしてもお前は留守番。理由を聞くか?”
“教えて”
“まず体格の問題だ。胸がでかいモナと怪我をしてるミカは対象外。ラシル、お前は幼すぎるし隻眼だ。変装は無理だよ”
“他には?”
“顔を見られてる。他は印象深い抵抗をしたこともあって記憶に残ってるだろう。キャスとリタはその点、敵からすれば曖昧に見られてるしな”
“まだある?”
“ハハハ、あるぞ。バレた時の離脱での相性だ。バエルは汎用性が高いし、イフリートは牽制にはもってこいだからな”
“私も――”
“スプリガンは例外だ。敵は『巨人』に対する神経を尖らせてる。その『魔女』が近くに居ると解れば血眼になって追撃してくるぜ。敵からすればお前さんは真っ先に無力化したい相手だよ”
“…………”
“よし、ラシルも納得したようだし、それでプランを組むぞ”
“そうには見えないけど……”
“ラシルちゃんの視線が痛いなぁ”
「よう、おつかれさん」
「ん? おう。もう交代の時間か?」
奪った帝国の軍服を着たハンニバルは橋の入り口を検問する兵士に話しかけた。
ヘルメットも標準装備であった為にキャスとリタは深く被り、更に少し顔を煤で汚して少しでもカモフラージュする。
四番艦に吹き飛ばされた橋の箇所は、樽を浮かせた土台で補強し、元の通りに通れるように修復されていた。
「ちょっと変な動物を見かけてな。角の生えたウサギみたいなヤツ。ありゃヤベー。二人なんてビビって転んで顔が泥まみれだ。仕留められなかったが……報告をと思ってな」
「まじか……機動力はどんなモンだった?」
「ウサギと変わんねぇ。つぶらな瞳で角をぶっ刺しに突進してくるんだぜ? 夢に出そうだ」
「はは。ウサギがトラウマとか運がねぇな、お前」
「早くオレを安心させてくれ。通って良いか?」
「おおー、行け行け」
ハンニバルは見張りの兵士と軽く肩を叩き合うと、その横を通過した。後に男装したキャスとリタも続く。
「ん? ちょっと良いか?」
呼び止められてピタッと止まる。
「ワリ聞き忘れた。名前と……後、何番艦に所属か教えてくれ」
「ペルギー・ワイズマン。二番艦所属だ」
「ハングド・テニー。に、ばんかんです」
「ベルレ・ドー。二番艦所属です」
「んー……あぁ、なる程な。悪かったな、呼び止めて」
「お前は角付きウサギから逃げんなよ?」
「トラウマになったら慰めてくれ」
ハンニバルは見張りと最後まで軽口を叩き合うと内陸橋を進んだ。
橋は一本道であり、軍の進軍を邪魔しないように無駄な物は一切置かれていない。
「ふー、緊張したー」
「今のは大丈夫だったのかしら?」
「メモを取ってる様子も手記を取ってる感じもない。本当にただ、異常の有る無しを判断してるだけだ」
キャスもリタは“声変わり草”を使って一時的に男声を出せる様になっていた。
胸を布で縮めて、ヘルメットを目深に被れば十分に男に見える。
「あまり萎縮するなよ? 変装してるオレたちからすれば、占領地は安心できる拠点だ。変に緊張してれば逆に怪しまれる」
「はーい」
「わかったわ」
「いやー実はブルームに来るの初めてなんだー。ちょっと楽しみー」
「ハハハ。そんな感じで良いぜ。多分、お前らが思ってる以上に敵は“普通”だからな」
キャスとリタは殺気と殺伐とした雰囲気を想定していたが――
「文字の解読はまだかよー」
「今、博士は実験で手一杯だとよ。独自の解読班が頑張ってるが」
「もうちょっと待つかー」
「えー、マフィンの材料に類似した食材は六番保管庫へ持ってく行くようにー」
「フォルサイ艦長がホールケーキ作ったってよ」
「マジか!? 二番艦の奴ら、マジで特だよなぁ」
「流石にトーナメントの優勝賞品だってよ。勝ったチームが総取り」
「何チーム集まるんだ?」
「Fチームまで出来てるぞ」
「皆、必死過ぎだろ。俺も行く!」
敵は軍服も着崩し、武器を持っている者は数える程だった。まるで、ブルームの市民の様に和気藹々と戦いの事など忘れて“日常”に
「……これって」
「これが……私達を殺しに来る敵……なの?」
「相手も人間だ。気を抜く時もあるし、ずっと緊張してる事もない。まぁ、警らの部隊はキッチリと武器と装備を持ってるみたいだけどな」
自分達の村と変わらない笑い声や雰囲気が今のブルームに広がってる。
「ラシルが見ればブチキレるだろうな」
ハンニバルは、ハハハ、と笑う。
壊れた建物等が半分放置されているものの、家々はそのまま残り、彼らの住居として使われているようだった。
「それも、ラシルを選ばなかった理由?」
「まぁな」
「良い匂いするなぁ~」
簡単な裏路地に行き、人眼のつかない所で三人は改めて調査に入る。
「固まる方が不自然だから三手に別れるぞ。下手に質問されたり声をかけられたら橋での名前は名乗るな」
「なんで?」
「相手がその知り合いだったら一発でアウトだ。適当な名前で顔を洗いに行く途中とでも言って離脱しろ」
「そもそも、何故女である私達はバレてないの?」
「意識の死角に入ってるんだよ」
意識の死角? と二人は首を傾げる。
「敵からすればこんな大胆に『魔女』に潜入工作は出来ないと思ってるだろう。どっちかと言うと使い魔の方が驚異だしな」
「そんなモノなの?」
「なんか、変な感じー」
「流石に派手に動き過ぎるとバレる。使い魔もオレが合図しない限りは使用禁止だ。何かヤバい事態に陥ったら煙玉を使って騒ぎを起こせ」
二人はポケットに持ってきている煙玉を改めて意識する。
「キャスはブルームを東回りに、リタは西回りに聞き耳を立てて移動しろ。オレは内部を適当に回る。『記憶石』は常に握っとけ。太陽が水平線に触れるくらいの時間に、ここに集合だ」
路地の隙間からでも見える水平線と太陽はブルームの内側に歩かない限りは十分に把握できる。
「念を押すが、もしバレたら迷わずバエルとイフリートを召喚して脱出しろ。煙玉も使えば敵は同士討ちを恐れて攻撃できない。問題なく離脱できるハズだ」
「うん」
「わかったわ」
「じゃあ、後でな」
三人は別れ、各々調査を開始する。
この調査で六人の内、一人欠けてしまう事をなると……今の時点ではハンニバルでさえ想定出来なかった。
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