第29話 【国母】を殺す

「メイカー、起きてるんだろ?」

『……何の用だい?』

「【国母】を殺す。知恵を貸してくれ」

『ふーん。君がどうやってその結論にたどり着いたのか気になる所だね』

「多分理解できないぜ? 時代が違えば狂人と変わらんからな」

『ボクからすれば君は狂人だ。ナギもラディアもお母さんもね♪』

「価値観の方向性だ。それで、協力してくれるか?」

『ボクに見返りがない』

「オレが【国母】を殺せたら解放してやる」

『それが嘘じゃない証拠は?』

「ない。ただし、次に目覚めた時は“肉体”で起きる事を約束する」

『……ふふ。悪くない提案だ。いいよ、確実にお母さんを殺す知恵を作ってあげる・・・・・・。けど、リスクの方が大きくなるよ。人としての死に方は出来ない。それでも良いかい?」

「ああ、構わない。それで良い」






「かつて【国母】を殺害する時に集った10人の魔女。そいつらの使い魔がオレの中に残ってる。今は二つ使って残り8つだな」


 ハンニバルの言葉にラシルは信じられない様子だった。だが、ソレを裏付ける事を起こしている以上、疑い様は無かった。


「――本当に……いや……一体どうやって……」


 本来、魔女が宿せる使い魔は1体まで。

 これは人に魂は一つしかない故に複数の使い魔との契約が出来ないからと言われている。故に二体目を宿した魔女はいない。

 だが、ハンニバルは10体の使い魔をその身に宿していると言う。


「……貴方は人間?」

「悪魔みたいな奴って言われることはあるが、心臓か首を落とせば死ぬ人間様だよ」


 茶化す様に、首の前を親指でピッと動かす。


「オレと共に賛同してくれた10人の魔女。そいつらの魂が使い魔との橋渡しの為に残ってくれてる」

「…………正直言って……理解が追い付かないわ」


 ハンニバルの言葉にラシルは額に手を当てる。信じられない。だが……先に“フェニックス”を見ている以上、事実である事は証明されていた。


「別に理解する必要なんざねぇよ。コレは後にも先にもオレだけが行った“契約”だからな」

「でも……何かしらの文献がある筈よ」

「無ぇよ。アイツがオレ用に調整したオリジナルだ。こんなモン残すべきじゃない」


 最初で最後にして究極の契約。それは、『ミステリス』の常識をねじ曲げているモノであり、ハンニバルの存在事態が危険であると彼自身が告白した様なモノだ。


「……なにか代償があるんでしょ?」


 ラシルの言葉にハンニバルは、ハハハ、と笑う。


「使えるのは一回きり。一度放った“使い魔”は二度と帰る事はない。お前らみたいに何度も使役は出来ない」

「……それだけ?」

「全部使いきったらオレは死ぬ。以上」


 軽々しくそう言いきるハンニバル。まるで自分の命に固執していない。


「惜しくないの? 自分の命でしょ?」


 理解できない。いや、理解するべきではないのかも知れないが、聞いておかなければならないとラシルは感じた。


「んなもん、惜しいに決まってんだろ」

「じゃあ、何で私達を助けたのよ」

「リスクとリターンを考えた結果だ。一回しか使えない大技よりも、安定して戦える五人を取っただけだ」

「自分の命を削ってるのよ!? 本気なの?!」

「例外はねぇよ。戦争に勝つ。その為に使える手は何でも使うさ」

「……貴方……正気じゃないわ」

「ハハハ。それもよく言われる」


 変わらずな様子で笑うハンニバル。ラシルはそんな彼を見てしばらく沈黙し、そして立ち上がる。


「貴方も『ミステリス』の民よ。例外じゃない……死なせないわよ」

「オレは例外にしとけ。どうせ死刑だしな」

「それは私が何とかする」

「ほー、出来るのか?」

「私は4位よ。この国で4番目に偉いの。だから――」


 決意する様に瞳を向けてくるラシルの頭にハンニバルは、ぽん、と手を置く。


「まだ小さい子供がそんな事を考えるなよ」

「な!? 私は――」

「ニンジン食えるか?」


 その言葉にラシルはピシッと固まる。


「お、マジか。嫌いな物当たったなぁ。いつもは4位の威光を振りかざしてドヤ顔で避けてんのか?」

「そ、それは関係ないでしょ!?」


 その反応は図星であるようなモノだった。


「残念、実に残念だ。4位様はニンジンが食えないとは。いやー、実に残念ですわ」

「ふっ、ふっ、ふざけ――」

「オレの中のニンジンの使い魔が泣いてるぜ? 食べられる為に生まれて来たのに……ボクまた嫌われてる~(泣)ってよ」

「そんな使い魔なんていないでしょ! もー! いい! 事が終わったら刑を執行してやるから!」

「こえー」


 ラシルは立ち上がると、ハハハ、と笑うハンニバルを残して洞窟の奥へ戻って行った。


「お前は余計な事を考え過ぎなんだよ」


 今後もラシルは苦労するだろう。だからこそ、今共にしている五人とだけは対等に会話できる存在として残してやりたい。


『ハンニバル』

「来たな。余計な事を考えすぎるヤツ第1号」

『相変わらず意味のわからん事を……』


 音もなく飛来したのは“八咫烏”である。そのままハンニバルの隣に着地した。






『全員無事の様だな』


 洞窟内で眠る五人を“八咫烏”を通して見たナギは安堵の息を漏らす。


「一回敵とやりあった」

『なに!?』

「安心しろ。特に犠牲はなく勝った」

『そうか。それで、今は隠れてるのか?』

「機を伺ってる」


 ここからはブルームが近い。何かアクションを起こすつもりなのだとナギは悟る。それを聞く前に――


『ハンニバル、私の命令を忘れたか?』

「なんの?」

『私は『時の塔』から出るなと言ったハズだ』

「あれー? そうだったかー? 無限刑の障害か……どうやら記憶に問題があるようだっ!」

『……何かあったらこの件で処罰する』

「へいへい。今更罪が一個二個増えても大してかわんねぇよ」


 ハハハ、と笑うハンニバルの様子にナギは嘆息が止まらない。


「そんで? 『宮殿』の動きはどうなんだ?」

『……先程まで【国母】様を含めて“十人会議”があった』

「オレからすれば遅すぎるけどな。まぁ、やらないよりはマシだ」

『……今すぐ、彼女達と共に身を隠せ』

「おいおい……どんな結論になったんだよ」

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