第30話 強ぇー男とかいるのかな?
【国母】がブルームの現状を情報として知ったのは夕方になってからだった。
ラシルの印が入った書記を、数多の郵便の中に紛れていた様子を選定員が見つけ、慌てて【国母】へお目通しを行う。そして――
「ナギ。【国母】様より命令だ」
ナギはある程度の偵察を終え、昨日に比べて敵の侵攻が遅い事を気にしつつ“八咫烏”を引っ込めた。
そのまま食事を取り執務室へ戻る所を、ラディアに呼び止められる。
「ようやくか。アルトとネムリアを連れていく」
「何を言っている? “十人会議”を開く。現在、在籍している序列2位から8位までを『宮殿』へ急ぎ召集する。八咫烏で各地にいる『魔女』へ伝えに行ってくれ」
「なんだと……“十人会議”!? 話し合わずとも危険である事は解るだろう!?」
「【国母】様がそう判断したのだ。疑うか?」
やはり書記だけでは危機感は伝わらなかったらしい。ナギは直接【国母】と話す為にラディアの前を通り『庭園』へ向かう。
「待て」
その動きを押さえるようにラディアが手を掴み、ナギは振り返った。
「何故止める……ラディア」
「それはこちらのセリフだ。【国母】様の命令だぞ? なぜ従わない?」
ラディアとナギは不仲ではない。しかし、思想の違いから時折、こうして対立する事はままあった。
「手を離せ」
「お前が向かう先は【国母】様の元ではない」
ナギの髪がそよ風に揺れ始め、ラディアの足下は生き物のようにザワザワと蠢き始める。
「お二方。どうか……お止めください」
その場へ割り込んだのは男の執務官であるフリントだった。
彼は顔を上げずに片膝で跪き、国にとって最上位二人の魔女に頭を垂れながら続ける。
「ここでお二方が争う事こそ、【国母】様がもっとも望まぬ事……どうか……」
「…………ラディア、手を離せ」
「……ふん」
フリントの言葉にナギは少し冷静になり告げる。ラディアが手を離すと同時に、そよ風と地面のざわめきは消えた。
「……“十人会議”でブルームの件はカタをつけさせる」
「好きにしろ」
ナギはラディアに踵を返すと早足にその場を後にした。
その様子を見届け、ラディアも『庭園』の警備に戻る。
「……困りますなぁ、ナギ様」
その場に残されたフリントは頭を垂れたまま、呟く。
「貴方様の綺麗なお身体に傷がついてしまいます」
“八咫烏”が飛ぶ。
『ミステリス』各地に散る、上位9人の魔女達は【国母】からの命令とあっては、各々の使い魔を使い、即座に『宮殿』へと向かう。
そして、夕陽が地平線へ沈み始めた頃にようやく半数以上が『宮殿』へ来訪した。
“十人会議”は『宮殿』の『庭園』前にて行われる。
そこに設けられたテーブルを挟まない九つの席に本来なら五対四で向かい合い座るのだが、1位の席は現在排斥されている。故に席の配置は――
2位 3位
4位 5位
6位 7位
8位 9位
と言う形が今は標準である。序列が上位の者から上より座り、向かい合う様な形となる。
現在は、3位、5位、6位、7位の席が埋まっていた。ちなみに9位は空席だった。
「なーんかさ、ブルームヤバいらしいじゃん。あのラシル様んトコ」
7位の席に座る【雷鳴】ネールは椅子の上に胡座を掻くように座って不遜にそう答えた。
「外来者らしいですよ。“十人会議”が開かれる程に無視出来ない存在なのでしょう」
その一つ上であり、向かい合う6位の席に座る【古鉄】アルトは自然とネールとの会話相手となる。
「じゃあ強ぇー男とかいるのかな? 魔物ばっかじゃ手応えなくてさー」
「下賤な考えですね。【国母】様と民の事を考えなさい」
「固ってぇ~、アルトあんた鉄より固いって。だってさ、強く生まれたからには強いヤツと戦いたいじゃん」
犬歯を覗かせながら笑うネールは、チチチッ、と静電気を纏いながらアルトを見る。
「別にあんたでも良いよ、アルト。『宮殿』に引き込もってばっかで腹に肉でもついてるんじゃない? ラインの見えにくい服を着ちゃってさー」
「貴女よりも自己管理はしっかりしています。貴女こそ傷が増えてますよ? 使い魔との連携が出来てないのでは?」
「ウチの使い魔はあんたとはタイプが違うの。まぁ、やる気無いならいいや。それにしてもさ、ラシル様はまだ来てないん? ブルームの事なら一番話を聞くべき人っしょ?」
ネールは椅子だけ置かれた4位の席を見る。
「ネムリア様、正面居なくて暇じゃないー?」
「…………Zzz」
「寝てるし。ウケるー」
ネールの隣に座る、5位【夢霧】ネムリアはアイマスクを常に頭か首に下げているマイペースな魔女だった。
次にネールは自分よりも下位の席に目を向ける。
「8位のヒト――名前知らんけど、来てないじゃん。これって実は来なくてもよかったヤツ?」
「ステルスとは連絡が取れなかった」
3位の席に座る【番人】ナギの声はさほど大きくないにも関わらず場に通った。
「確かアレっすよね? 人魚達と仲が良い人」
「ステルスは海中管理をしています。ナギ様が接触できぬとも仕方がないかと……」
「……Zzz」
「ネムリア様、ずっと寝てんじゃん」
隣で眠るネムリアにネールはツボっていると、ラディアが場に入ってきた。
「ラディア様」(アルト)
「ちっす!」(ネール)
「……」ペコリ(少し目を開けて会釈)(ネムリア)
「集まりが悪いな。ナギ、ステルスとラシルはどうした?」
「
その情報を聞きながら、ラディアは2位の席に座る。
「え? マジで敵ですか? てか、スプリガンで倒せないヤツって居るんです!?」
ネールはかつて模擬演習でラシルと“スプリガン”にボコボコにされた時の事を思い出す。
ラシルの一族は『ミステリス』内でも常に上位9には必ず名を連ねる程に人格者であり、実力も高い。
幼くしてブルームを継いだラシルも『ミステリス』全域で認知される程の魔女だった。
「ソレを今回は話し合う。ネムリア、起きてアイマスクを取れ。ネール、椅子の上で胡座を掻くな」
「……はい」
「ういーす」
『賑やかしい娘達』
そんな言葉と共に空間から軌跡が形を造るように上座の位置に1体の“騎士”が現れた。
ソレは【国母】の使い魔。
“騎士”は剣を地面に突き立てるとその柄尻に手を置いて6人の魔女達を見据える様に不動で佇む。
明らかに変わった空気に全員が次の言葉を待った。
『空いている席もあるけれど、こうして会えることを嬉しく思います。しかし、本日は少し物騒な話し合いになります。各々、心して己の意見を述べるように』
そうして、“十人会議”が始まった。
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