第31話 何故、ハンニバルが生きている!!?

『此度はブルームの件です。各々で軽く耳にした情報はあるでしょう。本来ならばラシルに説明をしてもらうべきなのですが……』


 “騎士”より中継される【国母】の言葉に場の全員が空席となっている4位の席へ視線を向ける。すると、


「【国母】様。僭越ながら……私は八咫烏にて現地の様子を把握しております。ラシルの変わりに説明をさせてください」

『わかりました。ナギ、その目で見た事をこの場にてお願いします』

「はい。主にブルームを中心とした沿岸部が――」


 ナギは、ブルームと薬師村、更に沿岸部の村や集落は攻撃を受け、そこに居た『魔女』と民の大半が死去した旨を語った。


「蛮族が……!」

「……みんな……死んだのですね」

「なんと言う事……」

「うわぁ……マジか……」


 ラディア、ネムリア、アルト、ネールは各々で感想を漏らす。


「敵は魔法や使い魔を持ちませんが……ソレに準ずる力を持ちます。海に浮かぶ鉄の船は帆が無くとも前進し、その船より放たれるはブルームを破壊していました」

「音でブルームが破壊されるだと? そんな馬鹿な」

「実際に見たままを言った通りだ。【国母】様、ラシルもスプリガンで応戦した様ですが逆にダメージを受け、怪我を負っています」

『スプリガンの耐久力を越えたと言うこと?』

「はい」


 “スプリガン”は『ミステリス』でも名実ともに無敵に近い“使い魔”だった。

 手に追えない魔物が出た際には、真っ先にラシルが召集される程にその実力には疑い様がない。

 ソレが逃げるしか出来なかったのだ。自ずと敵の危険度が場に周知される。


「つきましては、賊の討伐に向かいたいと思います。私、ネムリア、アルトの三人で敵を――」

『待ちなさい。ナギ、貴女に聞くことがあります』


 話を進めていくナギを止める様に【国母】はあることを確認する。


「なんでしょう?」

『ラシルはどうなったのですか? 彼女達は囚われてしまったのですか?』

「――――ハンニバルに預けています」


 その言葉にピリッと緊張が走った。

 ハンニバル? 誰? とネムリアとネールは首を傾げ、アルトは昨晩にナギがやたら個室していた人物の名前である事を思い出す。

 しかし、一番に反応したのは――


「馬鹿な! 何故、ハンニバルが生きている!!?」


 ラディアだった。【国母】の前にも関わらず立ち上がってナギへ詰め寄る。


「200年前に刑が執行され、既にこの世には居ないハズだろう!?」

「私の裁量で奴には“無限刑”が適していると判断した。これには【国母】様も理解をなさっている」

「【国母】様、本当ですか!?」


 何故ラディアがここまで感情的に捲し立てるのか。

 ネムリア、アルト、ネールは説明を求める間も取れないほどにラディアの様子は鬼気迫るモノだった。


『それは間違いありません。しかしナギ。私はハンニバルの解放を許可していなかったハズです。何故、自由にさせているのですか?』

「自由ではありません。ラシルには刑をいつでも執行できる“紋章”を持たせています」

「不十分だ! 忘れたかナギ! ヤツの強みは人を操る話術だ! 喋らせること事態が危険だと何故理解していない!?」

『ラディア、少し落ち着きなさい』

「! す、すみません……」


 【国母】とナギの会話に割り込む程に必死なラディアの様子にハンニバルと言う存在は、明らかな異質であると言う事を他三人は認識する。


「【国母】様。ハンニバルの危険性は私も理解しています。かつて……私の妹も奴に操られ、【国母】様に反逆の意を向けました」

『ナギ、貴女の国を思う気持ちは誰よりも強いことを理解しています。それ故にハンニバルに仮初めの自由を与えている事が『ミステリス』の為になると判断しているのですね?』


 ナギは、はい、と頷く。

 かつて反逆者となった実の妹を討った、ナギの忠誠心を【国母】は今も高く評価している。

 

『結論を告げます』


 【国母】の答えを全員が聞き逃すまいと“騎士”を見た。


『港街ブルームを占領する賊の排除に【古鉄】アルト、【雷鳴】ネールの二人を陣頭任命します。【地王】ラディアは二人による賊の排除が困難だと判断した場合、戦闘を許可します』

「お任せください」

「承りました」

「よっしゃ! じゃなくて……ありがとうございまーす」


 ラディアが出るのなら問題の無い人選だ。ナギは取りあえず安堵の息を吐く。


『【番人】ナギ。貴女はハンニバルとその罪人に付き従う魔女五人を拘束しなさい』

「!? 何故ですか!?」

『此度の件は【地王】【古鉄】【雷鳴】にて解決します。よって、ハンニバルを野放しにする理由はありません』


 ラディアは当然だ、と言わんばかりに腕を組む。


「ハンニバルはまだ理解できますが、何故彼女達まで!?」

『既に彼女達はハンニバルによって扇動されている可能性があります。よって確保した後には『星丘の樹』への投獄を命じます。【夢霧】ネムリア、対応してくれますか?』

「……問題ありません」


 “騎士”は突き立てた剣を引き抜くと腰の鞘に納めた。


『今も尚、民と国は危険に晒されています。『ミステリス』において、何が最良なのか……各々、履き違えぬ様に』


 それ以上の問答は意味を成さないと、言わんばかりに“騎士”の姿は軌跡へと戻るように消えて行った。






「ハハハ」

『笑い事じゃないぞ……』


 ハンニバルからすれば概ね予定どおりの結果だった。


「ラディアが出るのか」

『ああ。ブルームの件はこれで何とかなる。お前は無限刑へ入り直しだが、彼女達は私の方で何とか――』

「いや、ナギ。お前はラディア達の様子を見つつ待機してた方が良い」

『……命乞いか?』

「ハハハ。違げーよ。まぁ聞けって」


 ハンニバルは現状は最悪な方向へ進んでいると認識していた。


「敵は戦力を海と陸に分けてる。全滅対策だな。加えてブルームは今、防衛拠点になってる」

『ラディアだぞ? 地に足をつける生物では、彼女の前で自由はない』

「それでも『ミステリス』の思想が邪魔をしてブルームは破壊できない」


 それは決定的な事であり、この戦争における大きな足枷でもあった。


『その為のラディアだ』

「それでも、だ。今回を何とか追い返しても次は倍の戦力が来る。先行部隊の消耗度によって次は確実に制圧できる規模の軍隊が『ミステリス』に上陸するだろう」

『それは私も解っている。だから――』

「人は無限には戦えない。ラディアも最初は追い返せるかもしれんが……情報が透けて行けば、ひび割れた壁は崩壊する」


 現時点でも敵はこちらを侮らない布陣だ。初戦の快勝で油断してくれているのなら願ったりなのだが……ラシル達と敵の偵察部隊との戦いを聞くかぎり、そうではなかった。


「二度目の戦闘で歩兵が『巨人』スプリガンに対応していた。しかも、敵の最大戦力は動いていない状態でだ」


 戦艦とガイダルは動かずに“スプリガン”は翻弄された。敵が『魔女』と使い魔に慣れて来ている証拠である。


「ナギ、お前はラディアを絶対に死なせるな。アイツが死ぬと、こっちは半分詰みだ」

『ラディアが死ぬ……それほどか?』

「最悪の事態は常に想定しとくモンだ。今は情報と準備を進める段階なんだよ。オレからすりゃ、今からブルームに正面から突っ込む三人は死にに行く様なものだぜ」


 現場を知る者と知らない者との情報差は極端に大きい。

 敵の武器、戦艦、ガイダル、兵力。それらを目の当たりにしたナギだからこそ、ハンニバルの言葉は無視するべきではないと感じた。


『…………ならば、お前達はどうする?』

「情報を集めにブルームに行く。オレ達の強みは少数で中隊クラスの戦力を持つって事だ。有効活用しないとな」

『……ハンニバル、私の悩みを一つ解消してくれ』

「ハハハ。人生相談か?」

『その茶化しは無視する。お前は昨日、勝率はゼロではないと言ったな? どのようにして勝つつもりだ?』

「まぁ、最終的には――」


 ハンニバルは自分が想定しているこの戦争の結末をナギに語る。


『……結局はお前の言った通りか』

「『ミステリス』を残し、全員が生き残るにはソレしかねぇ。その為にも、戦艦、神様、敵兵力――今、『ミステリス』に上陸してる敵戦力は全て叩き潰す必要がある」

『…………わかった。今はお前達を見逃そう。しばらくは、私からの連絡は控える』


 “八咫烏”はゆっくりと消え始める。


「あー、その前に一つ教えてくれね?」

『何だ?』

「ラディア達は、いつブルームに遠足に来るんだ?」

『……【国母】様の命令だ。二日とかかるまい』

「ハハハ、なるほど。じゃあ、こっちの予定は少しズラすわ」

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