第28話 すまなかった……
「リアン艦長。現地より手旗信号です。ペルキナ部隊は隊員二名を残し全滅。ムート大尉他全員、焼死だそうです」
ペルキナ部隊隊長ムートの要請を受けたのは三番艦艦長リアンだった。
ラシル達とペルキナ部隊の戦いがあった崖が見える沖合から現地にいる信号員からの手旗信号を副艦長が読み取る。
「敵の死体は?」
「……一つも無いそうです。捕らえたと報告のあった『魔女』も逃走したと」
「そう。最悪の結果ね」
ペルキナ部隊は帝国でも有数の成果を上げている部隊であり、局地偵察においても十全な活躍が出来ると今回の遠征に組み込まれたのだ。
戦闘においてもプロの集まり。特に隊長のムート大尉は冷静にリスクと結果を考えられる軍人だった。
銃器を使うために拓けた地形を選びつつ、懸念のある『巨人』を牽制できる狭い崖道での布陣は状況においては最適解だっただろう。
「詳しい報告は後にあるでしょう。今は、調査している者達の援護が私達の仕事よ。気を抜かないように」
「ハッ!」
……腑に落ちない。
『魔女』達は基本的に個々で抗ってきた。
しかし、援軍要請に来たペルキナ部隊二人の話を聞く限り『巨人』を含めて“使い魔”と呼ばれる化物達は戦略的に動いていたと聞いている。
「よりにもよって……焼死か」
ここからでも戦場跡地が黒焦げになっている様子が確認できる程に、異常なまでの火力によって戦場は焼き払われたのだ。
『巨人』に続く第二の脅威。やはり……
「この一件で、戦局は大きく動くわね」
正確には
これが意図したモノなのか、それとも偶然なのか……何にせよ、この国の調査と中枢の掌握を急ぐ流れとなるだろう。
『魔女』五人は入念に敵が場を去るまで待ち、沖合の二番艦が去った事を透明化する“麒麟”に乗ったモナが確認すると、ようやくハンニバルの隠れる洞窟に帰る事が出来た。
時間帯は既に空で星が光っている。
「帰ったよー! ハンニバルさん!
「ちょっとキャス……あんまり噛みつくことは――」
「あるよ! ラシルちゃん! この件に関してハンニバルさんに謝ってもらうから! そんでもって……二度と! 誰かを見捨てるとか言わせないから!」
キャスの肩に乗る“バエル”も彼女に感化されているのか、キリッと怒っていた。
今回の戦いはキャスと同様に他の面々も同じ気持ちであるために、強く止める事は考えていなかった。
むしろ、自分達の気持ちを代弁してくれるキャスに嬉しさも感じる。
「ハンニバルさーん!」
「聞こえてるよ。洞窟内は響くからそんなに叫ぶなって」
奥からのそっとハンニバルが現れる。
「ほら見て! リタさん! あたし達に何か言うことは!?」
無事に帰ったとは言え、事の原因になったリタはキャスに腕を引っ張られて前に出る。
そして、少し申し訳なさそうにハンニバルの前に立つと――
「すまなかった……」
先にハンニバルは頭を下げてリタに謝った。
何かしらの言い訳でも並べそうな様を想像していただけに、他の四人は少し毒気を抜かれる。
キャスも思わず捲し立てる言葉が止まった。
「リタ。オレは戦いに勝つためにお前を見捨てる選択をした。それが最小の犠牲で最大の戦果を得られると考えてだ。だが……それは間違いだった」
ハンニバルは頭を下げたまま続ける。
「オレが考えているよりもお前達は強かった。切り捨てなければ勝てないと思ってた。だが……オレは間違っていた」
顔を上げ、五人の『魔女』達へ告げる。
「『ミステリス』の作り上げた他者を思う気持ちこそが……この戦争に勝つ最大の武器だ! それに気づかされたよ。本当にすまなかった」
再び深々と頭を下げるハンニバルに、五人はどう言ったものかと、少し困惑気味だった。
キャスも、ハンニバルの自らの非を認める様な低姿勢に喉から上に言葉が出ないような様子である。
「……私達もそうよ」
すると、ラシルが前に出る。
「今回の件で……自分達の力が思ったよりも弱い事に気づいたわ。敵は“集団”で私達を殺しに来る。でも……私達に“集団”で戦うノウハウは無い。だから――」
ラシルは、握手を求める様にすっと手を差し出した。ハンニバルは顔を上げる。
「貴方の力を貸しなさい、ハンニバル。敵を倒して、仲間を……民を護るのよ」
その手は自分達は対等であると言う事を求めるモノ。ハンニバルは迷わずラシルの小さな手を取った。
「ああ、勿論だ」
その後、ハンニバルの用意していた食事を全員で食べながら、ペルキナ部隊との戦闘を語り、オレならこうする、等と雑な作戦をハンニバルからダメ出しを受けつつ和やかな雰囲気に夜は更けて行った。
「…………犠牲2人でリタが戻ったか。まぁ、今後を考えると悪くないな」
ハンニバルは彼女達が寝息を立てる洞窟から出て、崖際に座ると自らの手の平を見ていた。
「ハンニバル」
「ん?」
ラシルがその背に話しかけた。
「しばらくはここに隠れるぞ。今はそうする方が都合が良いからな」
「そうなの?」
「戦争をしに遠くから来るくらいだ。敵は殆どが練兵。恐らく、お前らの倒した部隊もかなり重要な偵察部隊だっただろう」
「偵察……あんなに強かったのに戦闘が本職じゃなかったの?」
「“使い魔”に対する状況判断と、その指揮官の指示を的確にこなす兵士。質はかなり良い。正直言って、全員帰ってこれたのは奇跡だからな」
「そう……だったのね」
ラシルはハンニバルの隣に座ると疲れた様に項垂れる。
「ミカも怪我がまだ治ってないし、お前も右目は見えてないだろ? 部位欠損をすると、同調する“使い魔”とはリンクが上手く行かない。しばらくは馴らせ」
「…………」
ラシルは“スプリガン”と同調出来なかった事を思い出す。
「どのみち、ブルームで情報を拾ったら『宮殿』の動きを待つつもりだったからな。それまで戦闘をするつもりも無かったし、まぁ休みの前倒しだ」
ナギも『宮殿』へ戦力を出す事を働きかけてるだろう。
「戦局が一気に動く。明日から敵は大きく内陸部へと動きを広げるだろうな」
「! それは――」
「流石にオレ達は止めらねぇぞ。人手も戦力も足りない。まぁ、ナギに頼んで近隣の奴らに警告して避難させように助言するよ」
「民は死なずに済むのね……」
ほっとするラシルにハンニバルは、ハハハと笑う。
「それで? 他の四人に聞かれたくない話があるんだろ?」
ハンニバルはラシルが皆が寝るまで起きていた理由を察していた。
「お見通し……ね。なら遠慮無く言うわ。ハンニバル、貴方……私達がリタを助けに行くと知っていたでしょ?」
「ハハハ。まぁな」
やっぱり……とラシルは嘆息を吐く。
これが彼の本心か。先ほど素直に謝ったのはこちらとの摩擦を程よく無くすため。
良くも悪くも……ハンニバルは戦争に勝つ為に恥やプライドも惜しみ無く差し引き出来るのだろう。
「だが、結果として予想以上の戦果だぜ」
「え?」
ハンニバルは冷ややかに笑う。
「リタが戦える様になり、全員が修羅場の経験を積めた。更に敵の戦力を削ぐと同時に、戦局が動く。だいぶ分かりやすい方にな」
全て手の平の上。ハンニバルはどれ程先を見ているのだろうか。
「…………ハンニバル、一つだけ教えて頂戴」
「なんだ?」
「フェニックスを顕現したのは貴方でしょ?」
「フェニックス? ハハハ。随分と古い使い魔の名前を出すじゃないか」
「真面目に答えて」
「知らね。リタのイフリートが何かやったんだろ?」
「今のは聞かなかった事にするわ。少し言い方を変えるわね」
ラシルは怯まぬ視線でハンニバルを見る。
「私は貴方を信頼する。だから、貴方も正直に話して。貴方がフェニックスを顕現したのね?」
「…………」
ハンニバルはラシルと視線を合わせていたが、
「全く……ナギと同じ眼をしやがって」
【国母】の命を狙って『宮殿』に上がった時に向かい合ったナギと同じ眼を向けられて、ハンニバルは降参するように語る。
「オレの中に10体の“使い魔”が居る。今は8体だがな」
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