第27話 キャスを護れ!

 その“炎の鳥”は一番車へと落下すると、周囲へ回転する様に熱風を吹き散らす。

 高温の旋風に周囲の木々は燃え、地面は焼け焦げ、車輌は溶解。まともに受けたペルキナ部隊は自身が焼けただれるよりも、手榴弾やロケットが熱により臨界点を超えて爆発。

 それだけで死亡する者も居れば、熱をまともに受けた事で内と外から焼かれ、即座に炭化し焼死体となった者も居た。


 そんな地獄のような熱波の中、ラシル達は“バエル”によって完全に保護されていた。


 “バエル”は身体の大半が魔力で出来ている事もあり、熱などを完全に防ぐことが出来る。更に、僅かでも身体の一部が残っていれば、キャスの命令と魔力を得てそこから本体となって復活するのである。


「う、うわぁ……」


 “バエル”に包まれる様に護られたラシル、ミカ、モナ、キャスはペルキナ部隊が即座に全滅する様子を見ていた。


「一体……何が落ちてきたの?」

「解らない……見たことのない“使い魔”だった」

「……原始の“使い魔”――フェニックス」


 ラシルがボソリとこの熱を生み出したモノの正体を語る。


「ふぇにっくす?」

「ええ。昔『宮殿』でナギ様に教えてもらったの。『ミステリス』に記録のある、最も古い三体の“使い魔”。その内の一つがフェニックスよ」

「! じゃあ! 『宮殿』が助けに来てくれたってこと!?」


 一度の羽ばたきで、敵が全滅する程の“使い魔”である。扱う者は『魔女』の中でも上位である事は間違いないだろう。


「それは無いわ」

「なぜだ?」


 今度はミカが問う。


「今の『ミステリス』にフェニックスを“使い魔”とする『魔女』は居ないのよ。空を飛ぶ“使い魔”は八咫烏だけ」

「けれど……先ほど目の前に現れたモノは……」


 伝達員であるモナは咄嗟に眼に映したモノを見間違わない。


「……今は、安全な場所に行く事だけを考えましょう。敵は……はっ! リタは!?」

「あ! そうだ! リタさん!」


 熱で景色が揺らぎ、遠くが見えない。


「バエル! 私たちを解放して!」


 “バエル”がキャスの肩に乗る程度の大きさまで縮むと、思わず火傷をしそうな熱に少し蒸せた。その時――


「――――え?」


 ソレを待っていたかのようにムートがキャスへ襲いかかった。

 顔は溶け、身体の半分が炭化しつつも最後の力を振り絞る様に飛び出すと、ナイフを振り下ろす。


「……ゴロズ……!!」






 ペルキナ部隊を一撃で焼く“炎の鳥フェニックス”の熱を受けて、ウィルキシュは前面が炭に変わり、ほぼ即死のような形で膝をつき、前のめりに倒れた。


「…………暖かい」


 他が死に絶える程の熱風を受けて、リタは冷えた心と身体が暖められる様に感じた。

 見るだけでも周囲を地獄のような環境に変える攻撃にも関わらず、自分には影響はまるでない。寧ろ……安心さえも感じる。


 知ってる……これは……“イフリート”の――


「――――」


 気がつくと目の前に杖をついた老婆が立っていた。だが、ソレは実態があるワケではなく、周囲に着いた炎が姿を形作っている。


「貴女は……」

『イフリートは実体を持たない“使い魔”。その分、ワタシ達の魂と繋がってる』

「……な、何を……」

『貴女の魂はどこ?』


 老婆がそう言って身体を反らすと、“バエル”護られた四人が見える。そして、その近くに倒れる死体の下で動く敵の姿も――


 声を……届かない……教えなきゃ……足……動かない……私は……私は……


“それが『魔女』だから!”


 勝てない。

 死にたくない。

 怖い。

 でも――

 私は……私の“魂”は――


 銃創による機能不全を補う様に炎がリタの足を包むと彼女は立ち上がって老婆の前を通過する様に駆け出した。


『イフリートを継ぐ……強い子ね』


 リタの背中を優しく見守った老婆は揺らぐ様に消え去った。






 完璧ではなかった。

 数多の任務をこなす中で何度も何人も部下を失った。

 その都度思うのだ。

 本当に俺が隊長で良いのか? と――


“強き兵の条件とは、どれだけの“過酷”を乗り越えてきたかによる”

“姫様……”

“ハンニバル様の言葉の中でも私が好きな言葉です。あの方も、何人もの命を背負ってソレに意味を持たせようとしたのですよ。ムート、貴方はペルキナ部隊の長として部下達の死に意味を持たせてあげて”


 すまない……ゲイツ、マードック、ウィルキシュ、ズーカー……皆――

 俺もすぐに逝く。だが、この死に……お前達の死に意味を持たせる!!


「……ゴロズ……!!」


 完璧な奇襲。振り下ろされるナイフはキャスの首筋に入り込む――


「キャスを護れ! イフリート!!」


 その声と共に振り下ろした腕を押さえられた。

 ソレは人の手じゃない。押さえたソイツは炎が形作る“悪魔”のような怪物だった。


「――俺達の死に意味を持たせてください……姫様」


 ムートは“炎の悪魔イフリート”に組みつかれる様に呑み込まれると、死を受け入れる様に己を焼き尽くす炎に眼を閉じた。






「…………」

「あ! みんなー! リタさん起きたよー」


 リタは眼を覚ますと、一番に安堵するようなキャスの表情が眼に飛び込んできた。

 彼女は肩を撃たれた腕を三角巾で吊って治療されている。


「っ……ここは……」

「今は、ちょっと隠れてるの。あれから沢山敵が来ちゃったから」

「リタ」

「大丈夫か?」

「気分はどう?」


 ラシル、ミカ、モナの三人も起きたリタに寄り、話しかける。


「敵……」

「もう大丈夫よ。貴女はイフリートを出した後、すぐに倒れたの」


 ラシルはムートへ“イフリート”を出した後、リタは意識を失って倒れた事を語った。


「それから今は崖上の茂みに隠れてる所よ」

「ハンニバルの所に戻るには身動きが取れない」

「最悪、日が落ちるまで隠れてるしかなさそうね」

「って事だから、まだ休んでていいよ」

「……怪我が治ってる」


 リタは自分が撃たれた足や肩は、服に穴が空いているだけで元に戻っている事に気がつく。


「あたしもビックリしたけどさ。怪我が治るのってそれなりにあるみたいだよ」

「現象系の“使い魔”に見られる特徴らしいわ。ラディア様が言うには、より繋がりが深くなると傷を癒してくれるそうよ」


 ラシルは過去にブルームに現れた“雷雲人”の討伐の際に助けに来てくれたラディアが言っていた事を説明する。


「いいなー。痛てて……バエル、あたしの怪我を治してくれない?」


 キャスは肩に乗る“バエル”を見るが、“バエル”は理解していない様子で、? を頭に浮かべていた。

 その様子にリタは微笑んでいたが、次第に表情を落とす。


「……みんなに言わなきゃいけない事があるの」


 リタはキャスに告白した内容を他の三人にも告げた。

 彼女達は命を賭けて自分を助けに来てくれた。だからこそ、きちんと話しておきたかったのだ。


「……民を見捨てて……自分の事ばかり……『魔女』失格なの……私は」

「リタ、よく聞いてね」


 ラシルはリタの前に座ると悟るように告げる。


「今の私たちにはあまりにも経験の無い事が連続で起こってる。ソレに対して即座に対応するのは無理があるわ」

「ラシル……」

「こんな事を『ミステリス』全域で起こすワケにはいかない。その為……私達は誰も欠けずに戦い抜かなきゃいけないの。貴女の過去は消せないけど……前に進むことで報いる事は出来ると私は思っているわ」

「……報いる」


 浮かぶのは自分を慕ってくれた村の皆――


「力を私達に貸してくれる?」

「……ええ!」


 リタの返事にラシルは笑った。彼女はもう大丈夫だ。






「ふっふっふ……」

「どうしたの? キャス」

「なんだ? 変なモノでも食べたのか?」


 リタとラシルの様子を見て急に含み笑いを始めたキャスにモナとミカが視線を向ける。


「早くリタさんと一緒にハンニバルさんの所に帰ろうよ~。どんな顔をするのか……とこんとん見せてもらうつもりだからね!」

「確かに。なんと言うのか楽しみだな」

「リタさんを見捨てるように言ったくらいですからね」

「そ、そうなの?」

「ええ。けど、私達は乗り越えた。この件はハンニバルにもこちらからの意見を通す起因になるわ」


 自分達は駒ではない。その事をハンニバルに認識して貰わねばならない。


「ホントに怒ってるからね~あたしは!」


 特に正面から食ってかかったキャスは陰湿に攻め立てそうだった。

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