第22話 ハロー、バケモン
従来は大きなモノを動かすためには大きな動力が必要だった。
帆船で言えば風。馬車で言えば馬。それが世界の定義だ。
では、人は?
帝国技術研究所統括室長のアンバー・トリスタンは矛盾だらけの生態である“人間”に対する興味が尽きなかった。
「人は僅かな動力で非効率な力を発揮する。これを私はエネルギーの濃縮と捉える。ソレを参考に僅かなスタートで数百倍のエネルギーを生み出す『Aエンジン』を作り上げた。今は私の部屋のポットを温める事に使っているがね」
ソレは即座に帝国全土に浸透した。
『Aエンジン』は、極寒に苦しむ地域に材木を使わない温かみを与え、手足を失った事で働けなくなった者達の義肢を動かすエネルギーともなった。
今現在では、民衆の家には必ず一つはあり、無くてはならないモノとして存在している。
そして『Aエンジン』は兵器の質も上げた。
『Aエンジン』搭載の車体は6人+装備を乗せた状態でも最高時速100kmを延々と走り続けられる。
ペルキナ部隊隊長のムートは助手席で地図を見ながら道行く先に目的地があると確信。その時――
「!!」
「!? “麒麟”!!」
崖で死角になるカーブを曲がった瞬間に現れた“ソレ”に運転手のゲイツが反応してハンドルを切り、ブレーキを踏む。
それでも激突は間逃れなかったが“ソレ”は不自然な跳躍を見せ、自分達を飛び越えると――
「――――」
「――――」
引く荷台の男と視線が合った。
「っ!!」
止まった車輌からムートは立ち上がって後方を走っていく馬車を見る。
ゲイツは全員の無事を確認し、ムートは助手席に座ると無線を取った。
「二番車! 標的だ! 魔女5人と男が1人!」
敵の奇襲に備え、二番車に距離を置かせていた事が功を奏した。
「いいか、絶対に油断するな! 相手は裸で武器を持ってなくても丸腰じゃない! 確実に始末しろ!」
『了解!!』
「っ! 今の……敵!?」
「び、びっくりしたぁ……」
「……っ」
「なんだ……あの馬車。馬が引いてない?」
「ハハハ。勝手に走ってるな」
なんだありゃ? 車輪は四つついてるし運転席もあった。だが、かなりの人数と装備を乗せて走ってたな。何のエネルギーを使ってんだ?
「ハンニバルさん! 正面!」
「ん? おおっと――」
正面を塞ぐように乗用車は横向きに停止。ペルキナ部隊6人は装備を持って降りていた。
「マジかよ、アイツら」
ハンニバルは再度後方を見る。
唐突な遭遇にも関わらず、後続が適した動きを取ってやがる。
まさか……この距離でラグ無しの伝達ができんのか? だとしたら、この挟み撃ちの布陣はやべぇ。
「アンバーのヤツ、とんでもないモン作りやがって!」
「笑ってる場合!?」
「あ、何か構えてるよ」
「バルバトス!」
走る“馬車”と並走する様にミカは“バルバトス”をズォ……と出現させる。
「正面をこじ開けろ!!」
ミカの命令に“バルバトス”は速度を上げ、目の前のペルキナ部隊に穴を開けようと疾駆する。
「マードック! 報告にあった“鎧”だ!」
「慌てんなって……その為に――」
マードックは“筒”を持ち出すと、折り畳みを引き出す様にパーツを延ばし、車体の荷台に乗せて砲身を固定。標準を片目で覗く。
「砲術師が居んのさ」
カン、と引き金を押した瞬間、爆発と共に“バルバトス”は弾かれるように吹き飛んだ。“麒麟”引かれる馬車の側面を入れ違う様に転がっていく。
マードックは、ふぅ、と息を吐く。
「!!? なんだと!?」
ミカの驚愕とは裏腹にハンニバルは敵の装備の“質”を図る。
一般の兵士が帆船に積んでたカノン砲並みの装備を持ち歩いてんのかよ。こりゃ……オレの記憶にある兵器は全て、歩兵が持ってる事を念頭に置くしかねぇな。
「っ! スプリ――」
ラシルが“スプリガン”を呼ぼうとしたが、ハンニバルがその口を塞ぐ。
「まだ出すな。ミカ、一度消してもう一回“バルバトス”を出せ」
「解ってる! バルバトス! 道をこじ開けろ!」
再び、“バルバトス”が出現し疾駆する。先程よりも速く駆ける。
「敵の復帰が思ったよりも早い! 足止めしてくれ!」
マードックは今の筒を捨てると、新しい筒を発射体制に移り始める。
その間、乗用車の影から別の兵士が“バルバトス”にクロスボウで狙いを定める。
“バルバトス”との距離、10m……8……6……4――
“バルバトス”が飛びかかろうとした瞬間、
パシュ、とクロスボウからスリングが放たれ、“バルバトス”の足に絡まると縺れて倒れた。
「! なんだ!? 急に――」
先程から敵の攻撃に翻弄される“バルバトス”にミカは状況把握が追い付かない。
転がり倒れ、勢いが止まった“バルバトス”は無理やり動くと、絡まったスリングが引きちぎれる。
「ハロー、バケモン」
しかし、その僅かな間で間に合った。
カン、とマードックの持つ二発目の筒が火を吹く。立ち上がろうとしていた“バルバトス”は襲った衝撃によって削れる地面と共に高らかに吹き飛ばされた。
「ミカとの連携が無いとは言え、ここまで洗練されてるか」
ハンニバルは敵の事を過小評価していたつもりはない。改めるのは認識だった。
いくら直線的とは言え“バルバトス”をこうも一方的に……。手持ちのカノン砲にスリング。こいつらは調査部隊じゃねぇな。恐らくは――
「捕獲部隊、または追跡部隊か!」
吹き飛んだ地面の破片が“麒麟”に引かれる荷台の車輪にぶつかり、車体が大きく跳ね上がる。五人は空中に投げ出された。
「モナ! 拾え!」
ハンニバルは煙球を崖際に投げて煙を発生させると敵との視界を断つ。
『全員煙が晴れるまで動くな。警戒しつつ待機だ』
“バルバトス”の攻撃性に視界不良に飛び込むとは危険と判断。ムートは無線で合流するまで距離を置いての待機を命じる。
その間、煙幕の中では“麒麟”が駆け、ラシルとキャスを背に乗せた。
「バエル! 皆を掴んで!」
キャスの指示に“バエル”は身体を伸ばすと、ハンニバルとミカとリタを掴む。そして、“麒麟”に跨がるキャスと繋がり――
「掃射!」
「!!」
ムートの指示で煙幕へ一斉に射撃を行うペルキナ部隊により、リタを掴む“バエル”の一部が切り離されてしまった。
「あっ……」
「リタさん!」
「モナ! 戻って! リタが!」
その時、崖際を流れる突風によって煙幕が流されるように剥がれる。
「っ!?」
「わぁ!?」
「くっ!?」
「やべ……」
足場を失った“麒麟”に乗る五人は落下していき、その様子を崖に一人残されたリタは見送るしかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます