第5話 魔女VS神徒(★)
鉄鋼街の制圧は銃声も無ければ派手な悲鳴なども起こらない。
対人による争いが少ない『ミステリス』において、意図的な死の概念は殆んど無いモノとして認識されていた。
何故ならば、民にとっては魔女が絶対的な指導者だからだ。
どんなに争っていても、魔女の決断は何よりも優先される。大概の争いは悪化する前に、魔女の一声で集束する事が多かった。故に――
「なんだ!? お前達!」
「いや、マジでさ。お前ら。言ってくるだけで何で手を出さないんだ?」
ボングは自分と同程度の体格を持つ男の首を掴み上げて、握力だけで首を圧し折る。
「! なんて事を……」
「なんだ? コイツの知り合いか? それとも友達か? 家族だったか? オラかかって来いよ。その筋肉と手に持ってるハンマーは飾りか? 仇討ちしてみろ」
殺した死体をボングは踏みつける。ソレを見た男は躊躇いつつも、うわぁぁ! とハンマーをボングへ振り下ろす。
「……おいおい。マジでやってんのか?」
しかし、振り下ろされたハンマーは手前の地面にめり込んだ。意図的に外した動きにボングは呆れる。
「こ、これで殴ったらアンタは死ぬだろ!? そんな事……俺には出来ない……」
「……それ、本気で言ってんのか?」
「当たり前だ! アンタこそ……何で人をそんなに風にできる!?」
「そりゃ――」
ボングは踏み込むと、手刀で男の喉を貫く。
「かはぁ……」
「仕事だからな」
手を引き抜いて男とすれ違うと手刀で頸椎も破壊する。
「で、お前らも同じか?」
その様を他の男達も見ていた。しかし手を出そうとはせず、動揺しているばかりだ。
「やれやれ……魔女様ってのはそんなに偉いのかねぇ」
ボングは首を鳴らしながら退屈なモノになったと見ていた男達を処理する為に歩み寄る。
「まぁ……こっちは“神様”が来てるけどな」
「――! お前ら! 何をやってる!?」
逃げてくる民を見て、逆走したミカは襲撃する仮面の敵を肉薄。女性の首を掴み上げていた所に跳び蹴りを食らわせた。
「ほう」
仮面の者は女性を離し、跳び蹴りを避ける。
「洞窟に逃げろ!」
「ありがとうございます、ミカ様!」
と女性は奥へ駆けて行った。
「中々に研鑽を積んだ鋭い蹴りだ」
仮面の者は先ほどの蹴りを冷静に分析する。
「だが、殺意が全く無い。そんなモノはでは我は倒せない」
「……」
ミカは仮面の者の後ろに見える民の死体に、わなわな、と震えると拳を強く握った。
「良い怒りだ。さてさて、礼儀に重んじるとしよう」
仮面の者は片手を後ろ腰に回し、もう片手を降ろす様に半身になりつつ手の平を前に向ける。
「我は帝国遊撃隊教官のルヴェンだ」
「お前らに名乗る名前など無いっ!」
ルヴェンは怒りのままに向かってくるミカを冷静に見定める。
「踏み込みが荒い。歩法に無駄が多すぎる。我流にしては直線的で、全くもって――」
振るわれるミカの拳をルヴェンは丁寧にかわす。
「驚異ではない」
隙だらけの頸椎を狙い手刀を振り下ろす。
「バルバトス!」
「!?」
唐突に現れた使い魔“バルバトス”がルヴェンの顔面を打ち抜く。
岩をも砕く一撃は人の顔など容易く砕く威力を持つ。
「これは……なるほど」
しかし、ルヴェンは“バルバトス”の攻撃に合わせて首を動かし威力の大半を受け流す。僅かに仮面にヒビが入った。
「バルバトス! 攻めろ!」
“バルバトス”がルヴェンへと攻撃を仕掛けた。
「ふむ」
数手、“バルバトス”の攻撃を受け流したルヴェンは単調な動きを見切り逆にカウンターを見舞った。
しかし、まるで壁を殴ったかのように“バルバトス”は微動だにしない。
「音と感触は空箱に近いが……」
そこへ、ミカの攻めも入る。
攻撃の荒いミカは隙だらけだが、その隙を“バルバトス”の不動と攻撃力がカバーしていた。
「なるほど、なるほど。これは――」
ルヴェンは仕切り直す為に一度大きく後方へ跳び、間合いを取った。ソレを“バルバトス”は追う――
「待て! バルバトス!」
ミカの命令に“バルバトス”はピタリと止まった。ルヴェンの回りには死体となった民達が転がっている。
「どうやら、この死体は思った以上に効果がある。貴女が魔女か?」
「……彼らに指一本でも触れて見ろ……只では済まさない」
「既に死んでいるぞ?」
「お前達のせいだろうが!」
ここまで怒りと敵意を向けても踏み込んで来ない。本当に――
「つまらないな。死んだ人間はただの“肉”だ」
するとルヴェンが戦っている様子を察した部下達がミカを囲む様に路地や屋根上に集まってくる。
「敵……」
「安心しろ。我々は一対一には割り込まない。此度は乱戦にすらならないからな」
「全員倒す!」
ミカが戦意を更に上げ、全員を相手にする覚悟を決めた。
そんな彼女を見てルヴェンは、やれやれ、と息を吐く。
何も知らぬと言う事は本当に愚かだ。何故ならば我々には――
「カッカッカ」
そんな声と共に、果物を噛る仮面を着けた一人の老人が目の前に現れた。
神が共にやって来ている。
その老人を見てミカは背筋が凍る。
「ずるい、ずるいのぅ、ルヴェンよ。言ったであろう? 魔女はワシが相手をすると」
現れた仮面の老人――ガイダルに回りの部下達は跪き、ルヴェンはミカに背を向けてでも胸に手を当てて一礼をする。
「お戯れを。向かってきた者が魔女だったに過ぎません」
「カッカッカ。して、魔法は見たか? あっと、言わんでええ。ワシが自ら確かめるでのぅ。お前らは仕事に戻れ」
「では」
そう言ってルヴェンはミカの
ガイダルの出現で思わず硬直していたミカはルヴェンへ向き直り――
「待ち――」
「ほう?」
目の前に黒い仮面の老人が居た。仮面の奥にある眼が物珍しそうにミカと視線を合わせる。
「カッカッカ。実に嬉しいぞ。ワシから視線を
「あっ……」
その瞬間、ミカはガイダルの次の挙動で何をしても殺される未来だけを脳裏に叩きつけられた。
ガイダルは果物を噛る。
「あそこの鎧。アレじゃろ? お主の魔法とやらは。ほれ、殴ってみよ。一発目は避けずに食ろうてやろう」
ガイダルにそう言われても身体が動かなかった。
声も……出せない……本能が警告している……コイツには関わるな……逃げろ……って……
「ふむ。なんじゃ、ツマラン」
興味を失ったガイダルの視線に汗が全て引く程の悪寒に包まれる。その時――
「ミカお姉ちゃん!」
妹のネネがその場に駆けつけて来た。
※バルバトス
https://kakuyomu.jp/users/furukawa/news/16818093074089625300
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