第4話 両眼と喉を潰せ

 屋敷より赤色の煙が上がる。

 一番艦からソレを確認した副艦長は、部隊が魔女を捕らえた事に胸を撫で下ろした。


「どうやら、捕らえた様です」

「……つまらん」


 ガンズはあまりにあっさりした幕引きに退屈そうに嘆息を吐いた。


「しかし、本当に市民を皆殺しにしても良いのですか? 労働力としても使えるのでは?」

「……この国は“魔女”と言う原始的な規則に囚われている。故にそこに住まう存在はどの様に変貌するのか想像がつかん」

「それで……鏖殺ですか?」

「お前は宗教大戦を知っているか?」

「我が国の内乱……ですよね? 100年前の。教科書と資料で眼を通したくらいですが」

「あの戦いは一人の存在を神と崇めた愚かどもによる悲惨なモノだった。最後の一人まで武器を持ち、我らを殺さんと向かってきたのだ。女子供、全てな」


 ナニかを崇める人間は、ソレが崩れた時にどの様な行動を起こすのか全くわからない。


「ソレに今回を置き換えてみよ。拘束も保護もこちらにとってリスクしかない。奴らは決してこちらに帰順しない」


 副艦長は今は無抵抗に逃げ回っている市民が全て武器と殺意を持って、銃も大砲も恐れずに突っ込んでくる様を想像し悪寒が走る。


「兵に徹底させよ。例え、命乞いをしてくるのが赤子だったとしても確実を殺せとな」


 非道とも取れるガンズの言葉であるが、似たような戦場でその甘さを見せた故に多くの部下を失った経験からの命令であった。


「それでは魔女はどういたしますか?」

「アレは敵からの抑止力とする。他に“巨人”を使う魔女が居るとも限らん。内通者・・・の情報を全て鵜呑みにする気はない」

「それでは」

「両眼と喉を潰せ」






 屋敷でラシルを捕らえた兵士達は一番艦からの手旗信号を小型の望遠鏡で確認する。


「魔女は捕らえる。眼と喉を潰せだと」

「やれやれ……任務とは言えなぁ」

「お前はさっきの“巨人”を見なかったのか? どんな条件で出現しているのか解らない以上、可能な限りの対応を取るのは当たり前だ」


 今、この瞬間も踏み潰される可能性がある。“巨人”がどこまで自在であるのか解らない兵士達からすれば当然の処置だ。


 ラシルを仰向けにすると既に右眼は潰れていた。どうやら建物が崩れた際の瓦礫がぶつかり失明したようだ。


「首を抑えろ俺がもう片方を潰す」


 左眼にナイフの切っ先を合わせてソレを突き下ろした。


「!!?」


 バチチッ! とナイフがラシルの左眼を潰すよりも速く、走った電流によって兵士達は吹き飛ばされる。


「ぐっ……」

「な、なんだ!?」


 痺れる。倒れた後も身体の自由が奪われていた。

 兵士達は制御の効かない身体を何とか起こすと、電流を纏う“麒麟”がスゥ……と姿を現す。

 その背には一人の女――モナが乗っていた。


「何て事……ラシル様!」


 モナは“麒麟”から降りると、倒れているラシルへ駆け寄る。


「うっ……モ……ナ?」

「一体何が――」


 その時、パンッ! と短い音が響くと弾丸がモナの髪を僅かに掠める。

 兵士が何とか銃を撃ったがまともに反動を制御できずに外したのだ。


「麒麟!」

「! ぐぉ!?」


 “麒麟”の雷撃にその兵士は完全に沈黙する。しかし、他の兵士も皆何とか銃を構えようとしていた。


 ここは危険だ。


 こちらに向けられる殺意にモナはラシルを抱え上げると“麒麟”に乗せ、その後ろに自分も跨がる。


「麒麟! ブルームを離れるわ!」


 モナの命令にラシルを抱えて“麒麟”は場を脱する様に駆け出した。


「くっ……」


 兵士の一人が痺れる身体を何とか動かして上がっている赤色の煙に別の粉末を投げ込んで黄色へと変えた。






 一体……何が起こったの?


 モナはブルームに届け物があった為にラシルの危機に立ち会う事が出来たのである。


「……モナ……」

「ラシル様。ブルームは危険です。一旦、街の外へ」

「皆……は……私の……民……」

「……」


 モナが着いた頃には屋敷周辺に人の動く影は兵士しか居なかった。


「今は脱出が最優先です。現状を宮殿に連絡しなければ」

「……そう……ね」


 ラシルはモナが気を使ってることを察してそれ以上は聞かなかった。

 彼女の様子にかなり疲弊しているとモナは見る。右眼からの出血が酷い。早く治療をしなければ――


 モナとラシルを乗せた“麒麟”が島まで続く唯一の通路へ入ったその時、


「――あれは……船?」


 通路を破壊する為に航行してきた四番艦が並走する様に現れた。






「カシラ! なんか通路を走ってますぜ!」

「馬かあれ?」

「雷纏ってるぞ?」


 四番艦の乗組員は甲板から“麒麟”とそれに乗るモナとラシルを見てそんな感想をもらした。


「主砲準備! 目標は、あの馬だ!」

「カシラ、あの子供の方って捕まえる話じゃなかったですか?」

「艦長って呼べ! よく見ろ! 逃げてんだろ!? お前、走ってアレに追い付けるか!?」

「無理です!」

「ならどうする!?」

「ぶっ飛ばします!」

「よーし! 準備しろ! ぶっ飛ばすぞー!」

「でも勿体ねぇ。あの大人の女の方、結構胸もでかくて良い身体してますぜ!」

「海に出たら他の女の事は考えるな! 海の女神に嫌わたら明日は大シケだぞ! 浮気と思われたくなけりゃ、とっとと主砲用意だ!」


 海賊上がりの四番艦の面々は、おー! と主砲を並走する“麒麟”へ向ける。


「……あれは何? 筒? こっちを向いて――」

「発射ァ!」


 向けられる主砲に不思議がっていたモナは至近距離で全ての音をかき消す轟音が聞こえた。瞬間、モナ達は通路ごと吹き飛ばされる。


「多分命中!」

「土煙で見えねぇ!」

「さすがは俺の艦! 最強の主砲だぜ!」


 と、満足している艦長の目の前でブワっと土煙から“麒麟”が駆け出す。


「目標! 無傷です!」

「んなアホな!」

「今のが……ブルームを破壊した攻撃……」


 モナは主砲によって容易く破壊された道を見る。あんな物が何発も撃ち込まれれば、どんな街でも一溜りない。


「麒麟! 急いで!」


 少し無理をしてでも速度を上げる。この驚異は絶対に生きて伝えなければならない。


「ああ! 一、二番砲塔! 射角外!」

「舵をきりつつ、主砲で通路の先を破壊しろ!」


 このまま並走すれば陸地に乗り上げる。四番艦は舵を切り主砲の射角を調整した。


「撃てー!」


 その合図と共に轟音が響き、“麒麟”が向かう道の先を完全に吹き飛ばす。これで、停止するか海に落ちるしかない。


「道を完全に破壊!」

「よーし、機関停止! 接岸して女を捕まえろ!」

「海の上だと他の女の事はタブーなんじゃ……」

「丘に一歩でも上がりゃ良いんだよ!」


 減速する四番艦とは対照的に“麒麟”は更に速度を上げる。


「馬! 速度を落としません!」

「なぁにぃ!?」

「これなら――――」


 無くなった道へ“麒麟”は速度を落とさずに跳んだ。そして、破壊によって生まれた土煙に乗る・・

 そのまま、飛び石の様に煙を足場にして移動すると対岸側へ着地。そのまま木々の中へ走って行った。


「…………」

「カシラ。四番艦停止しましたよ」

「ふっ……やるじゃなぁい! 中々にファンタスティックだ!」


 予想だにしない逃亡方法にカシラはただただ口を開けて笑った。

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