第13話 ナギは元気か?
淡く光るバエルが足元を照らして先に進み、その後を松明を持つキャスが後ろの四人を先導する。
「獣道しか無いから足元に気をつけて」
あまり山中に入った事の無い四人は凸凹する獣道に時折足を取られつつも、慣れた様に進むキャスに続く。
「はぁ……はぁ……」
中でも先に疲労を見せ始めたのはラシルだった。
宰務が多い彼女は基本的には“スプリガン”や民達に肉体労働を任せていた。更に怪我の度合いも相まって今日一日の疲労は肉体的にも精神的にもピークに達して来ている。
「大丈夫? ラシル」
よろけるラシルを後ろを歩くリタが支えた。
「あ、ごめん。大丈夫よ」
それでも、気力で身体を動かす。ナギに託されたハンニバルを解く紋章が彼女の責任感となっていた。
「……皆……凄いな……」
自分よりもずっと幼く、怪我を負っている彼女の力強い背にリタは誰にも聞こえない様にボソリと呟いた。
「あ、ここだよ!」
先頭のキャスが茂みを抜けて松明を掲げる。
そこは少しだけ円形に開けた空間。そして目の前には――
「嘘……」
塔の
土台から伸びる塔の一部だけを残し、破壊された様にそこから上が消え去っていた。
「一応……これがこの辺りにある人工物だけど……」
塔の一部を見た四人の反応にキャスはつば悪く告げる。
ナギ様は200年前にハンニバルを投獄したと言っていた。200年……物質が風化して壊れるには十分な時間でもある。
塔は壊れていた。その結果にラシルはその場に倒れそうになり――
「と、取りあえず、中に入って見てみましょう!」
「そ、そうだよ! 地下室とかあるかも!」
モナとキャスが塔を調べようと言った事で少しだけ持ち直す。
「……そうね。大罪人を閉じ込めるなら、地下に閉じ込める方が可能性があるわね」
壊れてズレた扉を“バルバトス”でこじ開けて五人は中へ入る。
それなりに広いが地下へ続く入り口や仕掛などは見当たらない。上は……当然の如く開けて夜空と星が見える。
「…………」
「よ、よーし! 今日はさ! ここで寝ようよ! 皆疲れてるし! 元気に朝になれば、何か見つけられるかも!」
キャスが励ます様に言うが、ラシルは壁に寄りかかる様に座り込む。
「そうね……本当に……今日は疲れたわ……」
結局は無駄足だったのか……。
皆がそう思い、項垂れている最中、ナギから受け取った紋章がラシルの手の甲から剥がれる様に離れて宙に浮いた。
「あ、ラシルちゃん」
「なに?」
「浮いてる」
「何が?」
「だから、紋章が――」
キャスの言葉に皆が顔を上げると、宙に浮く紋章の放つ光に、視界と意識を呑み込まれた。
「……っ……な、なに?」
キャスは目を開けると、廃塔ではなく地平線に立っていた。
「うわぁ!? な、なんだ!? ここぉ!?」
辺りを見回すが何もない。視界の遥か先まで青空と平坦な地面の境界線だけが続いている。
「バエルー? おーい、どこ行ったー?」
いつも側にいる使い魔を呼ぶが、ぽよんぽよん、と現れる気配はない。
「キャス」
「うわ!? み、ミカさん!」
背後からミカに話しかけられて猫が跳び跳ねた如く驚く。
「良かったぁ……さっきまで誰も居なかったから」
「私もよ。貴女の声がしたと思ったら目の前には現れたから」
二人は、意味の解らない空間で出会えた事にほっとする。
「所で、そっちはバエルを出せる?」
「え? うー、バエル!」
いつもの調子で使い魔を呼ぶが、空間は沈黙したままだ。
「何か……来る気配ない」
「やっぱり……私もバルバトスを召喚出来ないの」
「えっと……どういう事なんだろう?」
使い魔が出せない。そもそも、この空間は何なのかすらわからない。
「おーい。二人ともー」
「ん? モナさん! リタさん!」
こちらを見つけて手を振るモナとリタも二人と合流した。
「無事みたいね」
「ラシルちゃんは?」
「そっちは見てないの?」
「私はキャスと合流するまで一人だった」
そもそも、視界を遮るモノが無い空間で唐突に合流出来る事がおかしい。同じ空間に居れば見渡すだけですぐに気がつく。
「うーん……あ! あっち!」
キャスの視線の先に空を見上げるラシルが居た。
「ラシルちゃーん」
キャスが駆け出し、他三人も歩いて続く。何とか全員無事の様だ。
「キャス。それに皆も」
「どうしたのー? 何か見える?」
「貴方は“コレ”が見えないの?」
「え?」
キャスはラシルと同じ位置に立ち、同じ様に空を見上げた。
“よくも悪くも確率は一定だ”
“敵! 伏兵現れました! その数1万強!”
“ようやく山場を越えましたな”
“油断が一番の敵さ”
“おのれ……おのれぇ! ハンニバルゥゥ!”
“考えた時点でお前らの負けだ。もし、オレ達に伏兵が居なかったとしてもな”
“全員、ハンニバルの合図を待て! ヤツの作戦なら生き延びられる!”
“狼煙を上げろ!”
“連合旗を掲げろ!”
“角笛吹け!”
“銅鑼を鳴らせ!”
“全軍攻撃開始――――”
それは記憶石に触れた時に頭に流れる映像のようなモノだった。ソレを視覚で見ることが出来るのだ。
「え……? 何コレ? さっきまで無かったよ?」
空を見上げる二人を不思議そうに思い、三人が近づくと青空だけでなく回りにも散りばめられる様に映像が現れた。
“おー、やべぇな。全く隙がねぇぞ。あのジィさん”
“望遠鏡で呑気に敵さんを見てる場合ですか? ハンニバルさん。あの【海神】ガンズをここで沈めないと連合軍は終わりなんですから”
“別にジジィを狙わなくても良いんだよ。いくら頭がよくても両腕両足が無くなれば動けねぇって”
「……この老人は――」
ラシルは“スプリガン”から見た時に鉄の船に乗っていた老人の姿を映像に見つける。
“カッカッカ、ハンニバルよ。次の戦はどこじゃ?”
“いやー、ジィさんにはマジで助けられるわー。次は山を越えて山岳砦を機能停止して欲しいんだけど良い?”
“そこに強者はおるかのぅ?”
“その砦は山の民って呼ばれる民族が管理してる。確か長は……【寒冷王】って言われてたな。その側近達も一人で兵士50人分の強さとか”
“すぐに向かおう!”
「コイツは……っ!」
ミカは『鉄鋼街』の民と妹を殺した老人を見つけて睨む。
“いやはや……本当に困ったモノだよ? ハンニバル君。僕は君に誘われて連合軍に入ったんだけど、ずっと医者の真似事ばかりだ”
“堅苦しい規則のある帝国じゃ、成果を横取りされるだけだぜ?”
“それは納得してるけどね。でもいくらなんでも資金が無さすぎる。これじゃ発案するだけで形にならない”
“なんだっけ? 大砲の小型版を作ってるんだろ?”
“私は鉄よりも人間の方が好きでね。本当に今の総司令は頭が悪すぎる。しかも臭い。彼を不慮の事故で殺すから、君が総司令をやってくれないかい?”
“ハハハ。考えておくよ”
「……」
リタはあの時“銃”を突きつけた男が映って僅かに震える。
「これは……一体なんなの?」
「なんか、誰かの記憶を覗いてるみたいだー」
モナとキャスは客観的に映像を見ていたが、それらはゆっくりと消え始めた。そして、
「……」
いつの間にか、目の前に一人の男がいた。彼は地面に胡座を掻いて五人に背を向けて座っている。
「ハハハ。オレも随分と寂しかったみたいだな。思わず、オレの記憶を見せちまったよ」
そう言って男は立ち上がると五人へ振り返った。
只者でない雰囲気に、使い魔も出せない現状では近づく事を躊躇う五人。しかし、ラシルが意を決して歩み近づく。
「貴方がハンニバル?」
「まぁな」
男――ハンニバルはボロボロの五人を見て、ハハハと笑う。
「ナギは元気か?」
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