第14話 彼の存在価値

 ナギは元気か?


 この国で序列3位の魔女【番人】ナギ様を呼び捨てに出来る者は三人しか居ない。

 一人は【国母】様。もう二人は序列1位と2位だ。

 加えて『ミステリス』は魔女を第一とする国であり、男性は魔女に対して不遜な態度は取らない。

 だと言うのに……この男は――


「貴方は――」

「まずはここから出ようぜ。オレも600年ぶりに空気を吸いてぇ」

「600年? 貴方が投獄されてから経過した時間は200年よ」

「マジか? じゃあ尚更ここから出ねぇとな。時間の流れが外の3倍だ」

「――」


 ここに居るだけで外では3倍の時間が過ぎているとハンニバルは告げる。

 すると、ラシル達の目の前にナギから託された“紋章”が浮いて現れる。


「紋章を使えばお前達の精神は出られる。そこにオレも許可を出してくれれば良い」

「…………」

「そう警戒するな。オレには紋章が見えないんだからよ。下手な事はしねぇよ」


 ハンニバルはその場で胡座をかいて座る。どうやら本当に紋章は視認出来ていないようだ。


「……一つだけ教えて」

「ん?」

「貴方は本当に【国母】様の命を狙ったの?」

「ああ。本気で殺すつもりで狙った」

「!」


 迷い無くソレを口にする。『ミステリス』の象徴にして魔女と民を導く存在である【国母】の命を狙う。

 それがどれ程の大罪であるのか……ダメだ。この男をここから出すわけには――


「何で【国母】様を狙ったんですか?」


 ラシルが紋章を起動し、自分達だけ帰ろうとした時、キャスがハンニバルに尋ねる。その瞳は真実だけを求める強い瞳をしていた。


「最初は適当に過ごしたら島を出るつもりだったんだよ。オレの戦いも途中だったし、残して来たモノも多かった」


 ハンニバルは遠くを見るように空を見上げる。


「けど、居心地が良くてな。この国を助けたくなった」

「お前の言っている事は明らかにおかしい! それが【国母】様の命を狙うのと何の関係がある!?」


 ミカが横から割り込む。この男の言ってる事は支離滅裂だ。


「平和過ぎるんだよ、この国は」


 ハンニバルはハハハと笑った。


「今まで平和だったからと言って、明日もそうなるとは限らない。唐突に大切なモノを理不尽に奪われる事が起こる」


 その言葉はそんな場面をいくつも見てきた様な深みを感じさせた。


「本当はな。お前らがそうなる前に何とか出来ればと思っていた」

「何を――」

「敵が来たんだろ?」


 ハンニバルの言葉に全員が驚愕する。

 この男は200年前から外の情報は一切与えられていないハズだ。


「何故……知ってるの?」

「疲れた眼、泣き腫らした眼、ボロボロの服、真新しい怪我。魔女が魔物に苦戦するハズもない。内乱もこの国じゃ起こらない。それに、その程度じゃナギはオレを出そうとは思わないしな」


 やっぱり、この国は前に進めなかったか……とハンニバルは彼女達を見つめ返す。


「この国に危機感を教えたかった。【国母】の命を狙う事で、外からの驚異を知って欲しくてな」

「……もし【国母】様を殺せていたら――」

「どっちにしろ【国母】を狙った時点でオレは死が決定してる。何故ナギがオレを生かそうとしたのかは解らないが、まぁ利用価値があると思ったんだろ」


 色々とインフラを整えてやったしな。と、ハンニバルは彼女達に理解出来ない言葉を告げる。


「アイツが助けを求めるなら、オレがやる事は一つだけだ」


 ハンニバルは彼女たちではなく、遥か遠くに居る宿敵を見るような眼で告げる。


「戦争に勝つ。それが、自他共に認められたオレの存在価値さ」






 虚無の空間から戻った五人は、廃塔の石畳を“バルバトス”と“バエル”で外しつつ、掘り返していた。


 正直言って、ハンニバルは信用できない。

 何を考えているのか、何をしようとしているのか、彼女たちの理解を遥かに越えている。

 けど……


「あ! あったよ!」


 掘り出した先にあったのは一つの棺。その中から、おーい開けてくれー、と声が聞こえる。

 “バルバトス”が棺の扉を無理やり外すと、ありがとよ、と肉体に精神が戻ったハンニバルが身体を起こした。


「ハハハ。焦げた臭い。懐かしいねぇ。敵はもう島内に侵入してるか」


 軽口を叩きつつ笑うハンニバルは、既に敵の事を考えていた。


 この男の『ミステリス』を救おうとする意思だけは偽りがないと感じていた。

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