第40話 帝国の思想

「これが大砲よ。種類は特殊弾頭用と通常弾の40口径用の二種類があるわ。この遠征艦は基本的には長距離航行と機動力を主に考えられてるから砲の数は少なめね」


 甲板に配置されている砲塔は艦首を向き、先端の銃口を塞ぐ様に布がつけられていた。

 沈黙する砲塔はどこか威厳のような迫力を感じさせる。エネルギーの吐き出し口のようなソレが恐らくブルームの港を破壊したのだと、どことなく察せるモノだった。


「それで、あそこに見えるのが管制室。艦全体の連絡を取り合う為の施設よ。艦長は基本的にあそこから指示を出すわ。手旗信号の確認の為に壁は一面ガラス張りだけど、防弾耐性はバッチリよ」


 そのガラスを掃除している乗組員がリアンとリタに気がつき手を振ってくる。


「で、最後にこっち」


 リアンは甲板の先端までくると、そこから隔てなく眺められる海をリタに見せた。


 風が通り抜け、さらわれそうになったヘルメットを咄嗟に掴む。視線は自然と風の流れた方へ向き、そこから見える空と海の違うブルーと、巨大な雲は陸からは見れない景色だった。


「私が海に出る理由。この景色をずっと見ていたいの」


 その景色に圧倒されるリタの隣に背から柵に寄りかかるリアンが風に乱れる髪を押さえながら告げる。


「……凄い景色」

「でしょ? 海に出る人の好きなものトップ3は、1位が海、2位がご飯、3位がお金ね」

「ご飯?」

「ええ。人によっては2位と3位が前後するけど、1位は変わらないわ。最初は嫌いでも結果的にはそうなるの」


 そう告げながら笑うリアンの表情はまるで夢を語る子供の様だった。

 艦長としての“威厳”が今だけは成りを潜め、純粋に海が好きなのだと思わせる雰囲気が強く伝わる。


「…………」


 リタも一瞬、目の前の海の景色に引き込まれた。だが、瞬時に自分の立場とリアンの立場を思い出し、心に影を落とす。


 私たちは敵同士。この先……必ずぶつかり合う時が来る……


「戦いは嫌い?」

「え?」


 リタは心を読まれたかと思い、思わずそう返事をする。


「まぁ、新兵ならそう思うのも仕方ないわ。今回は鏖殺戦だからね。気が滅入るのも無理はないわ」

「な、なんで……皆殺すんですかね……?」


 リアンを含め、艦内で出会った人達は憎むべき敵には見えなかった。寧ろ、良い人の部類に入るだろう。


「それが、200年前から続く帝国の思想だからよ」


 帝国。その言葉を口するリアンは少し困った様に海を見る。


「200年前は星の数ほど多くの国があって、無意味で悲惨な戦いが多く起こってた。その時から“帝国”は世界最大の軍事力を持ち、世界の制圧に乗り出したの」

「……なんで?」

「世界を平和にする為よ」


 平和。その言葉は『ミステリス』には当たり前の様に浸透していた。しかし、リアンの言う平和は……


「それなら……なんで、この国に攻撃を仕掛けるんですか……?」

「帝国の歴史は戦いの歴史だった。けれど……それはそうせざる得なかった理由があるの」

「その理由って……?」

「貴方……帝国軍人なのに祖国の歴史も知らないわけ?」

「あ! す、すみません……」


 リアンに呆れられてリタは自分が身分を偽ってる事を忘れていた。


「まぁ、いいわ。帝国には二つの選択肢があった。一つは、帝国の力を全ての国に分け与えて国力を平等にする事。そして、もう一つが……武力により完全に制圧する事」

「…………」

「国の損失を考えた結果、帝国は後者を選択した。そうする事で多くを救えると考えたのよ」


 帝国には当時からそれ程の軍事力を持っていた。制圧を繰り返し、他国の軍事力を吸収しつつ世界を制圧する。完璧な統率の下、僅か十数年で世界の半分まで制圧するに至る。


「けど、その支配を望まない国々が集まって“連合軍”として抵抗を始めたのよ」


 それはハンニバルが言っていた組織の事だった。彼はその連合軍に所属していたと聞いている。


「後の『四英雄』の内、三人が連合軍には居るものだから、いくら統率力や軍事力で勝ってる帝国でも相当に苦戦したそうよ。中でも『ハンニバル』は今も帝国の最大の敵として記録されているわ」

「……ハンニバルが……」

「あら、それは知ってるのね」

「え? ま、まぁ……」


 あのヘラヘラ笑ってる屁理屈男は……本当に凄いヤツだったのか。


「六割進んでた支配域を五割まで押し返されてね。更に提督も初の敗走をした事で、休戦交渉が現実になりかけた。まぁ、結果としてハンニバルが事故で死んだ事で帝国は事なきをえたんだけど」

「ハンニバルが死んだ……」

「説は色々あるけどね。【海神】戦の帰りに部下に反乱を起こされたとか、スパイに暗殺されたとか、勝利に浮かれて船の上で酒を飲んで酔って滑って海に落ちたとか」

「…………」


 ハンニバルは海に落ちて『ミステリス』に流れ着いた所をナギ様に助けられたと言っていたが……まさかな。


「その後は、『四英雄』の内、二人が帝国に帰順。他の有能な人材も連合軍に見切りをつけて帝国に流れた事でほどなくして完全制圧されたわ」

「…………」


 本当にハンニバルが一人で場を持たせて居たのだろう。なんともあっさりとした瓦解っぷりだ。


「それで世界は全て帝国のモノになった。まぁ、その後も戦火処理とかで揉めたり、内乱軍とかが湧き出たり、色々あったらしいけど流石に200年も経てば色々と落ち着いて来たの。今は属国の殆どが豊かになってるわ」


 だから――とリアンは一呼吸置いて、


「この侵攻は絶対に成さなければならないの。『魔女』と言う存在は私達が今まで見てきたどんなモノよりもイレギュラーな存在である以上、もしも彼女達が帝国に潜む反抗勢力と手を組んだら被害は尋常じゃない」


 一変したリアンの凄みは、今の平和を命を賭してでも護らんとする強い意志が感じられた。リタは思わず怯む。


「そ、その『魔女』と帝国が手を組むのは?」

「無理よ。『魔女』は私達の常識を遥かに越えてる。両目と喉を潰した上でなら手を組むって言っても、彼女達は絶対に応じないでしょう」

「で、でも……『魔女』じゃない人を……殺すのは……」

「昔、帝国では『宗教戦争』と言う悲惨な内乱があったわ。一人の人間を神のように崇めて、子供から年寄りまで武器を持って帝国に襲いかかってきた」


 皇帝が暗殺されかける程の悲惨な内乱。当時、マスカレードの戦士が護衛に就いていなければ王家の血筋は途絶えていたかもしれない。


「この国は『魔女』に対して強い敬意の念を抱いてる。提督はソレを『宗教戦争』と類似し、自軍の犠牲を減らす為に鏖殺を選択したの」

「…………本当にそれしか――」

「リタフ。私達はこれまでの帝国の結論と過程から今の選択が最良だと判断しているのよ。敵に情けをかけると貴方だけじゃなくて、知り合いも皆殺されるわ。新兵でも兵士なら覚悟を決めなさい」


 そう告げるリアンは、地獄を見てきた上でこの任務に参加したと思わせる瞳をしていた。

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魔導軍師ハンニバル 古朗伍 @furukawa

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