<11・ユーチューバー。>

「ユーチューバーの仕事って、見た目ほど楽なもんじゃないんですよ」


 明らかに困り果てた様子で、セキエイは語った。


「広告収入あるでしょっていうけど、あれ何万、何十万も回ってやっとまともな金になるってなわけですし。動画一本作るのにもものすごく手間かけてるんです。ユーザーが興味持ってるジャンルのリサーチから始まって、いくつもネタの候補を作ってそこからピックアップ。内容を精査して精査して、自分でコンテも作って、イラストも描いて撮影してボイス収録して編集してって全部やってるんですから」

「あ、イラスト自前なんッスね。どこかに依頼したりとかは?」

「プロのイラストレーターさんにお願いするのにどれだけお金かかると思ってます?しかも紙芝居形式で何枚も依頼しないといけないんですから、仮に一枚五千円でお願いできたとて十枚あったら五万円になるんですよ?しかも動画はどんどんアップしていかなくちゃいけないんだから鬼のようなスケジュールになるわけです。そんな無茶なのお願いできるわけないでしょ。万が一連絡途絶えたり締切破られたりしたら死活問題だし、イラストレーターさんの追っかけまでしてられないし……こっちは生活かかってるんですから。企業じゃなくて個人なんですよ個人。そもそも……」

「あ、す、スミマセン。モウイイデス……」


 結友は無理やり話を終わらせた。

 現在、子供達に人気の職業と尋ねた時、ユーチューバーという職業はまずトップ5には入るほどの人気を誇っている。世代や地域によっては一番人気と言っても過言ではないだろう。華やか、楽しそう、ラクそう、人気者になれる。恐らくそういったものが理由なのだと思われる。

 が、実際ユーチューバーとして成功できるのはほんの一握りであるのは間違いない。なんせ今では誰でも簡単に動画投稿(クオリティは別として)できる世の中である。一日に一体世界中でどれだけの数の動画が投稿されているのか、なんて考えるだけで恐ろしい話だ。その膨大な数の動画に埋もれず、人気を取るためにはどれほどの手間と苦労と工夫が必要になることか。ましてや大企業ならいざ知れず、予算がないイチ個人や中小企業は、可能な限りコストを抑えて面白いものを作ることを要求されるわけである。


――まあ、だからてっとり早く目立つために、派手なことやっちゃうバカが出るんだろうなあ。


 思い出すのは、やれ“入っちゃいけない禁止区域に入ってみましたー”だの、“バイト先の厨房でイタズラしちゃいましたー”だの、“コンビニのおでんで遊んでみましたー”だのという非常識極まりない動画の数々である。炎上商法、というものもあるにはある。が、それが他人を傷つけたり迷惑をかけたりするものであっていいはずがない。人が出来ないことをするのがカッコいいとか、とにかく目立って大量に閲覧数を稼ぐ=広告収入をい稼げればいいとか。そういう勘違いをする輩が絶えないのも事実だ。ユーチューバーそのもののイメージを悪くしている一因でもあるだろう。

 勿論、良識ある動画投稿者達の多くは、そのような違法行為や迷惑行為など一切しないでまともな動画で閲覧数を稼ぐ必要があるわけで。しかも、そういった動画を次々投稿していかないと、ファンにはあっさり飽きられてしまうことになるわけで。本当に、見えないところの苦労というのも凄まじいことになっていることだろう。


「……元々、都市伝説とか、ホラースポットを紹介する動画はアップしてたんですよ」


 ややむっすりとした表情で、セキエイは続ける。


「でも、俺は炎上とかしたくないし、まともな動画でちゃんとファンを楽しませて稼ぎたかったんで。殆どは、ネットで情報収集して、それをまとめて独自に分析、イラストとかつけた動画をアップするってやり方をしてます」

「以前は、漫画やアニメに関して紹介する動画もアップしていたそうですが、それはもうやられないかんじなんでしょうか?」

「え?ええ、まあ……今は、ホラーの方に俺も興味がありますから」


 曖昧に笑う青年。縁がそのように尋ねたのは、彼の過去の動画をひとしきり見たからなのだろう。確かに、セキエイは以前は都市伝説以外にも、特定のアニメに関する紹介動画などもアップしていた。ちらり、と結友はセキエイの案内してくれたリビングを見回す。妙にこざっぱりしていて、青年が一人暮らしをするには広い部屋だった。3LDKなんて、一人暮らしで必要なものなのだろうか。

 そして、アニメとかマンガのグッズのようなものは見当たらない。以前は結構熱心に布教動画を上げていたようなのに、飽きてしまったということなのだろうか。まあ、奥に寝室もあるようだし、ひょっとしたらその寝室にポスターが漫画が山積みになっているなんて可能性もあるかもしれないが。


「今回の異世界へ行くエレベーターの話は、大型掲示板に書き込んであったものから拾ってきたんです」


 頭をぽりぽりと掻きながら言うセキエイ。


「どこだったっけかな……“おかちゃんねる”のどっかだったはずだけど、URLメモってたかな、ちょっと待っててくださいね」


 そしてスマホを取りだして何かを探し始めた。おかちゃんねる。聞いたことがある。確か、ホラー系の話をまとめた大型掲示板であったはずだ。元々都市伝説などはネット掲示板発祥のものが多いのだが、十数年前に大流行した折、オカルト系の話だけを切り離して専用のサイトが作られたことがあったのである。

 それが通称、おかちゃんねる。ネーミングはそのまんまと言えよう。

 今は当時ほどにぎわっていないようだが、今でも時々とんでもなく怖い話が投下されたりするようで、ユーチューブにはそれらを元とされた朗読動画がアップされていたりするらしい。時には有志がフリーゲームにしてしまう、なんてこともあるようだ。


「これだ、これ。過去倉庫に入っちゃってるけど、大体の番号覚えてて良かった。この>>569あたりからです」


 セキエイはそのままスマホを渡してくれた。拝見します、と結友は機械を受け取って画面を覗き込む。URLを急いで手帳にメモしながら。




 ***



 ・

 ・

 ・


566:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

ごめんそういう系の話は求めてない。

グロはやめてグロは


567:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

何であの国って何がなんでも爆発しなくちゃいけないの、わけわかんない


568:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

>>567

現実逃避すな

これは日本の話なんだべさ


569:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

怖い話っていうのと少し違うかもしれないんだけど、都市伝説みたいなの発見したから書き込んでもよろし?

エレベーターの話なんだけど


570:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

エレベーター?

あれ、なんかなかったっけ、すごーく昔にそういう話


571:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

>>570

異世界に行くエレベーターの話なかったっけ。

十年以上前にすっごく流行ったよ。ほんとに異世界に行けたやつがいたかどうかは知らん。俺は試してない


572:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

ああ、あったあった、異界エレベーター。

ていうかエレベーターって時点でもう怖いから俺やりたくない


573:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

五階で乗ってくる女って確実に人外だよな。美人なんだろうか。話しかけるなっていうけど話しかけたらどうなんの?呪われたり喰われたりすんの?


574:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

ロリ顔の巨乳美少女なら喰われてもイイ


575:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

>>574

変態はお帰りください


576:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

>>574

おまわりさんこっちでーす


577:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しの>>569

知り合いの占い師みたいな人から聴いた話。

俺がアニメとかラノベでありそうな異世界に行ってみたいってぼやいてたら教えてくれた。

異界エレベーターよりもやり方簡単だし、成功率高そう。

その上で帰る方法まであるってのがいいかんじ


578:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

帰る方法あるのいいな。あれ、行ったら行きっぱなしなのが気になってたんだ


579:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

おせーて


580:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しの>>569

必要なのは五階以上あるエレベーター、それだけ。

二人以上で試してもよし。

一階からエレベーターに乗り込む時に、まず呪文を唱えて一礼。

「カギリ様、カギリ様。わたくしが今からあなたの世界へ参ります」

で、ドアがしまる前に乗り込んで、そこから最上階までのボタンを全部押す。

で、ドアが開くたび一礼して同じ呪文を言う。

このまま最上階まで行けば、その向こうが異世界に繋がってますよっていう。


581:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

あっちの方法より簡単なんだな


582:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

五階まででいいってのもいい。

十階建のビルとか、田舎にはねーし


583:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

団地ならあるかもしれないけど……っていうか古い団地だと全部の階停まらなかったりするもんなあ

あれってなんなの、超不便じゃね


584:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

最近は全部の階に停まらないエレベーターってほとんど見ないかんじ

不評なんだろうな


585:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

帰る方法は?


586:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しの>>569

帰るには、もういっかいエレベーター乗って閉まるボタン押して、一階のボタンを四回押す。

で、「カギリ様、カギリ様。わたくしの血と、肉と、魂と、心を、どうか元いた世界へお返しください」と四回繰り返す。

エレベーターが一階に戻るから、そこで開いた先は元の世界に戻ってるらしい。


実際に自分はやったことないから、誰か試してみて報告して欲しい


587:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

メモった


588:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

帰る方法があるなら安心だね、やってみようかな


589:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

みんな度胸あんだなあ、俺は大人しくみんなの報告待ってることにしとくわ、怖い


590:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

>>589

ビビリ乙~


591:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

ていうか、本当に異世界が面白そうだったら誰も帰ってこないんじゃね

退屈な現代の世界より、チート無双できる異世界の方が楽しそうだって思うから、こんな話ができたんだろ


592:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

それもそうだわな




(以下、だらだらと雑談が続く)




 ***




 なるほど、と結友は頷いた。どうやら今度は、プロバイダーに問い合わせて>>569の書き込みをした人物を特定する必要があるらしい。

 ただ、この人物も“占い師っぽい知り合いに聴いた”と証言しているので、仮に書き込み主を特定したところで次はその占い師を探す必要が出てきそうではあるが。


「……なるほど」

「?」


 聞き込み面倒くさいな、ていうか胡散臭いな。そんなことをひっそりと思っていると、隣でなにやら縁が呟いていた。何か、気づいたことでもあるのだろうか。


「あの……正直俺は、この書き込み以上のことは何も知らなくて。これ以上尋ねられても、答えられることはないんです、けど」


 戸惑った様子で、セキエイが言う。頼むから余計な疑いを向けないでくれ、というか用が終わったらさっさと帰ってくれ、という態度が透けている。警察とはいえ、アポイントもなしに突然訪ねていったのだ。迷惑している、というのが正直なところなのだろう。


「ああ、すみませんね」


 そんなセキエイに対して、縁はにこやかに答えた。


「じゃあ、最後に……二つばかり質問したら終わりにしますので。それだけ勘弁してください」


 なんとなく。彼は何か、結友に見えていないものが見えているような気がしている。それが“この事件の真相”なのか、あるいは“幽霊的な何か”であるのかは定かではないが。

 できれば後者でないでほしいと願うばかりである。


――ていうか。そういえばこの人、どうして陰陽対策係に選ばれたんだろ。霊感があるとか、そういうの?


 一応それも、尋ねておいた方がいいのだろうかと思う。残念ながらというべきか幸運にと言うべきか、結友にはその手のものは一切見えていないのだから。

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