<19・ファン。>

 一般的な悪役令嬢モノと言えば、多くが女性向けのジャンルに分類分けされることになる。特に、一般人女性が転生したら悪役令嬢でした!のパターンは尚更に。しかし、この『悪役令嬢に転生したはずが、遠い国の双子の王子様に愛されまくって困っています』は少し特殊な部類として知られているのだ。過労でうっかり線路に落ちて死んだヒロインが異世界の悪役令嬢に転生して――というメインストーリーと、もう一人の転生者の男性の物語が同時進行していくからである。

 そちらは、ヒキコモニートだった男がうっかり自宅マンションのベランダから落ちて死に、異世界に転生して勇者に選ばれてしまうという話である。悪役令嬢と、勇者&魔王の物語が綺麗に両立している珍しい例だと言っていい。双子の王子に溺愛される悪役令嬢と、間違えて転生させられてしまった元ニートの勇者。二人はどちらもチートスキルを与えられ、それぞれのやり方で世界を無双して穏やかなスローライフを目指して頑張るのだ。

 二人は物語の序盤で偶然にも出会うわけだが、どちらも“異世界からやってきた、なんて知られたら頭がおかしいと思われる!”と考えているので、必死で故郷の記憶を隠そうとする。で、お互いが転生者であるといつまでも気付かず、誤魔化そうとするたびにトラブルを引き起こしてしまうのだ。

 まあようするに。シリアスなファンタジーというよりも、ラブコメに近い話なのである。

 最終的には己を溺愛する双子の王子よりも転生者である元ニート勇者のことを愛するようになる悪役令嬢。元ニート勇者も、自分を慕うロリ巨乳姉妹より、何故か悪役令嬢が気になってしまって惹かれていく――というシナリオであるらしい。ドタバタの果てに二人が結婚式を挙げ、この世界で幸せになって終わるという物語であるのだそうだ。えっちな要素もなく、過度なグロ表現もない。そして、実質男のチートヒーローと女のチートヒロインのダブル主人公形式。それが、若年層の男女を中心に非常にウケたというわけらしい。


「な、なんか。いろいろごっちゃごちゃして、混ぜ込んでカオスにしたっぽい印象でしかないんですが……?」


 結友がやや混乱気味に感想を漏らすと、それも間違ってはないですねえ、と縁は語った。


「まあ、流行の異世界チート溺愛悪役令嬢ってなジャンルですし、話の筋も滅茶苦茶ですが。でも、段々とその滅茶苦茶っぷりがクセになってくるんですよ。アニメの方を1クール全部見ましたけど、普通に面白かったですし」

「見たんですか!?」

「小説の方もざっと見しましたし、なんなら二次創作小説まで覗きましたよー。男女ともにファンが多いだけあって、二次創作もすごい賑わいでしたね。ヒロインは大抵オークに襲われてエッチな目に遭わされてるし、イケメンの男性キャラはひとしきりカップリングが成立してましたし」

「ええええええええ」


 ちょっとコアなところまで踏み込みすぎじゃないですかね、と結友はあんぐり口を開けて思う。二十代男として言わせていただくのであれば、あんまりそういう界隈の情報はお耳に入れたくないのである。いろいろとその、しんどいために。いや、オタク達あってこその業界の賑わいといえばその通りなのかもしれないが!しれないけども!


「まあ、冗談はさておいて」


 その縁は、まったくそういう話題を恥ずかしがってる様子がない。この人本当はいくつなんだろう、と結友はつい疑ってしまう。外見だけ見ればきっと、自分のほうが年上に見えるはずなのだが――こんな高校生みたいな顔して、実は三十代四十代のオッサンというオチもあるだろうか。それなんて二次元の世界だ。


「被害者が揃いも揃ってこの作品のアニメ、ゲーム、マンガ、ライトノベルのいずれかのファンだったわけです。しかも」

「しかも?」

「儀式を広める原因になった、あのユーチューバーの、セキエイさん。彼がかつてアップしていたアニメの考察動画。そのジャンルも実は『悪役令嬢に転生したはずが、遠い国の双子の王子様に愛されまくって困っています』だったりして」

「ええ!?」

「ここまで来ると、偶然とは思えませんよねえ」


 まさか、セキエイも惹きつけられた一人だったと言うのだろうか。確かに、彼が偶然掲示板を見てあの儀式を発見しなければ、ここまでSNSでフィーバーしてしまうこともなかったのだろうが。


「よく、アニメが犯罪のきっかけを作ったとか、悪い影響を与えたとか言い出す人がいますし……そういうケースを僕も完全に否定はしませんが」


 ぎしり、と。彼が寄り掛かった椅子が、大きく音を立てて軋んだ。


「今回は違いますね。アニメ見ましたけど、露骨に悪いものは何も“視え”ませんでしたし、おかしなサブリミナルも入っていない。内容もコメディで……まあ、多少キャラへのどつきが行き過ぎてると言えなくもないですが、一昔前のアニメのような下ネタもほぼないですし、子供に見せても大丈夫そうな健全アニメだと思いますよ。エレベーターの怪死事件と結び付けられるものは何もありません。念の為霊測感知器も使いましたけど、まったく反応ありませんでしたしね」


 その言葉に、ちょっと待て、となったのは結友である。


「あのー、雨宮サン?悪いものは視えませんでしまって……やっぱりそういうもの、なんか、普段から視えてるんです、か?」

「何で視えてないと思うんですか、このポジションで」

「デスヨネ!」


 知ってた!とムンクの叫びのような顔になる結友。いや、確かに警察内部に他に適正者がいなかった、なんて言われるようなポジションである。たった一人、オカルト事件への対処の専門家に任命されている、捜査一課陰陽対策係である。なんの能力もないならむしろ何で?になるのは当然といえば当然だけども!


「普段何が見えてるかは詳しく語りませんよ?聞かない方がいいでしょうし、貴方も」


 強いて言うなら、と縁。


「この世の中に、世界に。人がまったく死んでない場所なんてあるはずがないと思いません?」

「エ?」

「まあ、普通に考えれば世の中幽霊だらけで当たり前なんですよねえ」

「エ?」

「見えるだけの人なら僕以外にもいるでしょうけど、それでも僕だけが適正だと思われたのは……まあ、何が視えても今更精神が壊れたりしないからなんでしょうね。慣れてるし。肉体への攻撃はともかく、大抵の精神攻撃は耐性があるし」

「エ?」


 どうしよう。なんか既に、聞いてはいけないことを聞いたような気しかしないのだが。


「あ、ああああ雨宮サン!えっとですね、アニメに何か悪影響があるとかじゃないならなんでこんな共通点があるんですかねっ!あと、今の状況を打破するとか犠牲者を減らす方法とかそういうのなんか考えてるんスかね!?」


 これ以上聞きたくない、全力で!というわけで結友はやや強引に話題を転換しにかかる。


「このアニメやマンガ……元はラノベが原作ですが。再三言うように、これそのものには何の罪もありませんね」


 そんな結友のバレバレな態度にツッコミさえ入れることなく、話を進めてくる縁である。


「むしろ犯人は、この作品か……あるいはこの作品のファンを攻撃したがってるのだと思います。だから、この作品を好む人が引き寄せられるように呪いをかけているのかと」

「と、いうと?」

「警察も馬鹿じゃない。僕が気づかなくてもいずれ誰かしら、この作品のファンばかりが消えてる事実に気づくことでしょう。……で、それをうっかり公表でもしたら何が起きますか?この作品に、なんらかの呪いでもかかってるのでは?とか。あるいはそこまで恨みを買うようなことをスタッフがしたのかとか、そんな風評被害は確実に避けられませんよね」

「あー……」


 なるほど、そう考えると――作品を嫌いな人間か、そのファンを潰したい人間が糸を引いていると考えるのが妥当なセンだろう。

 現状それは、掲示板に書き込んだ人物か、もしくはその人物にこの儀式を教えたという自称占い師が怪しいということになってはくる。現在そっちに関しては、光一郎が調べを進めてくれているはずだ。まあ、多分この占い師が黒幕だろうから、そっちに突撃して尋問すればいずれ動機もはっきりしてくるだろうが。


「で。エレベーターの儀式による被害者を、少しでも増やさない方法……あるいは被害を食い止める方法、なのですが」


 再び、くるりと縁はパソコンに向き合う。


「普通に、エレベーターで異世界転移する方法は危険だからやらないでくださいねー、なんて言っても効果薄いのはさっき語ったとおりです。むしろ、あらぬ興味や好奇心を煽ってしまって被害が激増する可能性さえあります。それに加えて、こちらが中途半端に効果のある一手を打ち出した場合、黒幕が黙っているはずがありません。もっと強烈な儀式を生み出して広めて来ないとも言い切れないのです」

「じゃ、じゃあどうするんです?」

「対抗手段は僕の方で作っておきました。あとはタイミングを見計らってバラ撒くだけ。木を隠すなら森の中……呪いには呪いで対抗すればいいのです。僕がこの仕事に選ばれた理由の一つに、そういうものが“作れるから”ってのがあるわけでしてね」

「作れる?」

「ああ、それは実際にやってみてからのお楽しみ。何にせよもう少しだけ待ってくださいな。犯人逮捕と同時にやらないとほぼ意味がないってだけです」


 まあ、と彼は肩をすくめて言った。


「もう大体、ことの真相に見当はついてるんですけどね。何で黒幕がこんな馬鹿なことをしたのかも、その正体も」

「へ!?」


 待て待て待て。結友は大混乱である。正直、警察の捜査は完全に後手に回っている印象でしかなかった。エレベーターの儀式を封殺する方法があると言うのならそれはまあ任せるとして――真相までわかりかけているとは一体どういうことなのか。自分には現状、さっぱり何も見えてきてはいないというのに!


「こ、こんな人をいっぱい殺しまくって、異界に連れてって……そんなキチガイじみたことをする犯人の動機とか、全部わかったってんッスか!?えええ!?」


 思わず叫んだ途端、オフィス内で仕事をしていた他の警察官たちが一斉に振り返った。実に迷惑そうな顔たちに、すみません、と小さくなる結友である。


「声が大きいんですよ声が。……まあ、気持ちはわかりますけどね」


 はあ、とため息をついて縁は告げる。


「前に言ったでしょ?犯人の目的を、大きなものだと決めつけすぎないほうがいいと。人は案外、くだらない理由でも簡単に人を殺せるし犯罪を犯せてしまうものなんですよ。ましてやそれが、善意や正義感なら尚更質が悪かったりもするものです。僕や貴方にとっては“その程度”のことが、誰かにとっては世界をも揺らがしかねないことだったりするのですから」


 それって、どういう意味なのか。尋ねようとした結友の言葉は、思い切り開かれたドアの音に遮られることになる。


「おい、雨宮。見つけたぞ、例の占い師!」


 入ってきたのは、光一郎だ。


「お前の言った通りすぎて気持ち悪いぜ。……どうする、今から会いに行くか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る