<18・ツナガリ。>

●れっちゃん@かべうち@recchan_tototo

ごめん、ちょっと意味がわかんない。

異世界に来たのは確かっぽいけど全然思ってたのと違う。マンションの外、なんか黒いタールみたいな海になってる。それ以外になんもない。

外に出られない。あの海、泳げるのかもしれないけどすごく生臭くてドロっとしてるから触りたくない。

というか、触ったらやばいような気しかしない。


つ【ドス黒い海がどこまでも続いている写真。空は夜のように見えるが、赤い満月らしきものがぽつんと浮かんでいるだけである。】




 エレベーター事件の被害者は、増え続けているようだった。

 先日いなくなったという、専門学校に通っていた女性、橋本詠美。彼女はれっちゃん、という名前でツイッターアカウントを持っていた。そして、エレベーターの儀式を試してみると言って、その様子を一部実況中継のようにツイッターに流した後、行方不明となっている。

 彼女のつぶやき、及び撮影した写真は拡散されて今やお祭り騒ぎの状態だ。ここまで明らかに異世界だとわかるような画像が今まで出てきていなかったから、余計に人々の興味を引いてしまったのだろう。残念ながら今までのパターンからすると、本人はこのせっかくバズっている状況も見てない、知らない可能性が非常に高いのだろうが。


――勘弁してくれよ、もう。


 結友としては、頭痛を覚えるしかない。写真がバズる、ツイートが有名になるということはつまり。この儀式に、ますます興味を持って面白半分に試す人が増えると言うことであるからだ。被害者が増えるということはイコール、自分達警察の仕事が増えるということでもある。

 どうやらこの異世界とやらに行っても、元の世界と通信は普通に行えるということらしい。ホラーのお約束である、圏外になっちゃって携帯電話が使えない!はないようだ。が、異世界に行った被害者たちは、誰一人として危機的状況に陥っても警察へは電話をしてくれないのである。そもそも、さっきまでメールとかツイッターをしていたはずなのに、電話が使えて助けを求められるという事実になかなか思い至らないらしい。殆どの人が、どこかに連絡をしようとすることもなく行方不明になったり、死亡したりしているようだ。

 あるいは、助けを求めるにしてもその相手は友人や家族を相手にすることが多いらしい。まあ、オカルト事案に巻き込まれてますので救ってください!なんてことを警察に話しても信じてもらえないし助けてもらえないだろう、という認識がどうしても強いのだろう。実際、霊的脅威対処法ができるまでの警察ならば、そんな電話をかけてこられたところで悪戯か薬物中毒者の妄想としか受け取られなかった可能性が高い。今ならば逆に、警察こそ動いてくれる可能性が高まっているはずなのだけれど。




『英次ー。なんで電話かけてきてんの。まだ戻ってこないの?何してんの』

『き、桐谷!た、た、助けてくれ、殺される!』

『はあ?殺されるって、なんだよ。悪いけど、そういうジョークマジつまんねーぞ?』

『違うんだって!エレベーターの中なんだって!か、か、帰る儀式試したら、と、突然エレベーターに水が、水があふれてきて……も、もうすぐ胸のところまでくる、溺れる……!』

『エレベーターの中に水ぅ?んなことあるわけねーじゃん、そんなのあったらショートしてぶっ壊れちまうだろ?』

『ほんとなんだって!』




 そして、直近のエレベーターの犠牲者はもう一人。長野県の男子高校生、酒井英次である。彼は友人四名と共に、エレベーターの儀式を試した。しかし五人で一緒に儀式を行ったわけではなく、寂れた団地で一人ずつ、肝試し形式で儀式を試していったていうのだ。

 五人のうち、二人は特に問題もなく帰ってきていた。彼らはエレベーターの儀式をやったものの、特におかしな場所に行ってしまうこともなく、そのまま普通にエレベーターで一階まで戻ってきたという。しかし、三人目、酒井英次が儀式をした途端事件が起きた。彼は先の橋本詠美が撮ったものとそっくりな写真を撮影して友人に送った後、エレベーターの中から友人に助けを求める電話をかけてきているのである。

 それが、上記のやり取り。電話をした友人の少年は記憶力には自信があると言っていた。ほぼ、今のやり取りで一字一句間違ってないだろうと。この連絡を受けた少年は、一番最初にエレベーターの儀式をやって、それで何事もなかった人物だった。ゆえに、英次のヘルプコールも最初はまともに受け取らなかったのだという。――動画はリアルタイムで見ていないし、写真はツイッターあたりで拾ってきたものを自分で撮影したかのように出してきた可能性もある。何より、エレベーターの中で溺れそうになるなんて事態、まったく想定していなかったためである。

 しかし、別の友人が思い出したのだ――エレベーター連続怪死事件。エレベーター内で水死した人もいたのではなかったか、と。その言葉で、これはマジかもしれないとやっと危機感は持った。しかし、その時にはもう英次はまともに会話ができるような状態ではなかったのだという。

 最後にスマホから聞こえてきたのは水音と、以下のようなわけのわからない、男とも女ともつかない濁った声であったという。明らかに、スマホの持ち主である酒井英次の声ではなかった、とその友人は語った。




『ちょうだい、ちょうだい、ちょうだい、ちょうだい、ちょうだいちょうだいちょうだいちょうだいちょうだいちょうだいちょうだいちょうだいちょうだいちょうだいちょうだいチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイチョウダイ――!』




 喋っていたのは誰なのか。何を相手は“頂戴”したかったのか。

 残念ながら、通話が録音されていたわけではないので――答えは、見えそうにない。


「あの写真、解析してもやっぱり……加工の様子とか、全然ないみたいですね」


 結友はげっそりした気持ちで、さっきからずっとパソコンとにらめっこをしている縁を見つめる。


「本当に異界の景色、なんッスか?ていうか、このままだとどんどん被害者が増える一方ッスよ。なんか、警察でも手を打たないと……それこそ、エレベーターの儀式の危険度を周知して、絶対にやらないでくださいってテレビとかネットで流すとか!」

「それ、あんまり意味がないというか、逆効果になりかねないんですよ」


 結友の言葉に、パソコン画面から顔を上げることなく縁が言う。


「そもそも、エレベーター怪死事件はここまで儀式が広まる前から起きていました。そして、実際儀式を知っている人の殆どは気づいています……儀式と、エレベーター怪死事件には関わりがあるのではないかと。儀式をやったら、無惨な死に方をするかもしれないとみんなわかってるんです。それでも、みなさんが儀式を続け、被害が拡大し続けている理由は何だと思いますか?」


 言われてみれば、その通りだ。結友もずっと不思議には思っていた。この怪奇現象?は現状無差別に人を襲っているわけではない。儀式をしないと、その魔の手は襲ってこないという意味では良心的な類であるはずである。それなのに、好奇心だから、異世界転移に興味があるからと試してしまう人の数が、少々多すぎるのではなかろうか。


「ま、理由はあらかた想像がついてますけどね」


 ピン、と人差し指を一本立てる縁。


「一つは、試した人間の中に“何も起きなかった”人間がたくさんいること。同時に、選ばれし者だけが異世界へ行ける、なんて話が広まってしまったこと。……自分が選ばれし者かもしれない、優越感を得たい。そういう人はリスクよりも、そういった高揚感を求めてチャレンジしてしまうのでしょうね」


 二つ目、とさらに二本目の指が立つ。


「二つ。犠牲者は死体になるか、そのまま行方不明になるか。行方不明者はみんな、望んだ世界に行けたから帰ってこなかったのでは?という噂が広まってしまっています。死人に口なしですからね、戻ってきた死体だって喋れないから止められない。もっと言うと、死体になっちゃった人は、帰りの手順を間違えたから死体になった説が出回ってる」

「あー……だから、やり方を間違えなければ帰れるとみんな思ってしまってる、と」

「そうです。そして、最後の三つ目」


 す、と三本目の白い指が突きつけられる。


「恐らく、この儀式の噂そのものに術がかかってます。特定の人には特に強く働きかけ、興味を持たせるように仕向けている。無意識に、一種の催眠術にでもかかっているような状態です。やりたくてたまらなくなってしまうから、逃れられない」

「お、俺やりたくならないッスけど……って」


 ここで、一つ引っかかった。今縁は、特定の人と言わなかっただろうか。つまり、被害に遭う人にはやはり共通点があると?

 今でまで洗ったところ、死んだ人間たちは性別も年齢も住んでる場所もバラバラで、精々ネット環境があったくらいの共通項しか見えていなかったはずだが。


「亡くなった方々は、多かれ少なかれ異世界転移に興味を持っていたようです。その出処は、ライトノベルやアニメ、マンガで“夢のような異世界に転移して、望んだ自分になって愛されたりチート無双する”ようなことへの憧れから来ている。つまり、そういうものを少なからず好んで見ていた方々なんです」


 それに加えて、と縁はパソコンを捜査して資料を出す。イラストの専門学校に行っていた橋本詠美の写真が表示されている。


「もっと言えば。例えばこの橋本詠美は……周囲との才能の差に悩み、また専門学校で才能ある友人たちに馴染めずに苦労していたという情報があります。リアルの自分を忘れるため、ネットでイラストをアップしたり同人活動に邁進していた、と」

「まあ、よくある話ですけど、それが?」

「もう一人の犠牲者、酒井英次もそうなんです。彼は確かに肝試しをするような友人たちが一緒にいましたが……高校二年のクラスでは、今回一緒にツルんでいた全員と別のクラスになってしまい、他に新しい友人が作れなくて悩んでいたそうです。まあ、クラスの空気が今までと違いすぎたってのが大きいようですが。要するにクラスでは孤立しかけていて、旧友たちだけの世界やネットの世界に逃げ込んでいた、と」

「別に、それも珍しくも……」


 いや待て、とそこでようやく結友も気づいた。もしや、エレベーターで死んだか行方不明になったとされている者達はみんな、同じような共通点を持っていたということなのか?

 そういえば、エレベーターで虫食いだらけで死んだ森村善一はひきこもりだった。社会から孤立していたと言っていい。中学校のエレベーターで死んだ女子中学生の芝園理露もだ。彼女も、行方不明になった江崎さくらと共にクラスで孤立気味だったのではなかったか。


「学校や社会から孤立して悩みを抱えていた人達ばかりが消えています。しかもそれだけじゃない」


 にやり、と。やや青ざめた結友を見上げて、縁は笑った。


「全員が同じ、異世界転生系のアニメを見ていたこともわかってます。タイトルは、『悪役令嬢に転生したはずが、遠い国の双子の王子様に愛されまくって困っています』。……このアニメが犯罪を喚起したとかではけしてないのでしょう。……ただ、この作品に何か強い思い入れか、恨みがあった人間が絡んでいる可能性が非常に高いのです」

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