<20・カキコミ。>

 大型掲示板に書き込みをした男を見つけることは難しくなかった。掲示板の運営会社の対応が迅速だったのもあるが、多分それがなくても見つけることは難しくなかっただろう。というのも、同一人物と思われる書き込みが同じ掲示板内で何度もあり、かつ個人を特定できそうな内容もあっさり書き込むような――まあぶっちゃけると、かなり迂闊な人物であったからである。


『書き込んだのは、柴田伊知朗しばたいちろう。三十四歳、元会社員。……今は失業中って話だな』


 光一郎は呆れたように、結友と縁に語った。


『やっこさん、何で俺が書き込んだのがバレたんだ!?ってめっちゃ驚いてたぞ。……いや、何でむしろバレないと思ったんだっていうな……。三十過ぎて、SNSの怖さが理解でてきてないっつーのもどうなんだか』


 その実。ツイッターにしろインスタグラムにしろ、少し複数の情報を照らし合わせてみれば本人の住所などを特定することは難しくないのである。

 例えば、先の柴田伊知朗の場合。


『近所だったので、巨大な青い提灯で有名なあのお祭りに行ってきたんだけどさ。なんつーか、あのでっかいお好み焼きのおっちゃんいなくなっちまったんだな……。もう二十年はあそこ通ってたのに残念だったな』


 こんな書き込みをしていた。この時点で、そもそも“巨大な青い提灯”を掲げており、“この日に開催していた”お祭りが限定されている。そのお祭りをやっている近所ともなれば、ネットで調べるだけでもかなり住所が限定されてしまうだろう。さらに、二十年も通っていたというのが本当ならば、少なくともこの人物が二十代以上であるということも割れる。

 この書き込みだけでそうなのだ、さらに他の書き込みと照らし合わせてみれば、さらに書き込んだ人物を絞り込むのは難しくないだろう。


『うわあ、最悪。出かけようと思ったら、隣の駅で電車止まってんだけど。人身事故かと思ったら混雑で死亡してるってマジかー。うち小さな駅だから別ルートでも行けないしなあ』


 この発言で。この日、混雑で電車が止まった路線、の該当駅の隣駅が最寄ということまでわかってしまう。さらに、小さな駅で別ルートもないという言い方。他の路線が走ってない駅だろう、ということも予想がつくだろう。


『仕事クビになった愚痴してもいい?いや、仕方ないのはわかってるよ、このご時世だからさあ、印刷業ってほんと仕事量減ってるってことくらいは。だからって、四年頑張ってきた俺のクビ切ることないじゃんね。え?どこの印刷業かって?具体的に言うのマズいから伏せるけど、まあぶっちゃけると鏡餅みたいなキャラが躍ってるCMのところwwww』


 これなんぞ、会社名を伏せた意味がほぼない。そのキャラのCMが何なのか思い至る人であれば、一発でその会社を当ててしまえるからだ。そして当然、この時期に“クビになった四年働いてた社員”というだけでもうその会社の事情に少し明るい人物なら気づいてしまう。個人情報を伏せたつもりで、全く伏せられていないといういい具体例と言えよう。

 まあ、こんな発言をSNSの随所で繰り返していれば、誰なのかを突き止めるのは警察でなくても出来てしまうという具合である。むしろ、これに懲りたら今後は言動を気を付けてくれといったところだろうか。

 まあ、それはともかくとして。


『柴田は会社をクビになったことでかなりヘコんでたらしい。で、心機一転、まったく新しい仕事を探そうという発想になって……でも、どういうところなら長続きするのか自信がなくてだな。自分の姉が以前通っていたっていう、占い師のところに自分も行ってみたそうだ。そしたらまあ、この占い師の話が上手で……なんていうか、段々と相談そのものより、占い師と話をするのが楽しくて通い詰めるようになっちまったらしい』


 そして、柴田伊知朗はその占い師に流れるように提案されたのだという。――運気をアップさせるには、優れた人をより幸せにできる儀式をみんなに広めるのが効果的だ、と。そして、教えてもらったのがあのエレベーターの儀式であったという。


『奴は、あくまでエレベーターの儀式は“選ばれた人間が異世界転移して幸せになれるためのおまじない”だって聴かされてたらしい。だから、それを積極的にみんなに広める努力をしたら、自分の運気も向上して仕事もいいもんが見つかるようになるだろう、と』

『ということは、あの掲示板以外にも書き込んでいたということですか?』

『まあ、そうだな。自分のブログとか、ツイッターでも発信していたことはわかってる。ただ、こいつは有名でもなんでもないただの一般人だからなあ……ユーチューバーのセキエイが動画作るよりも前から情報を積極的に拡散しようとしてたけど、あんまり知られちゃいなかったらしい。ツイッターのフォロワーも二桁しかいない人間じゃそんなもんなのかもしれないが。最終的にはこいつの書き込みを見たセキエイが儀式の動画を作ったあとの方が、圧倒的に影響力があったっぽいしな』

『なるほど……』


 ちなみに。柴田伊知朗本人も書き込みしたあとでその儀式を試して、異世界転移することを目論んでみたらしい。が、残念ながら本人は何度試しても、異世界へ行くことはできなかったのだそうだ。

 光一郎がそれとなく尋ねたところ、彼もまた結構なアニメオタクであったらしいが、件の『悪役令嬢に転生したはずが、遠い国の双子の王子様に愛されまくって困っています』は見ていなかったという。なんでも、チート無双系の話は好きだけど悪役令嬢が地雷だから見なかった、とのこと。――やはり、あの作品を好んでいない人間には発動しないような仕掛けが施されていたということらしい。


『柴田の言動からして、まあその占い師に関しては今でも盲信してるって様子だったな。自分はその占い師が言った通りに書き込んだだけで何も知らないが、その人物が自分に悪い儀式を教えるはずがない、と。だから、きっとエレベーターの儀式でもし本当に死人が出たんだとしたら、儀式を行った人間に何か罪があったに違いないとまで言っていた』


 まるで宗教ではないか、と結友は背中が冷たくなった。現在、結友は縁とともに、その占い師の館まで来ているというわけである。こういう時、警察という身分はなんとも便利だ。予約をしなくても、警察だから事情聴取をさせてくれ、で基本的に簡単に話は通るのだから。勿論、相手の仕事を邪魔しているのは間違いないので、その場で逮捕する予定の相手ではない限り手身近に済ませる必要もあるわけだけれど。

 駅前にある、ノッポのビル。そのオフィス一つを借り切って鎮座しているその場所は、紫色のカーテンで扉も窓も覆われた、なんとも“それらしい”空間と化していた。入口の黒いドアには、黒い丸い板に星屑をちりばめたようなデザインの看板がかかっており、はっきりと“ジュリアンの館”と書かれている。

 正直に言おう。滅茶苦茶胡散臭い。カーテンで中の様子が全く見えないから尚更に。


「何でこんなところに、男一人で入る気になれるんだろう……」


 思わずぼそっと呟くと、縁に“口コミがあったらしいですからねえ”と肩をすくめられた。


「確かに初見で、三十代の男性一人が入るのは難しいでしょうけど。……良い評判を身内から聴いていて、かつ本気で悩んでいたら……占い師に頼りたくなるのも、分からないではありません。実際、この占い師さんは本物みたいですしね」

「え?本物みたいですしねって……なんか見えるんッスか!?」

「だから僕はいつも見えてるんですってば。え、何が見えるかやっぱり話した方がいいですか?」

「イイイイイイイイデス!イラナイデス!」


 さっきから、何も見えないはずのカーテンの降りた窓やら、あとは天井やらをやたらと気にしているのもそのせいなのだろうか。はっきり言って霊感ゼロな結友としては、縁の視線の先を辿るのが恐ろしくてたまらないのだが。


「この占い師さんが、全ての黒幕……なんでしょうか」


 結友はおそるおそる口にする。平日の午前中ということもあってか、ビル内はひっそりと静まりかえっていた。廊下に人気はなく、部屋の中からも物音は聞こえてこない。まあ室内の方は、防音がしっかりしているだけかもしれないが。


「エレベーターの……儀式って。異世界に行く方法を知るとか、一般人にそれを出来る方法を享受する、とか。そういうのってある程度霊能力がある人じゃないと、出来ないと思うんッスよね。だからこの人が、そういう儀式を作り出して、広める実験をしたんじゃないかと思ってるんですけど……」

「ほう、実験。なんのために?」

「え?何のために、って……」


 そう問われてしまうと、言葉に詰まってしまう。正直、オカルトの世界に心奪われた狂人が何を考えてるかなんて、自分には想像がつくはずもないのである。


「ひょっとして、俺。ものすごく的外れなこと言ってたりします?」


 縁の反応の薄さからして、なんだか己がものすごいミスリードをしているような気がしてならなくなってくる。情報元をたどってたどってここまで来たのだ。今まで話を聴かせてくれた人達が嘘でも言ってない限り、この占い師が黒幕である可能性が濃厚であるはずなのだが。


「んー、的外れではないですが。正解は半分くらいじゃないかなあって」

「半分?」

「ええ」


 顎を撫でながら、苦笑する縁。


「まあ、結友君は刑事はともかく、探偵に向いてないことはなんとなくわかりました。情報が出そろっていても、それが指し示す場所が見えてなければ何の意味もないですから。……普通に考えれば、明らかにおかしなことが一つあるはずなのに」


 なんだか、馬鹿にされたような気がする。結友がむっとして押し黙るも、彼は無視してドアに手をかけてしまった。


「とりあえず、占い師さんにお話を伺いましょう。それで全てがはっきりするでしょうから」


 なんとも釈然としないが、実際結友も自分で話した推測に違和感を感じていたのは事実だ。仕方なく頷き、彼のあとに続いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る