<21・サチコ。>

「いらっしゃい。来ると思っていたわ」


 そう結友と縁を迎えたのは、老齢の女性だった。化粧をばっちり決めているので何歳なのかがよくわからない。見た目だけなら六十前後でも通りそうだが、声だけは随分しゃがれている様子なので実はもっと高齢なのかもしれなかった。

 ジュリアン早智子さちこ。それが、この女性の名前であるらしい。

 そう、柴田伊知朗にあの儀式を教えた張本人である。


「どうぞ、座って。警察の事情聴取……まだ任意の段階でしょうけど、それをすげなく断るほど短気じゃないつもりなの。まあ、あたしを逮捕したいと思うのなら、ちゃんと逮捕状持ってきてからにして頂戴ねとは思うけれど」

「ということは、逮捕されるかもしれないようなことをやった自覚がおありということですか?」

「さあ、どうかしら」


 何とも食えないバアさんである。それが、結友の彼女に対する第一印象だった。

 紫色のカーテンで覆われた丸い部屋に通され、水晶の乗った丸テーブルの前に座らされた。自分と縁、その正面にジュリアン早智子。いかにもこれから占いをお願いします、といった空気である。実際は、こちとら事情聴取のために伺っているはずなのだが。


――美人、なんだとは思うんだけど、なんていうか。


 歳を重ねているので、首にも額にも皺はある。あるにはあるが、綺麗に化粧をしている上、髪の毛もドレスもお洒落に整えられている。若い頃は眼が醒めるような美女だったのかもしれない。今でも充分、“上品で綺麗なおばあちゃん”と呼んで差支えない年齢だろう。それとも今の女性は、六十代でもおばあちゃんと呼ぶと失礼にあたるのだろうか。

 不快なことを言われたというわけではない。むしろ非常に愛想良く接して貰っていると感じる。それなのに。


――なんか、気味が悪い。


 そう思ってしまう理由は、何故だろう。


「貴女が本物なのは分かってますよ、ジュリアン早智子さん。まあ、占い師として本物というより、霊能力者として本物なんだという印象ですがね」


 やや怖気づいている結友に対して、縁は相変わらず飄々としたものである。


「アポなしで突撃してきたのに、貴女は間違いなく僕達が来るのをわかっていました。……この占いの館は本来予約制で、次の予約が取れるのは一カ月くらい先になるとホームページにはあったのです。それなのに、今日は外で待っている客が誰もいない。……予め、予約を入れずに日程を空けていたのが明白です。相当強い、先見の能力をお持ちであるようで」

「あら、嬉しいわ、そこまで見抜いてくれるなんて。いくら法律が変わっても刑事さんは刑事さんだもの。そういうオカルト的なものを否定的に見ている人は多いでしょう?幽霊だろうが何だろうが、一番怖いのは結局人間。それがわかっているからこそ法改正がされたはずだというのに」

「それについては同感です。現場の人間の感覚が追い付いていなくて、未だに警察はこういった事件の後手に回ってばかりですから」


 そう、この女性の薄気味悪さの最たるところは、何もかも見透かされていると感じるところに他ならないのである。客がいないことには結友も気づいていた。入った直後、本人が“お待ちしていました”とカウンターの前で待っていたのも気持ちが悪い。本当に、来る時間までわかっていたと言わんばかりであったのだから。

 まあ、その相手と平然と話ができてしまう縁もだいぶアレだとは思うのだけれど。


「回りくどいのは苦手なんで直球行かせていただきますがね」


 世間話をするつもりは毛頭ないらしい。結友があっさりと本題へ切り込んだ。


「現在起きている、エレベーター連続怪死事件。あれの原因が、SNSで話題の“異世界転移できるエレベーターの儀式”であることはわかっています。その儀式を最初に、柴田伊知朗さんに教えたのが貴女であるということも」

「ええ、そうよ。柴田さんにはあたしが教えたわ。それが何か?」

「問題は、その儀式を貴女がどうやって見つけて、そして何故教えたのかということ。……貴女も誰かに教えてもらっただけ、とか言い逃れしてみます?」


 その言い方は完全に、早智子が儀式を作った人間であると決めうっているものだった。もう少しオブラートに包めないのかコイツ、違ってたらどうすんだ――結友は隣でハラハラしてしまう。


「しないわよそんなこと。あたしが作ったのは間違いないことだもの」


 が、それは完全に杞憂だったらしい。早智子はあっさりと、自分が儀式の創造者であることを認めてきたのだから。


「どうやって見つけた、かなんて。それは雨宮縁さん、貴方には説明する必要のないことではなくて?隣の日ノ本結友さんはなんのこっちゃわからないでしょうけれど」


 この人、と結友は警戒心を上げる。

 本来なら自分達は、真っ先に警察官であることと、名前を名乗るのが普通であったはずである――警察手帳を見せながら。しかし、自分達は彼女を相手にその手帳も見せていないし、名前もまだ名乗っていない。というか、明らかに縁がわかっていて省略した。向こうが最初から“いらっしゃい刑事さんたち”と自分達を招き入れてきたからだ。

 つまり、この人は。未来を予知していたのみならず、自分達の名前もあっさり知ることができる能力を持っている、ということに他ならない。勿論これだけでは、トリックではないと完全に言い切れる状況ではないけれど。


「それは、貴女にも僕と同じモノが見えている、と認識して良いということでしょうか?貴女の能力は僕のそれよりも“超能力”の方に寄っているのではないかという印象なのですが」


 縁の言葉に、間違ってないわよ、と早智子は笑う。


「あたしは多分、予知なんかができる反面“異界”に関しては貴方ほど見えてはいないし耐性もないんでしょう。自分で異界に行くのはできれば避けたいしね。でも、その存在を知っていて、向こう側の番人の顔と名前が見えているなら。手段を作ることなんて、簡単だとは思わない?」

「なるほど、納得です。カギリ様、というのは僕が知らない“番人”の名前だったというわけですね」

「あ、あの?すみません、俺が完全に置いてけぼりなんで解説して欲しいんッスけど……?」


 頼むから、自分を置き去りにして話を進めないで欲しい。話がさっぱり見えない。カギリ様、というのがエレベーターの儀式で用いる呪文で呼ばれていた名前だというのは辛うじて理解できるが、番人とは一体?


「あれ、そういえばちゃんと解説してませんでしたっけ、異界のこと。なんか全部話したような気になってました」


 そんな結友に、眼をぱちくりさせて言う縁。全然意味不明ですよ!と叫べば、何やら早智子が白い眼を向けている。


「……何も説明しないでここまで連れて来たの?あたしが言うのなんだけど、ちょっと酷いんじゃない、貴方」

「うっかりしてただけですよ、うっかりうっかり。えっと……そうですねえ。まず異世界ってものから解説しないといけないかな。結友君、僕ね。異世界転移できるエレベーターの話を聴いた一番最初に思ったんですよ。“は?人間の力で、夢と希望にあふれた中世ヨーロッパ風の異世界に行く?無理無理ぜってー無理!超ワロタ”って」

「は、はい?」


 なんか、すっごくぶっちゃけすぎた言い方をされたが。それはつまり?


「何で無理かっていうと。ラノベであるような異世界って存在は、現代の地球とかけ離れすぎているからなんですよね。確かに異世界は存在してます。僕たちが知覚できるこの世界、この空間のすぐ隣。次元の狭間に無数に、欠片のように浮いて漂っているものなんです。ただし、似ている世界ほど近くに寄り集まる傾向にあります。ちょっとした選択で未来が変わったくらいのパラレルワールド、なんてものが最も近い場所に存在するのですよね。だから、それくらいの異世界になら、人間の力で行く方法もないわけではないんですが……」


 夢と魔法の世界じゃね、と縁はやや呆れたように笑う。


「世界の名前も西暦も国の名前も文化も違う。科学がなくて魔法があって神様がいて精霊がいて?そんな何もかも違う異世界が、現代のこの世界のすぐ近くにあるわきゃないんです。次元の狭間の、どっか遠いところにはあるかもしれませんが。そんな遠い距離、この現代を生きる人間の力ですっ飛ばすなんて不可能なんですよ。まだ異世界の神様がトラック操って異世界転生させました、の方が遥かに現実的なレベルなんです。特殊な能力を持ったわけでもないドシロートの人間が、ちょっと儀式やったくらいで行けるわけがない。異界の知識を少しでも持っている霊能者ならみんなそんなこと知ってるんですよ」

「つまり、最初から夢と希望に溢れた異世界転移、なんで無理だったと?」

「まったくもってその通り。……でも、儀式の手順そのものが“異界へ行く正しい手続き”を踏んでいることには気づいてました。つまり、特定の条件を満たした人間を異界へ運ぶ方法であることは間違いない。ただしここで言う異界というのは“魔法の異世界”ではなく、文字通り“この世界からほど近い場所にある、すぐ隣の異界”でしかないわけですが。……だから、異界に行った人達が撮った写真なんかはみんな、“エレベーターに乗ったのと同じマンションや学校、ただしなんか様子がおかしい”ってな景色だったわけですよ」


 なんだか、わかるようなわからないような。

 ただ、少しだけ納得したような気がする。エレベーターで異界に行きましたと言っている人達が、みんな“元の建物の景色と変わらない”と証言していた理由。すぐ近くの異界だから、大きく現代日本と異なっていない景色しか持っていない――というのなら、なんとなく理解もできるというものである。


「赤い月と、黒い海がどこまでも続いている場所、でしたっけ。多分、一部の建物を除いて、世界の大半が大災害で沈んでしまったパラレルワールドとか、そんなかんじなんじゃないですかね。……すぐ近くの異界っていうのは、現代日本の面影を少なからず残していることが多いですから」


 で、ここからが本題なんですが、と縁。


「そういう異界に行く方法を知っているのは、異界の景色を“この世界の空間から透かして見たことがある人間”か、もしくは僕のように神隠しされて異界に連れて行かれたことのある人間のどっちかなわけですよ。しかもただ異界を見た、行ったというだけじゃない。門番の名前を知っていて、門番に呼びかける手順を正しく理解していなければいけません」

「それが、カギリ様?」

「正解です。僕の知らない名前でしたが、恐らく今回エレベーターの儀式で転送されることになる異界、その門番の一人の名前がそのカギリ様とやらなのでしょう。特別な力を持たぬ人間は、門番の力を借りないと世界を渡ることができません。門番によって、空間と空間の間に穴をあけてもらって肉体と魂を通すのです。で、その門番に許された者だけがエレベーターを通じて異界に行くことができたというわけですね。ちなみに……」

「あたしは異界へ行ったことはないわ」


 縁の言葉を遮るように、早智子が口を挟んだ。


「でも、現世を透かして異界を見ることはできたし、異界にいる存在を知ることもできた。その名前と顔もね。なら、呼びかける儀式を作ることなんて簡単だわ。門番の名前と呼びかけの呪文を作った上で、あとは“誘いたい標的の条件”を暗号のように織り込んだ儀式を作ればいいだけなんだもの」


 罪悪感の欠片もない声だった。それどころか、今の状況が楽しくて仕方ないとでも言うような口ぶりである。結友がぞっとしたように彼女を見ると、早智子はさもおかしくてたまらないというように笑い声を上げたのだった。


「サブリミナルみたいなもの。エレベーターで行う儀式には、あたしのような異界が見える能力者にしかわからないような……特定の条件を絞るような、ふるいにかけるような行動が組み込まれている。だから、儀式を試した人間全員が、異界に連れ去られるわけじゃない。連れ去られるのはあくまで、狙われた存在だけ」


 さあて、と。彼女は楽し下に続ける。


「可愛い刑事さん。貴方は一体どこまで、真相に辿りついたのかしらね?あたしから種明かしをする前に、是非とも貴方の口から全てを聴かせて欲しいものだわ」

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