<22・ミステイク。>

「占い師なんて仕事をする人間には、おおよそ三パターンしかいないと思ってるんですよね」


 ぴし、と三本の指を立てる縁。


「一つ目は、ニンゲンのことを学びたい人。占いってのは学問としてやる側面もありますからね。人を学ぶための手段として占いを学び、占い師を名乗るケース。二つ目は、己の力をなんらかの形で生かしたい人。人の役に立ちたいとか、あるいはそれによって自分が認められたいとか。これは特異な能力者であってもなくても言えることです。承認欲求を満たすために、力あるニンゲンのフリをすることもあるでしょう」

「身も蓋もないッスね……いや、善意で誰かの役に立とうという人は普通に立派ですけど」

「少なくとも特異な力を持っていてそれに怯えている人、なんてのは占い師なんかにはなりませんからね。……そして三つ目は。自分のチカラを用いて、誰かをコントロールして楽しみたい人です。ジュリアン早智子さん、貴女はコレでしょ?」

「まあ」


 心外。そう言わんばかりに、美しい老女は目を見開く。


「失礼しちゃうわ。あたしはただ、あたしが与えた選択を人がどう受け取るか、その結果を楽しみたいだけなのに」

「自分の言葉に力があることがわかっていて、その結果に予想がついているのにやめない人。破滅しても他人事のように酒を飲める人ってのは、もうニンゲンとは別のイキモノなんですよ。そういうのはね、占い師ではなく魔女と呼ばれる領分なんです」


 むしろ、と縁は目を細める。


「かねてより本物の魔女とは、箒で空を飛ぶことでもなければキャンディーの雨を降らせることでもない。力ある言葉で、人を惑わして弄ぶ者を言うのですから。言葉ほど簡単で、恐ろしい魔法はないものです……いつの時代も」


 その言葉は、妙なほどに説得力を持っていた。弟をかつて、いじめっ子たちに神隠しに追いやられた――そんな縁だからこその言葉なのかもしれなかった。

 彼の様子からして、無理やり洞窟に押し込まれたわけではないのだろう。ただ煽られて、兄弟で恐ろしい場所に踏み込むように強制されただけ。いじめっ子たちに直接暴力を振るわれたわけではなかったはずだ。

 しかし結果として、彼らの言葉は弟をあの世へ置き去りにした。死へと追いやった。それはまさに、言葉が人を殺すという実例ではないだろうか。

 そう、人はたった一言の魔法で簡単に人を殺せてしまう。自殺に追い込まれる人もいれば、騙されて破滅することもあるのだ。同じ一言で、命を救われる人もいるはずだというのに。


「異界を見ることができ、門番を知ることができ、異界へ人を連れ去る儀式を作ることが出来た貴女は。それを使って人が何を成し遂げるのか、見たくなったのではありませんか?だから、それを授けるに相応しい人間を探していた」


 縁は淡々と、狂ったような事実を語る。


「偶々、あの柴田伊知郎が貴女の元を訪れたので利用したのでしょう。貴女が教えた儀式を、さも何も知らない風を装って掲示板に書き込ませたんです。貴女はその結果、何が起きてもどうなっても構わなかった。何故なら、僕が知る限りあの儀式は“異界に関わるモノ”の中では比較的安全だから。エレベーターで儀式を行いさえしなければ被害は及ばない。自分にそれが飛んでくる危険もない。安全圏からいくらでもショーを楽しめるシロモノだから」

「なるほどねえ。でも、それなら疑問もあるわ。何故あたしは、柴田伊知郎を選んだのかしら?こう言ってはなんだけど、彼はそこまで影響力のある存在でもないし、魅力的な素材には見えないでしょう?」


 それに、と彼女は続ける。


「あたしがあの儀式に、どんな条件を織り込んだのかも気づいてるはずよね?……あたし、ミステリーやホラーは好きだけど、若い子が好むような異世界転生ファンタジーとか、ご都合主義の恋愛ラノベとか全然好きじゃないわよ。そんなものを、異世界へ行く条件に組み込む動機があたしにあるかしら?」


 そうなのだ。結友もそこが気になっていた。目の前の老婦人が、あんな若者向けのジャンルを好んで見ているようには見えない。というか、存在そのものを知らなくてもおかしくないほどである。

 それなのに、何故。『悪役令嬢に転生したはずが、遠い国の双子の王子様に愛されまくって困っています』を好んでいる、社会との軋轢を抱えた人間――そんな訳のわからない条件を儀式にくっつけたのか。

 もし一人でも多くの存在を破滅に巻き込んで、その様を観劇したいだけというのなら。こんな条件でむしろ転移者を選抜するなど、邪魔でしかないはずだというのに。


「当たり前ですよ、そりゃ。貴女は例のアニメになんか詳しくなかったし、タイトルだって覚えづらかったことでしょう」


 はっ、と鼻で笑って縁は言う。


「だから、柴田伊知郎も消しそびれたのですよね。本来なら彼が書き込みをしたあと、本人を誘導してエレベーターの儀式をさせて消した方が綺麗だったのに。……雑談の中で彼が好きだと言ったアニメとつい混同してしまったんでしょ。お粗末ですよねえ。まあ、似たような内容やタイトルの作品多くてこんがらがるのは当然ですが」

「え、え?どゆことですか?」

「もちろん、『悪役令嬢に転生したはずが、遠い国の双子の王子様に愛されまくって困っています』なんてアニメが選ばれたのも偶然じゃあない。……そのアニメのファンで、孤独で根暗な人間。そんな条件に合致する奴だけを異世界に引きずり込んで殺す方法を教えてくれ……と。貴女に依頼した人がいたんですよね?ジュリアン早智子、貴女が真に“面白い存在”として選んだのは、その人物だ」

「え、ええ?」


 この流れだと、てっきりジュリアン早智子がすべての黒幕だと思っていたのに違うというのか。困惑する結友に、縁は。




「貴女に依頼をしたのは……ユーチューバーの、セキエイ……鈴原凌空さん。そうですよね?」




 あまりにも、予想外の名前を口にしたのである。思わず結友が、へ?と情けない声を上げてしまうのどには。


「ちょ……え、ええ?」


 ここで、依頼者として全く知らない名前が出てくることは予想していた。しかし、なんで“書き込みを見て何も知らずにエレベーターの儀式を広める動画を作った”だけであるはずのユーチューバーの名前が出てくるのか。順番がおかしくないのか。


「ま、待ってくださいッスよ!え、ええ?順番おかしくないですか?えっと、このジュリアン早智子さんに、エレベーターの儀式を最初に教わったのが……柴田伊知郎さんでしょ?その柴田さんが、ジュリアン早智子さんに勧められるまま、儀式をみんなに広めようと大型掲示板のおかちゃんねるに書き込んだんでしょ?」

「そうですね」

「で、それを見てユーチューバーのセキエイさんが儀式を知って、動画作って広めたわけで。そしたらみんながその動画をきっかけにエレベーターの儀式を知って興味をもっちゃって、SNSでも拡散されて、エレベーター怪死事件の被害者がわんさか出るようになった……って流れなんじゃないんスか!?」

「ええ、間違ってないですよ」 


 でもね、と縁は苦笑する。


「そもそも、このジュリアン早智子さんに、儀式使ってくれと頼んだのも。一人でも多くの人に広めてくれるようにとお願いしたのも……そのセキエイさんなんですよ。そうでしょう、早智子さん?」


 早智子は何も答えない。ただ楽しそうに、こちらをニヤニヤしながら見つめているだけである。結友としては、今まで“たまたま動画を作ってしまっただけ、いわば知らずに怪異の中継地点を作ってしまっただけ”だと思っていたユーチューバーの名前が、さながら黒幕のように出てきたことが信じられない状態だった。

 一体全体何故、縁はそのような結論に達したのか。


「そもそも僕は。セキエイさんの話を聞いた直後から彼を疑っていましたよ」


 縁はスマホを操作すると、ほら、と何かを表示させて結友に見せてくる。それは、柴田伊知郎が書き込んだ掲示板のスクリーンショット画面だった。


「これをよーく見てください。これが、柴田伊知郎さんの書き込みだけを抜粋したものです」




569:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

怖い話っていうのと少し違うかもしれないんだけど、都市伝説みたいなの発見したから書き込んでもよろし?

エレベーターの話なんだけど




577:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しの>>569

知り合いの占い師みたいな人から聴いた話。

俺がアニメとかラノベでありそうな異世界に行ってみたいってぼやいてたら教えてくれた。

異界エレベーターよりもやり方簡単だし、成功率高そう。

その上で帰る方法まであるってのがいいかんじ




580:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しの>>569

必要なのは五階以上あるエレベーター、それだけ。

二人以上で試してもよし。

一階からエレベーターに乗り込む時に、まず呪文を唱えて一礼。

「カギリ様、カギリ様。わたくしが今からあなたの世界へ参ります」

で、ドアがしまる前に乗り込んで、そこから最上階までのボタンを全部押す。

で、ドアが開くたび一礼して同じ呪文を言う。

このまま最上階まで行けば、その向こうが異世界に繋がってますよっていう。




586:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しの>>569

帰るには、もういっかいエレベーター乗って閉まるボタン押して、一階のボタンを四階押す。

で、「カギリ様、カギリ様。わたくしの血と、肉と、魂と、心を、どうか元いた世界へお返しください」と四回繰り返す。

エレベーターが一階に戻るから、そこで開いた先は元の世界に戻ってるらしい。




「セキエイさんは、この書き込みを元に動画を作成したと言っていました。この書き込みにある以上の情報は何も知らない、自分は儀式を試してもいない、と。ですが……彼は動画で、確かにこう説明してるんです」




『ちなみに!この儀式は二人以上で行ってもいいし、誰かに見られても問題はありません。が!……エレベーターを各駅停車にしちゃうわけですから、他の人には大迷惑ですよね。というわけで、どうしても試したいという人は、人がいない時間を狙ってやってみた方がいですねー!なお、このエレベーターがどの段階で異世界に入っているのかは定かではないのですが。五階建てのビルでこれを試した場合、絶対に一個下の四階で誰かが乗ってくることはないし、それまでに同乗者がいても必ず四階までで降りるんだそうです。参加者以外はな、ぜ、か!異界に行くことがないらしいですよ』




 流石に、結友も気づいた。

 セキエイがもし本当に、大型掲示板の書き込みでしか儀式のことを知らなかったならこれはおかしい。

 何故彼は、“五階建てのビルでこれを試すと、同乗者がいても四階までで必ず降りる”“参加者以外は異界に行かない”なんて情報を知っていたのか。掲示板には、どこにもそんな話は書いていないというのに。

 どこにもない特別な情報を知っていたとしたら、それは。

 ひっそりと儀式を試して異世界から帰還することに成功した人間か――儀式の詳細を知っている黒幕だけではないか。


「ちょ、その時点で気づいてたならなんで俺に教えてくれないんスか!」


 思わず抗議の声を上げる結友。普通に、セキエイは巻き込まれた被害者だとしか思っておらず、同情さえしていたというのに!


「て、ていうか動機は!?そもそもなんで、最初から自分で動画作らないで、柴田サンに間接的に広めさせようなんてしたんですか!?」

「動機ならちょっと調べればすぐわかりますってば」


 少しは頭働かせてくださいよ、と縁は呆れたように言う。


「確かなことはひとつ。……この計画はあっちこっちに穴があって……予定外のことが起きたからこの流れになった、そういうことです」

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