<6・リツユ。>

 何でこんなに、外が暗いのだろう。

 芝園理露しばぞのりつゆは、ただただ茫然とするしかなかった。いや、確かに自分は異世界に行く方法を試したのは事実。だが、実際にエレベーターの外に出て見れば、あるのはいつもと変わらぬ校舎のみ。違うのは、昼間に試したはずなのに空は暗く、高く月が登っていると言うことである。腕時計を見るものの、時刻は儀式を始めてから十分程度しか過ぎてない。お昼の、一時十五分。これが急に十二時間すぎて深夜になってしまいました、なんてオチは流石にないだろう。


「ちょっとこれ、どういうこと……?」


 思わず呟くも、声は暗い廊下に空しく響くばかりである。


――最高の異世界に行けるって話だったじゃん。ええ、あの話、嘘だったわけ?


 とりあえず、先に来ているはずの友人を探してみることにする。帰る方法なら“ある”のだ、焦る必要はどこにもなかった。

 理露と、友人の江崎えざきさくらが儀式を試したのは、自分達が通っている中学校の校舎だった。二人とも、家は一戸建て。近くの建物の中で、五階以上のエレベーターを持っているものが学校しかなかったのである。理露とさくらが通う中学校は、校舎としてはやや珍しく五階までの高さがあり、エレベーターが設置されていた。この儀式は、五階以上の階のある建物のエレベーターを使わなければ成り立たない。大した小遣いもない中学生二人、都会の方までこのためだけに足を運ぶのも来は引けるというもの。要するに、選択の余地などなかったのである。

 二人とも、アニメが大好きだった。

 特に、異世界でお姫さまや悪役令嬢に生まれ変わって、という類のストーリーが大好きで、最近では揃って配信を見て盛り上がっていたのである。自分達もお嬢様とかになって、イケメンな王子様とか婚約者に溺愛されてみたいよね、なんて乙女の妄想を繰り広げたり、二次創作小説を読んで楽しんだり。だからこの儀式を試したきっかけも同じ。なんてことはない、好奇心を爆発させただけであったのである。

 この退屈な世界から抜け出して、魔法だとか精霊だとか、お姫様だとかがいる異世界を体験してみたい。

 だからといって、片道切符なのは恐ろしい。ちゃんと行って帰ってこられる方法はないものか――そう思って発見したのが、この“異世界転移エレベーター”だったのである。十年以上も前からあるという、異世界に行けるエレベーター、その亜種のような方法だという。違いは、あちらとは異なりちゃんと帰って来る方法が確立されているという点だった。


『もし、変なところに行っちゃってもさ。その時は即帰って来ればいいってだけの話じゃん?』


 理露にその話を持ちかけてきたのは、さくらの方で。


『だから、試しにやってみない?試験も終わって、退屈だしさ』


 何か、ストレス発散の方法を探していたのは確かなのだろう。――理露とさくらは、二人そろってクラスからやや浮いていたのも事実であったから。

 漫画やアニメが大好きな、根暗なオタクコンビ。クラスのみんなから、そう思われているであろうことは知っていた。いつも二人だけで一緒にいて、他の子と仲良くするということはなかった。それだけに、五人や四人の班を作れと言われてしまうと、どこかに入れてもらうのにとてつもない苦労を強いられることになるわけだったが。

 お洒落だとか彼氏だとかイケメンアイドルだとかどこかのスポーツ選手だとか。そういうことに黄色い声を上げているクラスの陽キャな少女達とは、話題も趣味もまったく合う気がしなかった。彼女らも彼女らで自分達の楽しみなど理解する気もなく、どこかで見下しているのが目に見えるから尚更に。いじめられているわけではないけれど、それでもお互い分かり合うことのできない存在。ただ違うのは、こちらが少数派であるということだけ。――鬱屈とした気持ちを、何でもいいから晴らしたい。そう思うことは、何もおかしなことではあるまい。

 できるなら夢のような異世界で、突然出逢ったイケメンにちやほや溺愛されてみたい。

 それができずとも、魔法のような素晴らしい世界を体験して、その記録だけでも取ることができたら万々歳ではないか。ツイッターにでもアップするだけで、きっと人気者間違いなしなのだから。

 ゆえに、二人は創立記念日で学校が休みだったその日、こっそりと校舎に侵入して儀式を試すことにしたのである。が、ただ二人一緒に異世界に行ってみるだけではつまらない。ハイテンションになっていた自分達は、今から思うと少々リスクの高い約束をしてしまったのだった。つまり、さくらが先に行って、後から理露が追いかけてさくらを見つけるという、一種のかくれんぼである。


――普通に一緒に行けば良かったかなあ。


 エレベーターから降りて、理露はてくてくと校舎の中を進む。


――ていうか、夜になってるから異世界には行けた?んだろうけど。なんで現実世界と同じ校舎なの。パラレルワールドとか?それじゃつまんないんですけど。


 自分達が行きたかったのは、中世ヨーロッパ風の、お城とか魔法とか騎士とかが存在しそうな異世界だったというのに。ただ学校が夜になってるだけ、ではなんの面白みもない。ぶつくさ言いながらも、理露はスマホを取りだして写真を撮った。そしてすぐさま、呟きをツイッターに投稿する。




●ゆんゆん @yunyun_moemoe

異世界転移できるエレベーターの都市伝説を実験してみました。

なんか異世界に到着したっぽいけど景色に面白みがないー

中世ヨーロッパ風の異世界に行きたかったのにー!



●荒野で爆走系女子 @bakusouuuuuuuuu

 返信先: @yunyun_moemoe

この間ゆんゆんさんがやってみるって言ってたやつ?ほんとにやったんだ。



●こっちゃんでっす @kocchan1515

 返信先: @yunyun_moemoe

おはおは。

写真うpよろー!




 すぐにレスがついた。現実では根暗キャラな理露だが、ツニッターのフォロワー数はそこそこいるのだ。なんせ、ネットの世界なら例のアニメが大好きな世界中のファンと楽しく繋がってお喋りができるのだから。


「いけね、写真アップ忘れてた」


 理露は最初のコメントで、うっかり写真を添付するのを忘れて投稿していたことに気づく。

 今度は間違えないように、さっきの呟きの直下に写真つきのコメントをしっかりと投稿することにする。たった今撮影したばかりの、学校の廊下の写真だ。この写真だけなら、どこの中学校の校舎だなんてバレる心配もないだろう。電気が消えていて、月明かりで照らされるばかりの暗い廊下なのだから尚更に。


「うし、投稿」




●ゆんゆん @yunyun_moemoe

 返信先: @yunyun_moemoe

写真撮ったのに添付忘れてた件。

真昼間なのに暗いし、異世界なのは間違いない、のかな?なんか面白いもの見つけたら、また写真投稿しまーす




 投稿完了、の文字を確認して、理露はスマホをポケットにしまうと歩き出した。まずは、さくらを見つけなければいけない。五階のどこかにいるのだろうか。それとも、下の階に降りていってしまったのだろうか。かくれんぼを言いだしたのもさくらとはいえ、こんな真っ暗な校舎の中なのである。なんだかんだで怖がりなところもあるし、そう遠くへは行っていないと思うのだが、どうだろう。


――帰るにしたって、さくら置いていくわけにもいかないしね。とっとと見つけて、こんな話は嘘っぱちでしたーってみんなに伝えなきゃね。……それから、あの人にもクレームを入れないと。


 元々、この中学校の五階は使われていない教室が多い。近年急激に生徒数が減ってしまった影響だそうだ。もっと便利なところに、新しい中学校ができて、学区がに分割されてしまったのである。一番多い時には、一学年で十クラスもあったというこの学校も、今では最大で四クラスという状況だった。そのうち、なくなってしまったりするのだろうか、と少し淋しくも思う。特に一番不便な五階の教室は、どれほど使用される頻度が少ないかしれない。いくら、学校そのものの敷地面積が狭くて、一階あたりの教室数が多くはないと言っても、だ。

 白紙のプレートが掲げられたままの空き教室の横を抜け、ついに廊下の終点に到着してしまったのだった。エレベーターは、一番西の端っこに一基のみ設置されている。廊下を真っ直ぐ突き進んでみたものの、やはりどこにもさくららしき人影は見つからなかった。


「おーい、さくらー?江崎さくらさーん?」


 ややわざとらしく、理露は後ろ階段の下の方へと声をかけてみる。


「芝園理露さんがー、お待ちでございまーす。いらっしゃいましたら至急、音島中学校のー、東階段の五階らへんまでお越しくださーい?」


 いつもの彼女なら、そのまま“どこのヘタクソなアナウンスだーい!”というツッコミが入ってきそうなものだというのに。相変わらず、階段も廊下もしん、と静まり返ったままである。声が届かないところまで降りていってしまったのか。それとも、とにかく理露が自力で見つけるまでは意地でもかくれんぼを続行してやるぞという気持ちでいるのか。

 仕方ないなあ、と思いつつ理露はため息を一つ吐いて階段を降り始めた。


――一応階段の写真も撮っておくかな。なんか、私には見えない面白いものが映ってたりするかもしれないし。心霊写真みたいに、妖精さんがいっぱいに映ってるとか……そういう夢みたいな話にならないかなあ。


 しばらく階段を降りていると、違和感に気づいた。すん、すん、すん、と。誰かが泣くような声が聞こえてくるのである。女の子の声だ、と気づいて理露は足を早めた。


「さくら?さくらなの?」


 何か、彼女の身に起きたのかもしれない。そう思ったからである。

 ここにきてやっと、理露の胸には小さな不安が芽生え始めていた。まさかそれが、あのような結果になるなどとは全く予想もしていなかったわけだが。

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