<5・エレベーター。>

 異世界エレベーター。なんだか、どこかで聞いたような響きである。暫くその言葉を口の中で転がしていた結友は、数秒の後に思い出していた。そうだ、確かそんなかんじの都市伝説がなかっただろうか。大型掲示板とかで流行ったような。


「都市伝説であってます?」


 結友が恐る恐る尋ねると、正解、と縁は振り返って笑った。


「誰が言いだしたのかは知らないんですけどね。もう十年以上は前かな……大型掲示板で、そんな都市伝説が大流行したんです。きさらぎ駅とか、猿夢と同じ方向でしょうか。十階以上あるエレベーターを使って、異世界に行けるというものですね」

「な、なんつーか……俺もやり方覚えてないんッスけど。滅茶苦茶面倒な手順があったんじゃありませんでした?一人でやらないといけないとか、五階で若い女の人が乗ってくるとかそういう話は覚えてるけど」

「はい、その流れであってます」


 どうやら今回の件に関係があるらしい。縁はその、都市伝説として有名な異世界エレベーターの方法を説明してくれた。

 必要なのは、十階以上の階があるエレベーター。道具は特になくていいが、手順が少し面倒。あと、必ず一人で行わなければいけないというルールがある。

 まずエレベーターに乗ったまま、四階、二階、六階、二階、十階と順番に移動しなければいけない。が、この時別の誰かが乗ってきたら失敗してしまうため、人が殆ど使わない時間帯を狙って行わなければいけないようだ。

 十階についたら、自分はそのまま降りず、五階のボタンを押す。すると五階に着いたところで、若い女性が乗ってくるらしい。この女性はどうやら人間ではないようで、話かけてはいけないんだとか。いわゆる、異世界エレベーターの成功フラグのようなものらしい。

 彼女が乗ってきたのを確認したら、一階のボタンを押す。が、一階を押したにも関わらずエレベーターは十階へ上がっていってしまうという。この時別の階のボタンを押すと失敗するが、これがやめるための最後のチャンスであるらしい。そして、このまま九階を通り過ぎたら、ほぼ成功したとみて間違いないのだそうな。

 そうやってエレベーターで辿りついた先は、異世界になっているとのこと。本当に異世界に到着したかを確かめる方法はただ一つ、その世界に自分以外の人間がいるかを確認すればいい、らしい。辿りついた異世界には、その人以外の人間が何処にもいないのだから、と――。


「怖い!」


 思わず結友は叫んでしまった。


「何でそんな方法試そうなんて思う人がいるんッスか!誰もいない世界に行って楽しいんスか!?ていうか、戻ってくる方法は!?」

「……日ノ本。思ってたけどお前、実は相当怖がりだろ。お化け屋敷とか行けないタイプだろ」

「うっさいッスよ参道先輩!怖がりが刑事やってちゃ駄目なですか、そんなことないでしょ!」


 きゃいきゃい喚くも、光一郎の目が冷たい。なんだよなんだよ、と腐りたくなる。彼にはわかるまい、警察官になったら人間の凶悪犯を相手にすることはあっても、オカルト相手にどうこうすることなんかないだろとタカをくくっていたのに、実際配属されてみたら幽霊とも戦わなくちゃいけないと言われて頭真っ白になった自分の気持ちなど!


――ふーん!参道先輩だって、実際ホラー映画とか見たら絶対ビビって固まったりするんだろ、そういうタイプなんだろ、そうに決まってるやい!


 子供じみた対抗心を抱いてプンスコしてると、縁が“まあそれはともかくとして”と見事にこちらの怒りを横にどけてしまった。


「話が多少逸れましたけど。……被害者の森村善一は、この異世界エレベーターによく似た方法を試しているんです」

「よく似た……ってことはコレやったわけじゃないんスか?」

「はい」


 縁は手帳に目を落として言った。


「そもそも前提が違います。まず彼は、エレベーターに乗って一階へ向かっています。それで一度エレベーターから降りて、エレベーターに向かって一礼して何かを言ってるんです。残念ながらこのマンションの防犯カメラは音声の録音機能がないので、何を言っているかはわからないのですが」


 口元のアップを分析したら多少解析できるかもしれませんけど、と縁。


「で、そのあとエレベーターの扉がしまる前にもう一度乗り込んで、何故か二階以上のボタンを全部押して、各駅停車にしているのですよ」


 なんとも上手い物言いである。つまり、二階で停まってドアが開き、三階で停まってドアが開き、四階で――ということを全部繰り返したというわけだ。このマンションは全部で十階建てである。なんというか、気の長い話ではないか。


「しかも、ドアが開くたび、全部の階で会釈をしていました。まるで、見えない何かに挨拶でもしているようにね」

「み、見えないナニカ……」

「ビビるのが早いだろ、日ノ本」

「しょ、しょ、しょうがないじゃないですかもー!……そ、そそそそれで?」

「で、最終的にそのまま十階へ行くんですが。防犯カメラの映像が、ここで激しく乱れるんです。正確には、十階に到着する直前で激しくノイズがかかって映像が確認できなくなってます。その時間、僅か十五秒程度。でも、カメラが復旧した時には、十階で扉が開いたエレベーターが映っていて、被害者の姿はいなくなっていました」


 これだけ聴くと、普通に十階で被害者が降りたように見える。だが。


「まさか、十階のエレベーターホールの防犯カメラ映像に、森村善一の姿は映ってなかったということか?」


 光一郎の言葉に、正解ーと縁はおざなりな拍手をした。


「当然、十階の他の御宅についている玄関口のカメラにも彼の姿はないですし、非常階段のカメラにも、他のフロアのカメラにも彼の姿は映り込みませんでした。まるで、十階に到着した途端、彼が神隠しにでも遭ってしまったかのようですよね。これが一階なら窓開けたり柵飛び越えてどっかに行ったんじゃ?なんて強引に考えられなくもないですけど、十階じゃね。飛び降りたら確実に死ぬ高さなわけですし。……で、その後はもう、六時に彼が滅茶苦茶な死体になってエレベーターで見つかるまで、何処に行ってたか不明というわけです。これ、霊測探知機がなくても怪異以外の何者でもないでしょ?」


 どうやら、最終的にその結論を言いたかったらしい。本人はまるで今日の晩御飯を語るような軽い口調だが、正直結友はもう気が気ではないという状態だった。暑さも控えめになった秋口のこの時期。はっきり言って、汗を掻くような季節ではないというのに――スーツを着た背中が、じっとり冷たいのは何故なのやら。

 はっきり言おう。既に、逃げたい。

 いや、猟奇殺人犯や、得体の知れない人喰い虫を相手にしなければいけないと言われるのもそれでそれで怖かったのだけれど!


「もっと言うとね。他の県で起きてる“エレベーター連続怪死事件”の被害者も、同じ行動をしていた可能性が高いんです。まあ、エレベーター内にちゃんと防犯カメラがなかったり、あるいはノイズだらけでちゃんと映ってないものも多かったので特定に時間かかったんですけどね。少なくとも神奈川県で起きた一件と、石川県で起きた一件、埼玉県で起きた一件。この三件は、被害者がみんな同じ行動してました。多分探せば他にも出てくるんじゃないでしょうか」

「ということは、そのよくわからない儀式をしたせいで、人がバカスカと死んでるってことッスか……?」

「その可能性は結構濃厚って感じですねえ」

「ひいいい!」


 情けないと言いたければ言え。思わずひっくり返った声を出して悲鳴を上げてしまう結友。


「そ、そ、そんなバカナコトアルワケ……い、いや、もし本当にあるんなら!俺らみたいなふつーの刑事にできることなんかあります!?幽霊なんか逮捕できないし、怪しげな術に対抗する手段とか特殊能力とかなんも持ってないんですよ!?」


 お手上げなのでは。案にそう言うと、以外にもフォローを出してきたのは光一郎だった。


「さっきも言ったけど、お前ほんとアホだな。そういう事じゃないんだよ、俺ら刑事の仕事は。何で霊能者に頼るとかそういう方向じゃなくて、わざわざケーサツに陰陽対策係なんてものが作られて、しかも俺ら強行犯と一緒に捜査するなんて仕組みになってると思ってるんだ」

「へ?というと?」

「霊的脅威対処法の内容をよく思い出してみろ。この法律最大の意味ってのはなんだ。呪術で人を殺した人間を立件できる、悪霊をけしかけた人間に対して殺人や傷害罪を問えるってことだ。言いたいことはわかるか」


 それで、ようやく合点が言った。つまり、彼等は。


「この事件……人間の犯人がいる、ってこと、ですか?」

「基本的にはそういうもんなんですよ、コレが」


 縁がひらひらと手を振って言う。


「オバケとか妖怪って言うと、それ単体で人間に害を成すイメージがあると思うんですけどね。今の日本人は特定の宗教を持たないし、神様を信じてない人も多い。その影響で、そういう異界の存在も大半が力を失ってるんです。残ってる神様系の強いモノ達も、基本は人間がちょっかいかけなければ向こうから何かをしてくることなんて少ないんですよ。悪霊もいるにはいるけれど力が弱かったり、人間に“そういう方向”に誘導されて初めて害を成すことが大半なんです」

「つ、つまり?」

「仮にこの、エレベーターで行う謎の儀式。人をこうやって次から次へと殺すことを狙って作った人がいて、悪意を持ってそれを広めたんだとしたら。……今の法律なら、その人間を大量殺人犯として逮捕、起訴することができるということなんですよ」


 僕達刑事がやる仕事は、今も昔も変わらないんです、と彼は続けた。


「死んだ人間や妖怪を逮捕はできない。でも、生きた人間の犯人を追いかけて、法の裁きを与えることはできる。……その犯人を見つけてとっ捕まえるのが、僕達の仕事なんです」

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