<4・エキスパート。>

 霊的脅威対処法。そんな、“オカルト相手に刑事がマジで捜査して対応しますよ”という嘘みたいな法律と一緒に、捜査一課にできた特別な係。それが、陰陽対策係である。

 この幽霊だの悪霊だの妖怪だの呪術だの、という名前でないのは、霊的な脅威に関して幅広く対応しますよという意味を込めているということらしい。霊能力者だとかオカルトとかつけると一気に陳腐になるからとか、呪術系ならいいんじゃないかと思われそうでやめたとか、なんかこうどうでもいい議論がされたとかされないとか。

 そんな霊的な脅威を発見して対処する専門部署、捜査一課陰陽対策係。最初は一課に増設ではなく、課そのものを新しく作ってエキスパートを育成しようとしたらしいのだが。

 一番の問題は、その“エキスパート”な刑事が、あまりにも少なかったということ。ぶっちゃけると、該当者が一人しかいなかった。それで仕方なく、とりあえず捜査一課の中の係としてくっつける形で設立させる運びとなったらしい。まあ、その約一名の該当者が、元捜査一課の強行犯係にいた人間だったから丁度良かったというのもあるのだろうが。


「あんの馬鹿」


 結友の隣で、明らかに苛々した様子の光一郎。


「出張から帰って来てたのかよ。で、何で俺らより先に此処にいるんだ」

「あ、じゃあやっぱり、あれが雨宮さん……」


 その、捜査一課陰陽対策係、唯一の人員。それが、雨宮縁という人物である。有事の際は、強行犯係と組んで捜査に当たるとは聞いていたが、実際にその相手を見たことが結友は一度もなかった。理由は単純明快、結友が配属されてからほとんど縁本人がオフィスにいなかったからである。何でも、日本各地にあっちらこっちらと出張に行かされていたということらしい。たまに帰って来ることがあっても、結友も刑事のはしくれなので外に出ていることも少なくない。すれ違いになっていた、ということだろう。

 まあ、出張が多いのは仕方ないことではあった。本来、東京都に警視庁があるように、神奈川県には神奈川県警が、大阪には大阪府警がとそれぞれ警察の支部的なものあがるわけだが。現状、陰陽対策係が設置されているのが、警視庁しかないのである。はっきり言って、突然設置された冗談みたいな法律に、現場の体制がまったく追いついていないというとても悲しい現状があるのだった。結果、唯一の人員である雨宮縁があっちにこっちにと引っ張りまわされて、肝心の東京にいないことが多いという結果になってしまっているらしい。

 それで、結局東京の事件が後手に回ってたら全く意味がないわけだが。

 いやまあ、そういう現状がある結果、霊的事件に限定して県を飛び越えて対応する特別な許可が与えられているというのは、本人的には楽なのかもしれないが――。


「ん?」


 中年のおばちゃんと楽しく会話していたらしい、縁がようやくこちらに気づいたようだった。振り返って、一瞬きょとんとした後。


「あれ?なんで参道さんがこっちにいらっしゃるんです?ていうか、横の人誰ですっけ」


――声高いなオイ!そんで、この人本当に刑事か!?


 声に出さなかった自分を褒めたい、と結友は思った。というのも、振り返った縁の容姿は、思っていた以上に幼いものだったからだ。

 刑事は男性の場合、身長160cmないとなれませんという規定がある。彼の場合、その規定に入っているかどうかギリギリといった身長に思えた。靴を履いていてコレなのだから、実際もっと低いのかもしれない。

 そして童顔。声も高い。どう見積もっても、高校生以下にしか見えない容姿である。良く見たら着ているものはスーツなのだが、あまりにも小柄で童顔なせいで学生服にしか見えないというのが実情だった。

 一応イケメン系ではあるのだろうし、これで某芸能事務所の男性アイドルグループに混じっていたというのならば違和感もなかっただろうが。生憎、彼は刑事である。ここまで“お巡りさん”が似合わない人物も珍しくないのではなかろうか。


「お、俺は参道巡査部長とコンビ組んでます、同じ強行犯係の日ノ本結友巡査です!」


 明らかに、お隣の光一郎のご機嫌がナナメになっている。慌てて結友はびしり!と敬礼をして挨拶をした。実際、縁が自分の顔をろくに知らないのは無理ないことである。なんせ話したこともないのだから。


「あ、そっか、強行犯係の新入りさんなんですね。よろしくお願いします、僕は陰陽対策係の雨宮縁です。一応巡査部長ですよー」


 縁はにこにこ笑いながら会釈をしてきた。それを見て、話をしていたおばちゃんが“本当に刑事さんだったのねえ”とのほほんとした感想を漏らしている。


「あ、じゃああたしはそろそろ行くわね。お仕事頑張ってね、可愛い刑事さん!」

「はーい!塚地さんもご協力ありがとうございましたー!」


 おばちゃんがマンションの中へと戻って行く。なんとも気の抜けるやり取りだった。これだけ聞くと、刑事と聴き込みされてる近隣住民というより、おばちゃんと近所に住んでる孫か息子のようにも見えてしまう。なんというか、さっきまで張りつめていた空気が一気に抜けてしまったようなかんじだった。


「おい」


 光一郎が低い声を出す。説明しろ、と言いたいのだろう。


「何でお前が聞き込みしてるんだ。まだこの事件はお前の担当じゃないだろうが。ていうか、無許可で勝手に事件現場に行くな行動するなってこの間お叱り受けたばっかりだろうがよ」

「堅苦しいなあ参道さん、ハゲますよ!?」

「うるせえ、この年齢詐欺野郎め!」


 あ、この二人仲悪いのね、と察してしまう結友である。堅物だが、普段滅多に怒ることのない光一郎が、明らかに青筋を立てている。外見年齢差を鑑みても、まるで聞き分けのない息子に怒鳴るガンコ親父の図だ。まあ、縁のおちゃらけたような話し方も良くないのだろうが。


「いいじゃないですか。どうせ、僕の方に仕事回ってくるでしょ、この一件」


 ねえ、と縁は何故か結友の方を見て言う。


「えっとひのもとゆうくん……なんか呼びづらいから、結友君って下の名前で呼んでもいいですか?結友君も、霊測感知器持ってきてるでしょ、ちょっと見てくださいよ、メーター」

「え」

「多分、この段階でちょっと振れてるから」

「!」


 その言葉に、結友は慌ててコートのポケットに手を突っ込んだ。そして灰色ののスマホ大の機会を取り出し、眼をひんむくことになる。

 確かに、少しだが針がゼロよりも右に振れている。しかもちょっとだけマンションの自動ドアの方に近づくと――僅かに数値が上がった。まるで、その気配の根源に近づいたかのように。


「他県の事件現場もひとしきり見て回ったけど、まあ間違いないですよ」


 青ざめる結友をよそに、縁はあっけらかんという。


「これは完全に、うちの領分。ただいまを持って、強行犯係とウチ、陰陽対策係での合同捜査開始ってことで」




 ***




 縁は車で現場まで来ていたらしい。近くのコインパーキングに停めてあった藍色の軽自動車に乗り込む三人。運転席に縁、助手席に光一郎、後部座席に結友といった配置である。

 せっかく来たってのに、と光一郎はさっきからずっとぶつぶつ言っていた。まあ、自分達よりも早く、縁がひとしきりマンション周辺での聞き込み調査を終えてしまっていたからというのが大きいのだろうが。


「あのエレベーターの周辺まで行くと、霊測感知器の数値が近隣で一番高い25spまで上がりました。まあ、あのエレベーターにて、なんらかの怪異があったのはほぼ間違いないですね」


 そんな光一郎をよそに、つらつらと縁は自分が調査した内容を語る。


「被害者である森村善一さんが死んだとされているのは、深夜から早朝。ご両親によれば、夜の十時までは善一さんは部屋にいた可能性が高いとのこと。で、朝の六時頃に清掃会社の女性がエレベーター内で死体を発見したわけですが。……パチンコ店に勤務するこのマンションの405号室の女性が、深夜三時頃にこのマンションに帰宅して、あのエレベーターを使ってるんだそうです。で、その時に死体はなかった、と。さらに、早朝に出勤する某サラリーマンが五時頃にこのエレベーターを使用、やはり死体らしきものはなかったと証言してます」

「ってことは、あの被害者は朝の五時から六時の間にエレベーター内で死亡したということなんですか?」

「と、思うでしょう?でも、それもなんかおかしいんです」


 結友の問いに、くるくるとボールペンを回しながら言う縁。


「管理会社の人の防犯カメラ映像見させて貰ったんですけどね。あの被害者、午前の二時前くらいにエレベーターに乗ってる映像が残ってるんですよ」

「!?」

「で、ちょいと妙な行動をしてエレベーターを降りたところで、行方がわからなくなってる。あれ、このデーターまだ捜査一課の方に回ってなかったのかな?」

「分析が終わってないんだろ、どうせ。……妙な行動ってなんだ」


 ずっと黙っていた光一郎が、ぐい、と縁に顔を近づけて言う。縁が近い近い!とやや大げさに騒ぎながら告げた。


「んー、なんていうか」


 そして出てきたのは、意外なワード。


「異世界エレベーターって、ご存知です?」


 異世界エレベーター?どこかで聞いたような言葉に、結友は思わず鸚鵡返しをしていたのだった。

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