<10・ドウガ。>

 ユーチューバーであるセキエイという青年は、一見すると金髪でチャラそうな今時の若者に見えた。正直、はじめは結友も“不真面目そうだなあ”なんて失礼な印象を持っていしまったのは否定しない。

 が、実際に彼がアップした動画を見てみれば、何故人気があるのかもよくわかるというものだ。特に、最新の異世界転生できるエレベーターの儀式、を紹介する動画は純粋に見ていて面白かった。元々あった“異界へ行けるエレベーター”の儀式との差異を紹介しつつ、その内容をきっちりと分析するものであったというのも大きい。近年はこういった都市伝説に関する独自考察を行う動画もなかなか人気があると知っている。


『元々、十年以上前に異世界へ行く方法として、エレベーターは人気がありました。十階以上あるエレベーターさえ利用できれば、他に道具が何も必要なかったというのもありますね。同時に、エレベーターという空間に特別な印象を抱いていた人も多かったのでしょう。いや、だって普通にエレベーターって怖くありません?俺は子供の頃、一人で絶対乗れなかったなぁ。だって閉じ込められそうって思っちゃうんですもん!』


 あはは、と軽く笑いつつ、彼がぽいっと腕を振るう動作をする。すると画面がアニメーションへと切り替わる。アニメーションといってもさほど動かない、紙芝居に近いものだが、それでも絵柄はポップで非常に可愛らしい。金髪に赤い目のカラコンをつけたセキエイを模した二頭身のキャラが、エレベーターの図を前に解説を始めるのだ。

 ボイストレーニングもちゃんとしているのか、セキエイの声は安定しているし殆ど噛まないので聞き取りやすい。それに加えてフキダシで台詞も出てくるので、内容もとてもわかりやすいのである。


『元の異界へ行くエレベーターの方法は、先ほど説明した通り。ですが、あの方法にはいくつか欠点がありました。一つ目は、十階以上まであるエレベーターがまず限られていること。都内の大きなビルやマンションでないと、なかなかこの高さはないですよね。でもってマンションの場合はこの高さだと大抵オートロックなので、十人でないとは入れないでしょうし。ああ、団地ならありかな?』


 ぴょこ、という可愛い音と共に団地のイラストが登場する。


『二つ目は、一人で行わなきゃいけないこと。ビビリは無理です俺にもできまっせん!三つ目は、エレベーターに乗って四階、二階、六階、二階、十階と移動しないといけないわけですけど、この間に誰かが乗ってきたら成功できないんですよね。……これ普通にムズくないっすか?十階以上あるエレベーターって当然、階段で移動する人少ないでしょうから。でもって、さらに四つ目。この異界エレベーターには帰る方法ってのがどこにもないってこと。行ったら行きっぱなしなんじゃ、怖くて試せないですよねえ』


 ですが!とずい、と身を乗り出してくるキャラクター。


『俺が新しく知った方法では、これらの問題がほぼほぼクリアされているようなんです。その名も、異世界転移できるエレベーター!……あれ、言ってることはおんなじじゃないって?いやいやいや、それが凄いんですよ。みんなアニメとかラノベ好き?俺も大好き!異世界転移してチート無双できたり、可愛い女の子にモテまくりとか体験してみたいよね、ね!そういう、夢と希望に溢れた異世界に行く方法があるんですって!明らかにこの異界エレベーターの亜種なんですけど、そっちよりも随分簡単なんですー』


 そのまま、動画で解説された方法はこうだった。

 まず、一階からエレベーターに乗り込む(一階までエレベーターで一度向かっても構わない)。そしてドアが開いたところでエレベーターの外から一礼して、“カギリ様、カギリ様。わたくしが今からあなたの世界へ参ります”と言う。そしてエレベーターのドアがしまる前にもう一度乗り込むのである。

 それから、二階から最上階までのボタンを全て押すのだが。この儀式をやる条件は当初の異界エレベーターよりかなり緩和されており、五階までの高さがあれば実行可能となっている。これなら、できるビルやマンションは増えることだろう。逆に、あまり階層が多いエレベーターでこれをやってしまうと手間がかかることになる。ボタンを全部押すだけでも面倒なのに、二階から最上階の一個下の階まで全てで、ドアが開くたびさきほどと同じ呪文を言わなければならないからだ。


『そうやって、最上階まで辿りつけたら……ドアが開いた先は、異世界に繋がっているのだそーです』


 実写に戻ってきて、セキエイが解説する。


『ちなみに!この儀式は二人以上で行ってもいいし、誰かに見られても問題はありません。が!……エレベーターを各駅停車にしちゃうわけですから、他の人には大迷惑ですよね。というわけで、どうしても試したいという人は、人がいない時間を狙ってやってみた方がいいですねー!なお、このエレベーターがどの段階で異世界に入っているのかは定かではないのですが。五階建てのビルでこれを試した場合、絶対に一個下の四階で誰かが乗ってくることはないし、それまでに同乗者がいても必ず四階までで降りるんだそうです。参加者以外はな、ぜ、か!異界に行くことがないらしいですよ』


 それから!と彼は強調する。


『ありがたいことに、異世界に行ってもちゃんと帰ってくる方法ってのも確立されているようですねえ。それも今回、合わせてご紹介するので、やってみたい人は忘れずにメモちゃってください』


 確かに。どんなに面白そうな儀式でも、失敗した時にやり直す方法や、元の世界に戻ってくる方法がなければ試すのに相当勇気がいることだろう。何故被害者たちが次々と異世界へ行く儀式をやってしまったのか。それはこの、帰って来る方法、があったからだという予想が成り立つ。

 帰る方法はただ一つ。エレベーターに戻ってドアを閉めたあとで、一階のボタンを四階押してこう言うのである――“カギリ様、カギリ様。わたくしの血と、肉と、魂と、心を、どうか元いた世界へお返しください”と。するとエレベーターが一階へ降りていき、開いた先は元の世界に戻っているのだそうだ。


『ではー最後に!この異界エレベーターと、異世界転移できるエレベーター、二つの儀式の違いについて考察しちゃいましょー!』


 動画は最後に、簡単な考察を挟んで終わっている。ざっとそこまで流したところで、結友はパソコンを操作して再生をストップさせた。


「……はい、ここまで見て頂きましたけど」


 現在。結友は、縁と共にあるお宅のリビングにお邪魔している。この動画をアップした張本人である、ユーチューバーのセキエイのところだ。


「この動画をアップしたのはセキエイさんこと……鈴原凌空すずはらりくさん。貴方で間違いないですよね?」

「は……はい」


 縁の言葉に、テーブルの向かい側に座る金髪の青年、セキエイこと鈴原凌空は頷いた。突然訪ねてきた警官二人に相当緊張している様子だった。まあ、当然と言えば当然である。


「俺の動画、ですけど。えっと、それが何か……?」

「まどろっこしいの苦手なんで、単刀直入に話しちゃいますね」


 そんな彼に、縁は遠慮も容赦もない。


「最近、エレベーターでの怪死事件が連続していることはご存知ですか?被害者が具体的にどのように亡くなったかは規制が敷かれてるのでご存知ないでしょうけど……簡単に言ってしまえば若者を中心に、エレベーターの中であり得ない死に方をしている人が急増してるってわけですね。普通の事故や殺人ではつかないような傷がついてたり、エレベーターの中で溺死していたり」


 そう。エレベーターの中での怪死といえば、どうしても森村善一や芝園理露のような血まみれの死に方が目立つが。実はそれ以外にも、奇妙な死に方をしている人は少なからず散見されているのである。

 そのうちの一つが、溺死。エレベーターの天井まで、生臭い水でぐっしょり湿っており、中で人が溺死していた事例もあるのだ。まるで誰かがエレベーターの中に水をたっぷり注ぎこんで、中の人間を無理やり水死させようと目論んだかのように。本来そこまでびしょびしょに濡れてしまったらショートして故障しないはずがないのに、エレベーターそのものは壊れていないというのも妙な話だ。というか、エレベーターの構造上殆どの場合完全に密閉されることなどないので、仮に水を注ぎこもうとしてもほぼほぼどこかから溢れてしまうことになる。水を天井まで、綺麗に注ぎ込むなどできるとも思えないのだけれども。


「は、は?え、エレベーターの中で溺死って、なんで!?」


 セキエイはすっとんきょうな声を上げた。当然の反応である――これが演技でないのならば、の話だが。


「僕達にもわからないので、現在調査中なんです。ただ、貴方の紹介したこの“異世界転移できるエレベーターの儀式”を試した方が、亡くなっている可能性があるのですよね。なので、いろいろとお話を伺いたいと思いまして」

「お、俺がみんなが死ぬのを知っていて、こういう方法を紹介したとでも言うんですか!?」

「そこまでは言いません。が、万が一そういう可能性ありということになったら、霊的脅威対処法違反で逮捕という可能性も当然あります。なので、特にやましいことがないのなら正直にいろいろお話していただけると助かるなあということで。あ、霊的脅威対処法ご存知ですかね?何年か前に新しく施行された、まあオカルトで人に危害を加えた人を逮捕できますよって法律なんですが」

「え、え、え」


 もうちょっとオブラート包んだ言い方できんのかこの人は、と少々呆れてしまう結友である。予想通りと言うべきか、セキエイは血の気の引いた顔で自分達の顔を見比べている。この人は本当に何も知らないで方法を広めただけかもしれないのに、なんとも気の毒な話だ。


「お、俺何も知りませんって!しょ、正直に話すから逮捕しないでくださいっ!」


 怒るよりも先に、完全に泣きそうなモードに見えた。なんかこう、可哀相になってきてしまう。結友は心の中で合掌したのだった。

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