<12・ハードル。>

 なんだかんだで、秘密の話をするのに車中というのは適している。駐車場で車に乗り込んだところで、さてさて、と縁が話を切り出してきた。


「現時点でも結構分かったことは多いと思うんですが、結友君はどうですか?」

「へ!?え、ええ……?」


 わかったことってそんなに多いっけ。結友はやや混乱してしまう。ちなみに今日は縁と二人だけなので、彼が運転席で自分は助手席に座っている。


「え、えっと……あのセキエイさんの動画を見て、エレベーターの儀式を試した人が多かった、ってことですよね、多分。で、それで次から次へと人が死ぬようになった可能性が高い、と」


 ちらりと見たところ、霊測感知器の針は多少振れてはいた。セキエイ本人はエレベーターの儀式を試したことがないと言っていたが、彼が実質噂を流してしまった張本人なので感知器にも引っかかってきた、ということなのかもしれない。まあ、先日森村善一のマンションに行った時と比べると数値は低かったわけだが。

 ちなみに縁がセキエイ=鈴原凌空に最後にした質問は二つ。何故最近になって動画投稿を再開したのかという点と、彼自身は今回のエレベーターの儀式をどう解釈しているのかという点だった。


『長らく動画投稿をお休みしていた点に関しては……お知らせ動画を出していた通りです。元々は俺、この家で彼女と二人で住んでたんですけど、その彼女に……出て行かれちゃって。ショックで、暫く作業が手につかなくて……明るくみんなの前で振舞う元気もなかったんで、アルバイト生活してました』


 これは、セキエイが言った通り、暫く動画投稿を休止しますというお知らせが出ていた。あのマンションはそこそこ値が張りそうだし、一人暮らしをするには随分広いと思っていたが、恋人と二人暮らしだったというのならそれも納得がいく話である。その恋人のことを思い出すのも辛くて、その彼女が好きだったアニメやゲームに関する動画投稿も今後はやめよう、オカルト一本に絞ろうと決意したらしい。

 結婚したいね、なんて話をするくらいの仲だったそうだ。残念ながら、そうなる前に終わってしまったようだが。


『で、あの異世界転移のエレベーターの話なんですけど……なんというか、人の心の弱い部分を絶妙に突くものだな、とは思ってました。大元の異界エレベーターの話よりも、試す人が多そうだし……だから興味を持ってくれる人も多そうだと感じて、俺も動画にしちゃったんです。それは、申し訳ないと思ってます。でも俺、何があっても自己責任なので気を付けてとは動画内でちゃんと言ってるし。それに異世界に行ける方法だと思って紹介してたから、誰かが死ぬことになるなんてまったく知らなかったんです、本当です。ていうか、あの掲示板にある以上のこと、マジで何も知らないんですから』


 これ以上は勘弁してください、ていうか責任を追及しないでください、という態度がまさに透けている。実際人が死んでいるのにと思わないでもなかったが、現行の法律であっても“怪談の危険度を知らずに広めてしまっただけ”の人間を罪に問うのは難しい。あくまで霊的脅威対策法は、“都市伝説や怪談の危険度をはっきり認識しつつ広めた者”だけしか罪に問うことができないものだからである。今後、法改正されていく可能性もあるが、現在では手探りの状態なのだろう。


「セキエイさんの分析は、正しいと思ってます。なんていうか、異世界エレベーターの話を知っていた人が、より“みんなが儀式を試してくれるように”ってのを狙って、都市伝説を改変して広めたっていう印象はあるッスよね」


 オバケがうようよしている異界なんぞに興味はないが、アニメであるような夢と希望に溢れた異世界に行ってみたいという願望を持つ人間は少なくないだろう。そういう人達を満足させてくれるからこそ、異世界転生チートやら悪役令嬢に転生して溺愛されましたやら、婚約者に婚約破棄されたけど隣国の王子に溺愛されてハッピーです、みたいな話が大流行しているわけなのだから。

 勿論、ただそんな話を広めたって信じるか信じないかは別問題ではある。もしそういう世界に興味があったところで儀式そのものの難易度が高かったり手間だったり、あるいは失敗した時のリスクが大きかったりしたら人は試し渋るに違いない。だが。


「異世界エレベーターより、手順もわりと簡易になってるし難易度が下がってるッス。二人以上で、友達と一緒に試してもいいってなったら面白がってやる人も増えるでしょう。それに加えて、帰る方法まであるって言われたら……」

「まあ、その通りですね。心のハードルも大きく下がることでしょう。失敗したらやめればいい、となれば」

「……はい。なんか、人の心の弱さとか脆さを、すごく理解した人が作った話ってかんじがします」


 だが。その儀式は、果たして“正しい”ものであったのかどうか。

 森村善一の防犯カメラの映像と照らし合わせても、彼が異世界転移エレベーターを試した可能性は濃厚だ。そして、少なくとも一度異世界とやらに足を踏み入れただろうことも。だが、それならば何故、彼は死体で発見されることになったのか。それもあんな、得体の知れない虫に喰われたような姿で。


「これは、僕の経験も踏まえてなのですが」


 縁は運転席の背もたれに体を預けて、ふわああ、と一つ欠伸をした。


「セキエイ氏がどこまで知っていたか、は置いておくとして。少なくともこの儀式の本質が誤解された状態で広まってしまった可能性は非常に高いと思われます」

「と、いうと?」

「被害者が死体で発見されているからです。もし本当に望む通りの異世界に辿りつけて、そのままその世界でエンジョイしてるっていうのなら。被害者たちはみんな神隠しに遭ってそのまま行方不明になっていると思いませんか?クソつまんねー現代日本にいたくなくて、刺激的な異世界に行きたくて儀式を試したんでしょう、皆さん」

「そ、そんな身も蓋もない言い方しなくても……」


 まあ、間違ってもいないわけだが、と結友はあの芝園理露のツイッターの呟きを思い出す。

 こんな世界より、夢と希望にあふれた異世界に行きたい――そう繰り返していた結果、フォロワーからこの儀式を紹介する動画を教えられ、実際に実行してしまったであろう少女を。


――俺は、この国が好きなんだけどな。治安もいいし、そりゃ……政治とか、ルールとかに不満がないわけでもないけど。


 彼女も、あの森村善一も。そんなにこの国が、世界が嫌いだったのだろうか。いざとなったらそれまで己が築き上げてきた人生全てを捨ててもいいと考えるほどに。

 もし、犠牲者たちがみんなそのように考えていたとしたら――あまりにも、悲しすぎるとしか言いようがない。見えないところでどれだけ、人は鬱屈した感情をため込んでいるということになるのだろうか。


「それが死体で発見されているということは、異世界へ行った被害者たちになんらかの異変があったか……あるいは、その世界が気にくわなくて引き返して来ようとしたってことじゃないでしょうか」


 スマホをつんつんと突っつきながら言う縁。


「で、教わった通り“元の世界に戻ってくる方法”を試そうとした可能性が高いのではないでしょうか。……確かに彼等は、現代日本のこの世界に帰ってくることができたわけです。ただし、死体となって、ということにはなりますが」

「芝園理露のあの姿じゃ、死体となって帰ってこれたかどうかもだいぶ怪しいッスけどね……。ていうか、もしそうなら芝園理露と、森村善一で死に方が違うのはなんでなんですか。他の犠牲者たちも、同じような死にざまだったり違ったりするでしょ」

「そこはまだ調査不足ですね。ただ、現状は死に方も五パターンくらいに限定されているので……ひょっとしたら、エレベーターに乗った階によって死に方が違う、とかだったりするかもしれませんねえ。三階から乗って“帰る方法を試す”と、虫食いだらけになって死ぬコースに入ります、みたいな」

「うげえ」


 絶対自分じゃ試したくない、と結友は舌を出す。――この飄々とした縁あたりなんぞは、そのうち“僕達でもやってみましょうか”なんて言い出しそうで恐ろしいのだが。


「セキエイさん本人がアップした動画のコメントには、自分もエレベーターをやってみたという声がちらほらあったッスよね」


 動画のコメント欄を思い出しつつ、結友は告げる。ツニッターにも出ていたように、異世界転移できるエレベーターを試したという声はいくつか上がっていた。が、そこに書きこめているということはつまり、彼等は儀式を試して生還しているということ。勿論、試したフリをしているだけの人間も何人かはいるだろうが。


「つまり、異世界転移エレベーターをやっても、何も起きない人もいるってことでしょ。あのコメントでも、“何も起きなかった残念!”“うそつき!”みたいなのちょこちょこあったし」

「ええ、ですから儀式をやった全員が成功できるわけではないのでしょう。そもそも、あの動画の再生回数は百万を超えていたわけで。リピートしている人を含んでも、数万人以上があの動画を見た筈。仮にその中の一万人……いや、数千人くらいが儀式を試したのだとしても、現在の犠牲者数は少なすぎます」

「何十人も死んでるのに?」

「嫌な言い方ですが、動画を見た人間の数を考えるなら“たった数十人”なんですよ。当たり率が、現状高いわけではないのです。ひょっとしたら、儀式が成功できる人間には一定の法則があったりするかもしれませんね」


 法則。あ、これは帰ってから被害者共通点を洗えって言われるやつ、と結友は白目になった。ああ、警察官になった時点でもうとっくにわかりきっている話ではあるが。ぶっちゃけこの仕事にも、残業の概念はあってほしいと思うのである。国民を守るために働くのはいいとして、せめて働いた分は給料に正しく上乗せしてほしい。もうちょっと金銭的にモチベがほしい、切実に。


「とりあえず、さっきの掲示板のアドレスは参道さんに転送しました。プロバイダへの問い合わせとか、そういうことはひとしきりまるっと投げておきましょう。あの人もそんくらい働くでしょ」


 そして、しれっと酷いことを言っている縁である。


「動画を非公開するようにとセキエイさんにはお願いしましたが……まあ、どうせあれだけ再生数のある動画、どっかで転載されまくってそうですしね。そもそも動画が非公開になっても、エレベーターの方法そのものがもうSNS中に出回ってるでしょうからあまり意味がないと思います。むしろ、動画が非公開になったことで信憑性ありとみなして、面白半分で試す人も少なくないに違いありません。嫌ですねえ、人間は」

「……笑い話じゃありませんよ、まったく」


 つまり、自分達は一刻も早く、儀式を作り出した奴を突き止めなければいけないということだろう。その人物ならばひょっとしたら、エレベーターから人を救出したり、あるいは噂の効力そのものを薄める方法をも知っているかもしれないのだから。

 なんとも果てしない話である。殺人事件ならば犯人を逮捕すれば終わるが、この場合は犯人を捕まえただけでは事件を止められないのかもしれないのだから。


「……普通の殺人事件を防ぐより、大変じゃないッスか、これ」


 思わず、結友はぼやいてしまった。


「何でこんな面倒な事件を……率先して追いかけるんですか。何で陰陽対策係、なんてもんになったんッスか、雨宮サンは」


 その時、僅かに空気が変わったような気がした。縁が首を傾けて、ちらりとこちらに視線を投げる。


「知りたいですか?面白くもなんともない話ですけど」


 その一瞬。

 とても淋しそうに彼が笑ったのを、結友は確かに見たのである。

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