<26・アメフリ。>

 参道光一郎巡査部長の娘、参道涼音が行方不明になった。小学校三年生の女の子である。

 具合が悪いと言って学校を早退したにも関わらず、自宅に帰ってこなかったという。この日たまたま母親がパートを午前中で切り上げて自宅に帰ったのが理由で判明したのだ(美容院の予約があったためだ。娘の涼音には早退することを言い忘れていたらしい)。家に、涼音ちゃんの様子はどうですか、と学校から連絡があって発覚。朝の涼音の様子は特におかしなところもなく、急に体調を崩すようには見えなかった。母親から連絡を受けた父親の光一郎はピンと来たのである。――以前にも、彼女が同じような形でズル休みしたことがあったものだから。


『小学校一年生の時にもな。ズル休みして、友達とこっそり隣の駅まで遊びに行ってたことがあったんだよ。映画観に行ってたんだけどな……どうしても公開初日に見たかったってことらしい。学校帰ってからは塾があるし、それじゃ今日中に見られないからってんでな。勿論、二人ともえっらい親と先生に叱られたわけだが』


 あいつ無駄に行動力じゃぶじゃぶ溢れすぎてんだよ、と光一郎は疲れ切った声で縁に語ったらしい。


『今回も同じパターンのような気がしてならねえ。でもって……あいつが興味を持つようなことなんか一つしか思い至らないんだ、今は』

『エレベーターの儀式、ですか?』

『そうだ。元々、友達と一緒に怪談話したり、おまじないするのが好きなんだよなアイツ。でもって、俺に対してもエレベーターの怪死事件について訊いてきたことがあったんだよ。グロい事件だし機密もあるからつっこむなって言っても随分しつこかったしな。……殆ど俺の勘のようなもんだが、多分間違いねえ。管理人に聞いたら、ランドセルもって自宅のエントランス通る涼音の姿が目撃されてたし、カメラにも映ってやがった。それなのに、エレベーターホールでであいつの姿が消えてんだ。しかもなんか、おじぎみたいなことしてやがった。間違いねえだろうがよ』


 その話を聴いた縁の行動は早かった。彼女のツイッターアカウントは、よく見るサイトは、メールアドレスは、など出来る限りの情報を光一郎から集めた後指示を出し始めたのである。

 そう、後ろでおろおろしていた結友にも。


『結友さん、お仕事です。申し訳ないですが、ここからは僕と別行動で。参道さんと一緒に、セキエイさんのところへ向かってください。彼を説得して、このようなことをやめさせるんです。貴方もわかっているでしょうが、この事件はとにかくセキエイさんに復讐をやめさせなければどんどん被害が拡大する一方です。逮捕しても終わりになりません』

『あ、雨宮さんは……』

『僕は、涼音さんを助けに行きます』


 こちらを見る縁の顔は、真剣そのものだった。嘘でも冗談でもなく、本気で成し遂げると決めた顔で。


『彼女が消えてから、まだ一時間程度。今ならまだ間に合うかもしれません。……助けられるのは、僕だけでしょう』


 そして今。結友はタクシーで縁を光一郎の待っているマンションまで送り届けると、今度はその光一郎とともにセキエイが住んでいるマンションへと向かっているという状況である。

 本当に己に、あのセキエイを救うことができるかはわからない。止める手段があるかと言われたら自信もない。それでも、ただ一つはっきりしていることは、今ここで自分がやらなければ守れないものがあるということのみだった。


「雨宮のやつ、本当に涼音を助けられるってのか?もし異界に行っちまってるんなら、一方通行だろうが。連れて帰る方法なんて本当にあるのか?その……ジュリアン早智子って占い師からは、帰る方法を教えてもらえなかったんだろ」


 本当は、誰より真っ先に娘を助けに行きたかったであろう父親は。タクシーの中、やや項垂れた様子で結友に言った。


「雨宮が普通の人間とちょっと違うことは俺だって知ってるけどな。でも……」

「でも、雨宮さんは、自分なら助けられるって言ったんッスよ」


 いつも堂々としていた、ベテラン刑事らしからぬ姿である。愛娘の命の危機ともなればそうなるもの仕方ないことだろう。同時に、それでも人に任せるしかなかった事実が、どれほど無念であったのか。

 弱気になるのも当然だ。だからこそ、結友は。


「俺、あの人のことちょっと一緒にいただけッスけど……でも、なんとなく。嘘をつく人じゃないなって、そう思うんです。特に、大切なものを守りたいって思っている人を、裏切るような嘘なんかつかない。あの人は、失う痛みをちゃんとわかってる人だと思うから」


 ぽつ、ぽつ、とまるで空気を読むように灰色の空から雨が落ち始める。窓ガラスを小さく叩く雨粒が忌々しい。そういえば今日は、昼頃からところにより雨になるでしょう、なんて予報では言っていた気がする。うっかり傘を忘れてきてしまったけれど。


「だから。……今俺と参道さんがやるべきことは、あの人を信じて……刑事として、セキエイさんを止めることだと思います」

「止められるってか?誰を巻き込んででも、自分を破滅させてでも、恋人に執着してる男を」

「止められるかじゃなくて、止めなくちゃいけないんだと思うッス。……到着までもうちょっと時間あるでしょ。その間に、二人で考えましょうよ、その方法」

「日ノ本……」


 光一郎はそんな結友を見て、眼を丸くして言った。


「なんかちょっと、変わったかお前?ほんのちょっとだけど、それはもうほんのちょーっとだけど、イケメンになったように見えるぞ」

「そんなにちょっとちょっと連呼しないでくださいよ、もう!」


 彼が無理してでもジョークを口にしたとわかった。だから結友も、それに乗ったフリして笑ってみせたのである。自分達はまだ大丈夫、余裕がある、戦える。誰よりも自分自身に言い聞かせるために。

 雨は少しずつ強くなり、雨粒が前から叩きつけるように硝子を打ちつける。まるで窓に小さな川がいくつも生まれては消えていくよう。


――大丈夫だ、俺だって。


 思い出した。

 自分は、悪者を退治したいんじゃなくて――いろんな人と“仲良く”なりたくて、そんな自分でありたくて警察官になると決めたことを。


――なんとか、するんだ。だって約束したんだから……こんな雨くらい、止ませてみせるんだって。


 だから今は、信じてみせる。

 どれほど頭上に、重たい雲が垂れ込めていようとも。




 ***




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222:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@すーちゃん

大丈夫大丈夫!お父さんにパレなきゃいいんだから。なるべく早く終わらせるから、そこは勘弁してね。

本気で異世界に移住するつもりなら、もっとちゃんと準備しないといけないだろうし。


223:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

威勢がいいなあ


224:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

確かに、モンスターハントするのに丸腰じゃあかんしなー。スマホと財布、懐中電灯、食糧と水筒、雨降った時用の傘と、簡単な武器くらいはあるといいよな!


225:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

>>224

お前はクトゥルフでもするつもりかwww


226:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

>>224

一体どこの探索者ですかね


227:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

>>224

装備が微妙にガチでワロタwww


228:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

その異世界転移だけどさあ。なんか、ちょっと話おかしいなって思ってるの自分だけ?

ツイッターとかで実況してくれる人たまーにいるけど、みんな行方不明になってるし……中世ヨーロッパ風の世界に行けたって声がないじゃん。

なんか、夜?みたいな空間に行ったって人は時々いるけど、みんなそのまま音信不通になちゃうし。本当に大丈夫なの?


229:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

出たよ、なんでここまで盛り上がってるのに水さすかな


230:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

あーメンドクセ


231:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

いいじゃん、そんなことわかっててやってみようってんだろ。俺らは関係ないし


232:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

>>231

また無責任な…

大丈夫じゃなかったらどうするんだよ。確かに、手順を間違えたから正しい世界に行けなかったとか帰れなかったとか、本当に選ばれし者だけが望んだ世界に行けるんだみたいな話もあるけどさ。根拠ないじゃん、根拠…


233:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

>>233

ないから誰かにやってもらって情報収集してんじゃん、バカナノ?(;´д`)


234:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

こういうのはやりたいって言う奴にやらせればいいし、俺らだれも強制なんかしてねーし


235:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

ていうかそろそろすーちゃんはエレベーターに乗ったんですかね


236:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@すーちゃん

今一階から乗ったところ。全部のボタン押して、儀式始めます。


つ【エレベーター内の写真】


まだなんかおかしなことはなし。ここから儀式やるからちょっとだけ落ちる


237:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

そういえば、今雨降ってきたところなんだけど、すーちゃんのところはどうなの?降ってんの?


238:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

あー、異世界に踏み込んだところから雨音が聴こえなくなるとかありそう


239:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

全国的に雨ならともかく、今関東で局所的に雨降ってるだけだろ。

意味なくね


240:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

エレベーター乗る前に、雨降ってるか訊けばよかったものを


241:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

エレベーターの儀式って、どの段階から異世界?に入ってくんだろーなー。

ほら、元の異界エレベーターの儀式だったらさ、五階で女の人が乗ってくるじゃん?そこからもう異界に足踏み込んでる感じがするじゃん?こっちの儀式ならどうなんだろ。


242:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

セキエイが、最上階の前までで同乗者は絶対降りるとか行ってたし。その前の回までは普通の世界なんじゃね


243:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

>>242

なるほど


244:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

ていうか、セキエイはなんでそんな話知ってたんだろうな。本人は儀式試してないって言ってなかったっけ?


245:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

実は試してたんじゃないの?やってませんってなフリしてただけでさ。

ほら、セキエイの彼女の失踪事件も未解決のまんまじゃん。実はあの彼女氏、神隠しに遭ったなんて噂もあるからさ。

異界に行って、彼女探そうとしてたりとか……して?


246:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

マジで?

もしそうならちょっとキュンなんだけど


246:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

その話やめね?

セキエイの彼女って、なんかのアニメの件でアンチに叩かれまくって大炎上してたって話だし。本人もすげー態度悪くて、嫌われてもしょうがねーなーみたいな空気だったらしいし。

せっかく平和なスレなのに、変なの沸いて荒らされたらたまらんわ


247:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします以下名無しのメロン

>>246

え、そうなの?彼女も問題ある人だったんだ

やっぱりこういうスレとかで叩かれる人って、叩かれるなりの理由があるんだね。近寄りたくないわー


248:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

まったく事実確認取れてない状況で、叩かれてる=やばい人認定もどうなんだよ……


249:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@すーちゃん

着いたんじゃないのこれ!?

あ、でもやっぱりツイッターとかの実況にあるのと同じかも。夜っぽいマンションでしかない……なんか失敗したのかなあ。

ちなみに、エレベーター乗る前は雨が降り始めってかんじだったのに、この場所では降ってないっぽいよ


つ【青い月明かり?が射しこむ夜のマンションの風景】


250:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

お、到着おめ!


251:おかちゃんねるより、ぼっちがお送りいたします@以下名無しのメロン

探検!探検!よろしこ!!

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