第28話

 夕刻までに司令部本営に大隊長や騎士団長らが入れ替わり報告に来た。ここでポウトレクは西宮庭園騎士団(御庭騎士団)の二人、すなわち総長のテーニーム伯と副長のロンティーヌと鉢合わせした。御庭騎士団は主力としてこの日真っ先に渡河し最後まで戦場にいたことでテーニーム伯は自家こそがこの戦いにおける勲一等であると自負していた。もちろんはっきりそうとは言わなかったが、本営の幕内に居座り、訪れる将官を次々と捕まえては自家の活躍を印象付ける話を持ちかけていた。


 ポウトレクとユライアスが幕内に入るのを見るやテーニーム伯は血相を変えて二人に詰め寄り、散々悪態をつき始めた。曰く、緋竜騎士団の勝手な行動で当初の作戦がめちゃくちゃになったこと、それによって今後の見通しが付かなくなったこと、多くの味方が無用な犠牲を払ったこと等々。

 ポウトレクは言われるままにしていた。彼としては自分の行動が間違っていたとは欠片も思っていなかったが、目的としたカルダロサの救出には失敗しており、堂々と反論する気にはなれなかったのである。

 この時点では軍団内で緋竜騎士団の行動の評価は定まっていなかった。テーニーム伯の言い分と同様の立場を取る者もいれば緋竜騎士団に擁護的な者もいた。ただし誰もこの老人の鬱憤払しに加勢も反論もしなかった。厄介ごとに巻き込まれたくなかったのである。


 テーメーン伯は一通り言いたいことを言った後、ポウトレク本人からも周囲の誰からも異論が出てこないことが自分の主張の正しさを裏付けるものだと満足し、本営から出て行った。老人に続いて御庭騎士団副長のロンティーヌがポウトレクとユライアスの前に現れた。しかし彼からは意外な言葉を聞いた。


「緋竜殿、親父の非礼を詫びる。」

 そう言うとロンティーヌはポウトレクに頭を下げた。

「どうやら我らは貴卿らに助けられたようだ。」

 この態度の変わり様にはポウトレクもいささか面食らった。

 次に彼はユライアスの方を向き、不意に彼女の手を取った。

「ユライアス殿、貴殿の働きが無ければ私は今頃死んでいたかもしれない。感謝してもしきれない。そして今朝の私の態度は謙虚ではなかった。今となっては恥じ入るばかりだ。貴殿にはさぞ不快であったろうと思う。申し訳ない。」

 そう言うと彼はユライアスにも頭を下げた。過分にございます、と言ってユライアスは素早く手を引いた。彼女の言葉は丁寧だったが表情には消しきれない嫌悪感が残っていたかもしれない。

 しかしロンティーヌはポウトレクとユライアスに誠意が伝わったと感じ、こちらも満足して、では、と言って義父の後を追って足早に去っていった。

 ポウトレクはあっけに取られた。

「何だあれは。」

「我らには関係ありません。」

 もうユライアスは嫌悪感を隠そうとはしなかった。


 夕暮れまでに王国軍の対岸からの引き上げは完了した。

 緋竜騎士団も八番隊の一隊を残して全ての隊が帰営した。

 セドレクはガンヒークの無事の帰還を喜び、ガンヒークもセドレクの苦労を労った。


 日も暮れようとする頃、緋竜騎士団八番隊によって上流の堰が破壊された。貯水湖から溢れ出した鉄砲水が王国軍の陣営の前に到達した。荒れ狂う奔流となった河はそれまで河原だと思っていた地を水で埋め、戦いの残骸や岩石を押し流した。一抱えもある岩が水の中をゴロゴロと転がっていった。この光景を目にした将兵は皆背筋を寒くした。破堰が戦闘中に敵の手で行われていたら自分達があの中に居たのだと。

 水が収まると辺り一面に沼が広がった。沼は夕焼けで真っ赤になった空を映し、美しくも不気味な風景を作った。

 ここにおいて軍団内での緋竜騎士団に対する評価が決定した。

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