第17話


 ユライアスは制圧した堰の上から騎士団を指揮していた。戦場から離れた位置にいるので、さすがの彼女の眼でも細かな戦況の把握は不可能だった。オズリエルが空から彼女の眼になった。

 ユライアスは総長ポウトレクを前進させ、渡河させた緋竜騎士団本隊をそれに続かせた。渡河部隊にはポウトレクとの合流よりもポウトレクの活動の支援を優先させていた。つまりポウトレクよりも前線に近い所で陽動し、付近の敵の眼を引き付けることでポウトレクを動きやすくするのである。これらの状況は逐一オズリエルからユライアスに報告された。当のポウトレクは王子の目に窮屈さを感じながらもユライアスの指示どおりにアサナス陣営最深部に進んでいった。


「いやあ、空から殿下に監視されているというのはやりにくいな。」

「見守られていると思えば頼もしいではないですか。」

「ナトヒム殿、卿は気楽にそう申されるがな、見守りを指示しているのはユライアスだぞ。騎士団の副長ごときが殿下を手足のように使うというのは総長として身が縮むよ。後でお詫びに出向かねばならん。」

「ユライアス殿であれば殿下もご満足では?」

「あのな、さっきは殿下が敵に攻撃されたぞ。俺は心臓が止まりかけたよ。」

ナトヒムは笑った。


「ところで緋竜殿、なぜシダラ族を助けようと森に入ったのです?」

 ナトヒムは話題を変えた。ガンヒーク始め緋竜の騎士達は総長の判断に絶対の信頼を寄せていたが、それ以外の者達、司令部や他の騎士団にとってポウトレクの行為はおよそ容認できない。ナトヒムが森に入って以降持ち続けたこの疑問は当然だった。

 ふむ、と言ってポウトレクはしばらく言葉を探した。

「まずシダラ族はアサナス森林の中で唯一の我国の同盟部族だ。」

 その通り、とナトヒムは相槌を打った。

「確かハシュテッグ辺境伯領とシダラ族とは国境を接していましたな。それが関係している?」

「それも理由として無いではない。が、どうもこれは俺の直感的なものでな。アサナスの森は何か大切にせにゃいかんように思う。」

 ポウトレクは言葉を切り、ふうむと言ってまた少し考えた。

「四百年前、デモーズ大帝は自分の帝国の版図にアサナス森林を入れた。そしてアサナス人達は暁帝の大陸統一戦争に加わりさえした。しかし帝国分裂後は王国とアサナス人は没交渉だ。まあ今回みたいな戦いは何度もあったがな。三百年間我々はこの森に無関心だった。言葉も通じない、文明も知らない野蛮人の住む森というだけだ。だが見給えあれを。」

 ポウトレクはケスラを指した。ガンヒークの指揮に従って付近の探索を行っている。

「我々とそれほど変わらない。野蛮とか未開とか言うが、単に生き方の違いだけかもしれん。」

 生粋の都会っ子であるナトヒムにとって、ポウトレクの見方の全てを受け入れることはできなかったが、この戦いで初めてアサナス人と関わり、森の住人に対するこれまでの見方は偏見だらけだったことに気付かされた。

「現代の王国人の中でアサナスに唯一目を向けたのはロスガール・イーンだ。厄介な隣人、人を喰う野蛮人、災いの森。ほとんどの人はそんな風に思っているだろうが、王はこの地に同盟相手を探しに踏み込んだ。森に投資し経営しようとしたのだ。道半ばで終わったがな。王が唯一残したのがシダラ族との同盟だ。」

 ポウトレクは森の奥を睨みながら続けた。

「この森にはおそらく価値がある。暁帝と武王(ロスガール・イーン)はそれを知っていた。もしここでシダラ族を見捨てたら、我々はまた三百年間森から目を逸らすことになるかもしれん。」

「森の価値…」

 ナトヒムにはさっぱり見当が付かなかったがデモーズ大帝とロスガール・イーンが重視していたという視点には妙に説得力があった。新鮮で考えさせられる話だった。

「まあカルダロサの救出は失敗したんだがな。」


 そして彼らは目的地に着いた。

 ポウトレクの一向は森の奥で光る一群の翠晶石を目指して来たが、その正体は略奪品の集積地だった。アサナス人が王領から集めてきた食料やら衣服やらが積み上げられている。その中に晶石も含まれていた。アサナス人は奏術を使えないが、森の中に来る商人に高く売れるので略奪品に含めたのである。

 周囲には警備のアサナス人が大勢いた。

オズリエルからの報告では、略奪品集積地周辺の敵戦力は不明だが、前線での戦闘が激化したことによってアサナス陣全域において相当数の兵力が前線へ移動したと見られた。それはつまり、この区域のアサナス兵は兵糧の防衛のためほぼ孤立しているということだ。そして空からは狼煙がよく見えた。立ち上る煙は見る者に戦局の転換を暗示させた。

「ユライアスから偵察隊へ。敵兵糧を焼け。ただし半分までとせよ。二番隊隊長へ。全渡河部隊を連れて直ちに総長の下へ向かえ。翼装隊へ。殿下、ここまでで結構です。ご支援に深く感謝します。」

 オズリエルはもう少し騎士団の動きを追いたかった。緋竜騎士団の支援を請け負ったのは、噂に聞くユライアスという類まれな能力を持つ副長の指揮に興味があったからだ。とはいえ、目的は一定達したし、三番機四番機のことも気になるので戻ることとした。

「翼装隊より緋竜騎士団。では我らはここで退く。総長以下、無事に帰投することを祈る。」

 オズリエルはそう告げると二番機を引き連れて東に引き返していった。


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