第16話
戦線は一進一退を繰り返した。激戦だった。
両軍の指揮官はそれぞれ明確な作戦を持っていたがお互いに相手を自分の思い通りに動かすことは難しかった。
アサナス側は組織だった軍事行動が苦手だった。指示、報告の伝達方法も洗練されておらず、そもそもイムルーの指示は命令なのか提案なのか、部族によって受け止め方が異なるという有様だった。命令に背く者は規則に基づいて処罰されるという文明国の軍隊では当たり前の統制がアサナス軍には無かった。処罰する者が処罰される者よりも強い力を持っているときのみ統制が実現されるといういつもの森の在り方がここにもあった。シカ族やベリリッヒ族といった部族連合懐疑派はしばしばイムルーの指示を無視し独自の判断で行動した。イムルーはいっそのことシカ族のような非協力的な部族は見捨てて、敵と共に河に飲み込ませてやろうかとこの戦闘中に何度か思った。それでも徐々にではあるが王国軍に対するおびき寄せは進んでいった。
一方の王国軍司令官ヘックナートは戦線が自分の思い描いたとおりの形にならないことに苛立っていた。前衛を右翼、中翼、左翼に分け、各翼の間隔を広く、わざと連携不能なまでに広く取る。敵がこの空間に進出し王国軍前衛を包囲にかかったならばこの空間は逆に敵にとっては抜けない楔となる。敵を容易に下がれない体勢にさせた上でこれを大きく包囲し逃げ場を塞いで殲滅する。これが彼の「芸術的な」作戦である。そのはずだった。
しかしアサナス軍はヘックナートの目論見どおりに楔を打ってくれなかった。当然である。アサナス軍イムルーの意図は王国軍を河のこちら側に引きずり込むことであってアサナス軍が前進することではない。ヘックナートは敵が中々罠に入ってこないのはまだ空間が狭いせいだと考え、三翼の間をより広く取ろうとした。右翼と左翼をそれぞれ外側前方にじわじわと進出させた。ヘックナートを惑わせたのは皮肉なことにアサナス軍の統制不足である。シカ族などがイムルーの指示を無視して突出し、王国軍左翼と中翼の間に入ってきたりした。こうした指揮者の思いに反する不規則な動きが逆にイムルーの意図を覆い隠すことになり、ヘックナートが自分の作戦を捨てきれない一因となった。
前衛が前進するとその後ろに控えて前衛を支援していた主力も引きずられて前進した。一隊また一隊と渡河を始めた。
イムルーは好機と判断した。
「すべての森の民よ。我が友よ。いよいよ時は来た。敵は我らを見くびり、謀を知らず、のこのこと死地に来た。今こそ東の矮人どもに自らの驕りを気付かせる時だ。堰を切り鼓を鳴らせ。戦士達よ、敵を押し返し、悉く河に呑ませろ。そして略奪を再開するのだ。」
アサナス軍戦線の後方に一条の煙が立ち上った。狼煙である。狼煙は戦場のどこからでも目に入った。
全戦線に渡って戦太鼓が激しく打ち鳴らされた。アサナス人達はそれまでの偽装後退を止め、一斉に王国軍に襲い掛かった。
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