第3話

 ユライアスは不思議な女である。彼女の生い立ちはよく分かっていなかった。美しい顔立ちは、しかし王国人の風ではなくいずこか分からないが異民族の雰囲気を感じさせた。鼻の付け根の高さと頬の張りが顔全体の均整さを損なっていたかもしれないが、それさえ彼女の独特な美しさを作る要素だった。

 ユライアスという名前も王国人の女性らしくなく、そもそもどこの国の言葉に由来するのかもはっきりしない。ただ分かっていたことは、ハシュテッグ辺境伯が北洋の港町でまだ幼かった彼女に会い、館に連れ帰ったということ、そして彼女は驚くべき知性と奏術の才能を持っていたということである。

 彼女は司令官と御庭騎士団の前で、古くからの軍人のありように従うことが戦の神の恩寵を受けることだとかそういったことをつらつらと述べた。どこに話を持って行こうとしているのかよく分からなかったが、その時その場の人たちはユライアスの言葉に妙に納得して、言い争っていた気持ちをどこかへやってしまった。ユライアスとはそういう神秘的な力をもつ女だった。

「総長ポウトレク以下我ら緋竜の騎士は明日、閣下の期待に違わぬ戦いをお見せするでありましょう。このことに疑いはありません。」

「まさに我が副長の申すとおり。」

 では、と言って彼らはなんとかヘックナートの前を辞した。自陣に戻る道中、ポウトレクはユライアスから散々嫌味を言われた。

 彼らにはひとつ気がかりなことがあった。シダラ族のことである。

シダラ族はアサナス人の一部族で、ロスガール・イーンの時代から王国と同盟関係にあったため、この戦いではアサナス人部族として唯一王国側に参軍していた。族長ナビルゴラの名代として息子のカルダロサが一族を率いていた。彼は戦士としてはアサナス人の中でも並外れた力の持ち主だった。しかし彼の部隊は百人に満たない小勢であったので、司令部にも「義理で参加しているだけ」とみなされており、実質的な戦力としては数えられていなかった。

 シダラ族は緋竜騎士団のさらに左翼に付け足しのように陣をあてがわれていた。付け足しではあっても緋竜騎士団としてはシダラ族とは連携して隊を動かさなければならない。そもそも言葉もうまく通じない異民族であり、ポウトレクには一抹の不安があった。

「シダラ族の営に行こう。」


 ポウトレクとユライアスはシダラ族の営を訪ねた。軍監のナトヒムも命ぜられもしないのに半ば無理やりについてきた。ナトヒムは王国筆頭貴族メロゾン公の末子でジーフリーグ家に入婿していた。派手好きでお洒落な青年であり常に深刻さとは無縁、どんな場面でも楽観的だったのは、幼少の頃から成人まで一切の責任から自由でいられたためだろう。

 軍監とは司令部から騎士団に派遣され、騎士団の戦功や落ち度を厳しく監査して司令部に報告する役目である。本来であれば監査される騎士団とは緊張関係であるはずなのに、居心地が良かったのかナトヒムは緋竜騎士団にすぐに溶け込み、ポウトレクを兄のように慕い付きまとっていた。ポウトレクも彼を気に入り、都の流行を教わるなどしていた。


 三人は遅い午後にシダラ族の営に着いた。ナトヒムは馬に似た見慣れない動物に目を止めた。コブシシという額に固いコブを持つ大型のシカである。

「これが話に聞く蛮族の馬か。」

 鞍や鐙の形が違っていた。ポウトレクやユライアスは何とも思わなかったが都育ちのナトヒムにとってはすべて物珍しかった。


 部隊長であるカルダロサと、通訳として彼の守役のホムサスケという男が会談の場に出てきた。

 話し合った内容は大したことではない。ポウトレクからは、司令官の作戦計画に従うことの念押しと、常にシダラ族の右側にある緋竜騎士団の動きに追従することの申し入れである。カルダロサは不満だった。彼はさすがアサナス森林一の戦士であり、眼光は鋭く、筋肉は盛り上がり、他者の追随を許さないという自信が体中から満ち溢れているようだった。彼はこの戦いで一族の名声を高めようと強く気負っていたから、騎士団の付属物のように戦うことは不本意だった。

 カルダロサはポウトレクの言うことに一応同意の風を見せていたが、心の中では、戦が始まれば王国人に自分の強さを見せつけて意見など言えなくしてやろうと思っていた。何のかんの言おうと敵をたくさん殺せば文句はあるまい、という思考であり、彼は作戦についてはまったく関心がなかった。その代わり奏術、石の力についての興味が強く、あれこれと尋ね、ユライアスを教師としてその場はちょっとした奏術の授業のようになった。


 日が暮れようとする頃、三人は退席を告げた。

 その時、カルダロサは思い出したように言った。

「アサナス人は怒っているよ。王国に来たのは食べ物を盗りにきただけじゃない。報復だ。前の年、王国人がアサナスの古い由緒ある部族を滅ぼしたから。」

 ポウトレク達にとっては初耳だった。彼らは詳しいことを聞き出そうとしたが、カルダロサはそれ以上口を開こうとはしなかった。


 三人はシダラ族の天幕から出た。

 夕日に照らされたシダラ族の赤い旗がはためいていた。族長旗である。カルダロサは明日の決戦に向けてまっさらな旗を卸した。驚くべきはその鮮やかさで、決して夕日のせいではなく、あたかも自らが赤く輝いているようだった。

「これほどの鮮やかな緋色、王国の職人に出せるかなあ。」

 ナトヒムは子供っぽく感嘆した。三人はしばし旗の美しさに目を奪われながら、シダラ族の営を後にした。

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