第5話

 シダラ族の陣は王国軍の布陣の左端。すでにそこは平野ではなく木々が茂った小高い丘の上で、河で隔てられてはいたが、遠目にはアサナス陣営との境が判然としなかった。

 決戦の日の未明のこと、緋竜騎士団は突然シダラ族の宿営からの喚声を聞いた。闇夜の敵襲であり、司令官ヘックナートが心身をすり減らしながら作り上げた作戦計画の出鼻を挫く一撃だった。

 ポウトレクはすぐさま部隊を引き連れて救援に駆け付けたが、シダラ族の営は少しの負傷者を残してもぬけの殻だった。ポウトレクはホムサスケの姿を見出した。

「カルダロサ殿は。」

 ポウトレクは強い口調で問うた。ホムサスケが言うには、マバイオ族による奇襲を受けたが、カルダロサを先頭にシダラ族はよく戦い、敵を返り討ちにし、今追撃しているところであるとのことだった。

 追撃だと?罠に決まっている、挑発に乗っておびき出されただけじゃないか、とポウトレクは思ったが、ホムサスケは傲慢だった。この戦での一番首はカルダロサが上げることが決まったかのように思い気分を高揚させていた。

「なぜ止めなかったのか。」

 ポウトレクはホムサスケを怒鳴りつけた。あれだけ勝手な行動を取るなと念を押したのにこの有様である。しかし、ここで勘違い者の浅慮を咎めている暇はない、すぐにカルダロサを追った。


 案の定、カルダロサを追う途中のそこかしこにシダラ族とみられる戦士が倒れていた。追撃したつもりが待ち伏せにあったのだろう。やはり罠であった。

 騎士団はカルダロサに追いつくことなく河畔にたどり着いた。ということはカルダロサはすでに河を渡っているということである。ユライアスは翠晶石を手に取って石から力を引き出す詞を律した。ユライアスの眼が暁色の光を灯し、彼女の視界には同じ色の世界、虚界の風景が広がる。彼女は前方遠くに赤い光点が動くのを認めた。力を封じた石は虚界の中で光る。ユライアスは昨日の講義のときにカルダロサに石を渡しており、その石の光が赤く見えたのである。つまり、彼は河を渡った先に居るということは間違いなかった。


 ポウトレクは難しい選択を迫られた。カルダロサを追って渡河するか、彼を見捨てるかである。渡河は大変危険な行為だった。命令違反であることはもちろん、王国軍の他の部隊が動いてくれるかどうかが問題だった。緋竜騎士団が渡河したものの、ヘックナートが作戦開始を決断してくれなければ騎士団は幾十万の敵の中で孤立し全滅さえあり得る。そもそもヘックナートの作戦計画に左翼からの渡河は想定されていない。司令官は苦心惨憺して作った作戦計画を放り捨てて今日の戦を進めるだろうか。そしてシダラ族はというと百人に満たない小勢である。王国軍がこれを失ったとしても戦局に与える影響はほとんど無いと誰しも考えるのではないだろうか。

 夜明けまで一刻以上あった。

 ポウトレクの判断はしかし速やかだった。

「”偵察”のため渡河する」

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