第6話

「私と四番隊で行く。従者は伴わず騎馬のみとする。残りは陣に戻り、副長の指示に従え。」

 ユライアスは一瞬不満の色を見せたが、ナトヒムを渡河部隊に同行させることだけを進言し騎士団の残りを連れて速やかに自陣に戻っていった。


 ナトヒムは面白い男だった。確かに楽天家ではあったが凡百の楽天家とは格が違う。今から行うカルダロサ救出はまさに命がけの行為であるのに、ユライアスもポウトレクもナトヒムの意向を確認することなく一方的に同行を決めてしまっている。そもそも、軍監とは司令部所属なのでナトヒムが騎士団の指揮に従う義務はない。にも関わらず彼はポウトレクやユライアスの決定に異を唱えることなく喜んで危険な作戦に付いて行った。決してその困難さを理解していないわけではない。命を落とすかもしれないことを承知した上で、胆力の強さなのか人生を達観しているのか、とにかく筋金入りの楽観主義でもって同行した。


 偵察隊はポウトレク、ガンヒーク隊長率いる四番隊、ナトヒムで組織され、遠話兵二名が含まれた。

 遠話おんわとは遠く離れた相手に意思を伝達する奏術である。民間ではあまり使われないが、軍隊では重要な奏術である。遠話は”遠話獣”と呼ばれる虚獣の力を封じた遠話晶を用いる。注意すべきは、同じ遠話獣から力を引き出した遠話晶同士でのみ遠話が可能なのであって、異なる遠話獣に由来をもつ石の間では話はできないことである。このとき偵察隊に入った二人の遠話兵のうち一人は緋竜騎士団の兵であり、もう一人は司令部から派遣された兵であった。後者は軍監の指揮下にあるのでナトヒムが偵察隊に同行すると決まった以上は自然と同行せざるを得ない、いわば不運な兵である。それぞれの持つ石は異なる遠話獣に由来を持っているので別々の相手、つまり前者は騎士団と、後者は司令部とのみ遠話ができる。


 河の水量は少なくまた対岸からの妨害も無かったため、一行は難なく渡河できた。河を渡ると河に沿った道が南北に走っていた。下流方向、つまり北方向への道には松明が点々と配されていたが上流方向の道は真っ暗だった。罠であることは明白だった。シダラ族を奇襲した敵は全員が河のこちら側に戻ってきているはずなので目印として松明を残しておく必要はない。あまりにも見え透いているので、もしかすると罠を見破ったと思わせておいて実は反対方向に罠を配しているかもしれない、ポウトレクはそのようにさえ思った。

 ポウトレクが石を使ってカルダロサの位置を確認しようとしたとき、松明の照らす下流から一騎の戦士が近付いてきた。シダラ族の戦士でケスラという若者だった。彼もカルダロサに遅れて渡河し、カルダロサを追ったつもりがこの先の道で待ち伏せにあって一人だけ戻ってきたということだった。

 ポウトレクはケスラも隊に加えて真っ暗な道を河の上流に向かって進んでいった。

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