第10話

 翼装とは空を飛ぶための装備である。物体に力を加えて動かす奏術は昔から知られ使われてきたが、その物体に翼を付け、形を工夫すれば空を飛べるようになるということを人類で初めて思いついたのはエウロガーフのある技師で、それほど過去のことではない。発明当初は飛べる距離は短く、可搬重量も操縦者一人分がせいぜいといったところで、到底実用的とは言えなかった。当時、大地に敷かれた鉄の軌道の上を貨車を連ねて走る軌道車が既に実用化されており、こちらの方がはるかに多くの人と荷をずっと遠方まで運ぶことができた。そういうわけで人々は翼装という新しい発明に対して初めのうちは物珍しさ以外の関心は示さず、発明した技師自身も半ば自身の道楽として細々とこの乗り物の改良をしていた。


 しかし、ロスガール・イーンの治世終わり近く(ただし当時は終わりが近いとは誰も思っていなかったが)、初陣を果たしたオズリエルがこの技術に興味を持ち軍事への導入を決めた。王子はこの時まだ少年であったが慧眼であった。オズリエルによれば、軍にとって空を飛ぶ目的が荷を運ぶことである必要はなかった。操縦士に加えて奏術師をもう一人載せることができれば兵器としては充分だと考えた。つまり、奏術師が空を飛べれば、空からの偵察だろうと奇襲だろうと、石を使う戦術ならなんでも実行できるということだ。翼装兵というこの新しい兵種は騎兵よりも機動力に富み、地形を無効にし、それまでの平面的な戦闘を立体的に変えるという革新性を備えていた。


 オズリエルの発想はその後の政変で頓挫しかけたが、ようやくこのデュラート野で実現を見た。この時配備できた翼装はまだ四機、搭乗兵は操縦手と砲手の二名が一組となるので自らも翼装を駆るオズリエルを含め全員で八名に過ぎない。しかし小部隊であっても彼は満足だった。


 ロスガールが健在であった頃、オズリエルは王太子として親衛旅団とも呼ばれる一軍を率いていたが、ロルボスによる政変の結果、親衛軍は解体され、わずか一大隊をあてがわれるのみとなった。その大隊もオズリエルの忠臣はことごとく排除され、むしろ王子を監視するためにロルボスの手の者が大勢含まれた。また、ロルボスの息のかかっていない兵であっても、オズリエルに忠誠を誓う者は少なく、むしろ落ち目の王子よりもロルボスの覚えを得る方が出世が期待できると考える者の方が圧倒的に多かったのだが、日和見主義者の振る舞いとしてはこれは当然であろう。この大隊はオズリエルにとって到底自分の部隊とは言えなかった。

 しかし翼装隊は違った。空を飛んで戦うという誰もしたことのない行為は冒険的に過ぎ(実際に開発中に何人かの命が犠牲になった)、ロルボス派や日和見主義者の中で死の危険を冒してまでロルボスの機嫌を取ろうとする者はいなかった。

 この小部隊に参加する兵達の動機はオズリエルへの忠誠心か冒険心のいずれかしかなかった。この部隊はオズリエルにとって居心地が良かった。

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