第11話

「隊長、出撃はまだなんですか。早く出ないと一番槍を逃しますよ。」

 二番機の操縦手ディグリーンがやや不満げに言った。翼装隊として初めての戦場である。彼だけでなく隊全体が強い緊張感と逸る気持ちに包まれおり、その雰囲気を代弁した形だ。ただし、今回の参戦目的は翼装隊の運用試験であり、任務は偵察のみであったので、一番槍というのはディグリーンの冗談である。

「あほか。遠話晶でどうやって敵を攻撃するんだよ。」

 応えたのはディグリーンと同じ二番機の砲手イズミンである。彼はついでにディグリーンの服装のだらしなさも指摘した。この二人のやりとりはその場の緊張感をいくらかほぐした。オズリエルも笑みを浮かべた。


 その時、来訪者があった。息を切らして陣幕に飛び込んで来たのは緋竜騎士団一番隊長でポウトレクの弟のセドレクだった。場を再び緊張感が包んだ。

「緋竜騎士団、一番隊、隊長セドレクです。殿下、火急のことにつき、ご無礼を。」

 地面に片膝を付き、顔を伏せて口上を述べた。顔は紅潮し急いできたのもあって額は汗を吹いている。口上がたどたどしかったのは王族の前であったせいだけではない。ここに来る前に司令官ヘックナートに作戦開始を願い出たものの、散々怒鳴られ成す術なく追い出されたことも随分と堪えていた。

「何用か。」

 王子の問いにセドレクは緋竜騎士団の置かれている状況を説明した。そしてユライアスからの申し出として翼装隊の助力を請うた。

「殿下の隊の任務は、空からの偵察であると、お聞きしています。わが騎士団の遠話晶をもって飛んでいただき、空から我らへのご支援を賜りたく。」

 つまり翼装隊に騎士団の眼になってくれということだ。

 しかしこの申し出は幾分身勝手に聞こえなくもない。オズリエルの小隊は土壇場でこの戦場に間に合ったうえ、翼装兵というその能力が全く未知数の兵種であったので、司令官ヘックナートも自らの精緻な作戦計画の中にこの部隊をうまく組み込めず、これといった役割を与えられなかった。いわば軍団のおまけであり、その点ではカルダロサを頭に頂くシダラ族の戦士達と似たような位置にある。しかし翼装隊は王族が長を務める部隊である。権威という点では朝日と朝露程の差があった。緋竜騎士団の申し出はその王子の部隊に対して自分達のために働いてもらおうという随分と都合の良い依頼だと、そう受け取られても不思議ではなかった。

「セドレク、卿は翼装が二人乗りであるということを知っているか。」

 オズリエルはセドレクに尋ねた。

「ええ、そのように。」

 聞いたことはなかった。彼は翼装に何の興味も予備知識も持たず、ただユライアスに言われるままこの場に来ている。目を丸くしながら額の汗を拭った。

「操縦手は飛行晶を常に奏作しないと機を墜落させてしまう。砲手は今回の偵察任務のためにわが部隊の遠話晶を使用する。遠話晶はその性質上ほとんど途切れなく奏作し続けなければ力を失う。」

 オズリエルの口調は教師が生徒を諭すような調子だった。幾分楽しそうにも見える。ただしセドレクにそんな雰囲気を感じる余裕はまったく無かったが。

「おっしゃるとおりで。」

「では我が部隊の誰が卿らの遠話晶を使う?」

 セドレクは答えに詰まった。

「ヘックナートはこのことを知っているのか。」

 オズリエルの言葉は、セドレクの申し出が司令官の指揮権を侵しているのではないかと問うているように聞こえ、セドレクは、いえ、と答えるのが精一杯だった。

「俺達の任務の邪魔になるんですよ。お引き取りを。」

 ディグリーンがイライラしながら割り込んだ。

 その時、ユライアスの進言が奏功し、司令部が半刻後の作戦開始を全軍に下令した。この場の者にも伝令が伝えた。

「そら来た出撃だ。緋竜の隊長、早く戻らんといかんよ。」

「慌てるなディグリーン。我々が飛ぶのはもっと後だ。」

 オズリエルがたしなめた。

「では殿下、殿下の陣の遠話兵の傍に我が騎士団の遠話兵を置いてください。貴隊の遠話兵に中継していただくことはお許しいただけませんか。」

セドレクは食い下がった。これは翼装隊にとって負担のない至極まっとうな提案といえる。オズリエルはセドレクの提案を思案しているようだった。ディグリーンはそれぐらいならばといった顔である。

「緋竜騎士団は今、総長が森の中で、副長が指揮を執っている?」

「御意。副長のユライアスが指揮を。殿下さえよろしければユライアスから説明させますが。」

「必要無い。」

 そして、オズリエルは強い口調で全員に告げた。

「緋竜騎士団の遠話晶は私が使う。」

 王子の思いがけない言葉にセドレクは目を丸くして思わずオズリエルを見上げた(が、不敬であるのですぐに顔を伏せた)。ディグリーンは不平を言おうとしたがオズリエルが遮った。

「お前は私と共に軍左翼を飛べ。これを第一分隊とする。残りの二機は第二分隊とし軍中央だ。一刻後、五刻三点に出撃!」

 そう言うとオズリエルは緋竜騎士団の遠話兵から石を受け継いだ。オズリエルの眼が淡い暁色の光を放った。

 不満そうなディグリーンをイズミンがなだめる。

「いいじゃないか。僕らの初陣が白の殿下のお供だなんて名誉だぞ。」

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