第9話

 司令官ヘックナートが怒りを噛み殺しながら作戦開始を決断するや、ユライアスはポウトレク救出のため騎士団の半数を連れて渡河した。ヘックナートとしてもこれは辛かった。緋竜騎士団はこの日の戦いの決定戦力のはずであったが、その勢力が半分になったのである。

 王国軍側で真っ先に河を渡ったのは(カルダロサとポウトレクのニ隊を除けば)ユライアス率いる緋竜騎士団の半数であり、それから半刻弱遅れて囮部隊となる御庭騎士団こと西宮庭園騎士団が渡河した。御庭騎士団のテーニーム家父子は緋竜騎士団の行動に対してひどく腹を立てた。軍全体に危険を冒させる行動に対するこの怒りは理にかなっている。

部隊を進めながら「あの金槌頭!」などと罵った。ただしこれはポウトレクの考え方に対する非難ではなく、額がやや突き出ているポウトレクの容姿に対する単なる悪口であったが。


 御庭騎士団は軍の中央部から、ユライアスの部隊は左翼から渡河した。ユライアスはポウトレクに付いている騎士団の遠話兵と話した。

「ユライアスより偵察隊へ。カルダロサ殿は。」

「奪われました。」

「自分達の位置が分かるか。」

「方角は概ね把握していますが位置までは分かりません。」

「私からは君らが見えている。」

 つまり石を使い虚界を通して見えているということである。ユライアスの虚界を見る力は人並み外れている。

「北にわが軍から突出したような晶石の一群の輝きが見えるな。あれは敵だ。そこに向かうように総長に申し上げろ。我々もそこに向かう。なるべく戦闘を避け隠密裡に行動せよ。」

 ユライアスはいついかなる時も落ち着きを失わない。そして驚くほど頭の回転が速く、指示は簡潔であった。

「司令部の遠話兵を失いました。」

「死んだか。」

「分かりません。」

「構わない。私の指示に従え。」

 上官の部隊に指示するというのは普通はあり得ないことだが、ポウトレクとユライアスの間では珍しいことではなかった。それだけポウトレクはユライアスを信頼しており、この時も副長の言うとおりに行動した。

 しかしここでユライアスは目標を変えた。彼女の虚界を見通す眼は、ずっと南、つまり河の上流にいくつかの不審な石の輝きを認めた。ユライアスは渡河した騎士団の全部隊を二番隊長に預けて総長の救出に向かわせ、自分は手練れの数騎を選んでその光の方に向かった。彼女のこの行動を不可解だと考える者もいた。戦線から遠く離れたところの敵か味方か分からない少人数のことよりも、騎士団長を救出することの方が優先だ、と。もっともではあるが、ユライアスにとっては彼方の光には捨て置けない何かを感じるのであった。

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