第8話

 ポウトレクの一隊は馬を駆ってカルダロサを追ったが、渡河してからはまとまった敵と会うことなく敵陣深くまで入り込んだ。途中、あちこちでアサナス人の戦士が倒れていたが、多くは敵兵であった。カルダロサの一行がやったのであろう、聞きしに勝る強さだとポウトレクは感嘆し、また、これならばカルダロサを連れて脱出するのは存外に難しくもないのかもしれないとも思った。ただし、彼をうまく説得できれば、である。

 希望を抱く者も居れば、怯えを強くする者も居た。司令部から派遣された遠話兵がそれであった。ナトヒム配下の彼は、戦の経験が浅いのか、騎士団に馴染めないのか、理由は分からなかったが落ち着きを欠き思いつめたような悲壮さを面に浮かべているように見えた。遠話晶を操っている彼の瞳は淡い暁色を灯していた。


「飲みたまえ」

 ナトヒムは可哀そうな遠話兵に馬を寄せ、懐から酒の入った水筒を取り出し、勧めた。他人に対して大雑把なように見えてこうしたさりげない心配りができるのがナトヒムである。遠話兵は馬を走らせながら水筒を受け取り酒をあおった。そのとき、ナトヒムは遠話兵の手にキラキラ光る小さな神像を見た。秤を掲げている太陽神ヨーウォの像で、鎖で首から下げられるようになっているのだろう、その鎖を手に巻き付けていた。その像がナトヒムの眼に少し奇異に映ったのは、通常、太陽神ヨーウォは髭を蓄えた初老の男の姿として描かれるのに、この遠話兵のヨーウォは若い男であり中性的であった。

 その像は…、とナトヒムが声をかけようとした瞬間、矢が一閃し、遠話兵の乗る馬の踵に突き立った。馬はもんどりうって倒れ、遠話兵は地面に放り出された。

「敵襲!」

 隊長の号令一下騎士団は速やかに隊形を組み、迎撃の態勢を取った。敵は四方にいるようだった。囲まれたというよりは敵兵の中に騎士団が突っ込んでいったと考える方が正しいかもしれない。部隊が渡河して以降、ここでもっとも激しい戦闘が繰り広げられることになった。


 緋竜騎士団の四番隊はもともと隠密行動を担う部隊であり、個々の騎士の戦闘能力は高く少人数での作戦行動に向いていたから、カルダロサ奪還作戦も適任ではあった。が、いかんせん森の中の戦いとなると森の民に分があり、ポウトレクもずいぶんと苦戦した。

 司令部から遠話で引き上げの命令が下されたのはこの時であるが、混戦の中に遠話兵の姿はなく、司令官の命令は伝わらなかった。仮に命令が伝わっていたとしても、すでに騎士団単独では行くも戻るも容易ではなく、むしろカルダロサと合流してその突破力を利用する方が帰還の可能性が上がるとさえ思える状況だった。


 ポウトレクは石を覗きカルダロサの位置を確認した。カルダロサの石はそれほど遠くない場所で輝いていたので、ポウトレクと騎士達は囲みの一点を突破し、カルダロサのいる場所を目指した。

 部隊は開けた丘の上に出た。やや白んできた空の下、隣の丘の上でカルダロサが敵に囲まれ単騎で戦っているのが見えた。それは鬼神のごとき戦いぶりであった。敵を突き倒し踏み殺し、血しぶきを浴び、いったい追い込まれているのか追い込んでいるのか分からない有様だった。騎士団の面々はカルダロサを見て安堵したというよりはむしろえも言われぬ恐れを抱いた。

 シダラ族の若者ケスラが飛び出しカルダロサの方に向かって丘を駆け下りた。それに引きずられるように騎士団も続いた。ここでまた激しい戦いになった。

 この一連の戦闘は、要するに、カルダロサを生け捕りにしようと集まった敵の囲みに緋竜騎士団が突っ込んだ形で発生したのである。そう、生け捕り。カルダロサが大暴れして敵をなぎ倒していたのは、確かにカルダロサの強さもあったが、敵はカルダロサを生け捕りにしようとしていたからでもあった。

 そして敵は目的を達した。


 騎士団が丘の上にたどり着いたとき、すでにそこにカルダロサの姿はなく、敵の気配も消え、動かなくなった彼のコブシシと翠晶石が一つ残されているのみだった。カルダロサの位置を知る術は無くなりポウトレクは追跡を諦めざるを得なくなった。

 そしてこの戦いで司令部から付けられた遠話兵を失った。

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