サノマイア戦記 革命と宝石

@m_kensky

第0話 プロローグ

 この物語はある国で起こった革命とそれに続く大陸諸国家を巻き込んだ大戦争についての記録である。


 本題に入る前に少し回り道することをお許し願いたい。


 大動乱の中で重要な役割を果たすことになる、この大陸の大多数の住人が信仰している宗教レートイェルゴン教についてである。

 教会によると、ことの始まりは今から約千年前、現在広く使われている暦で表せば暁帝歴前六〇五年とされている年に遡る。アマウィという宝石職人の女が神から不思議な力の使い方を教えられた。その技術は翠晶石と呼ばれる宝石を通してこの世とは違う別の世界の力をこちら側の世界に顕すもので、今日では「奏術」と呼ばれるありふれたものとなっている技だが、当時としては神秘の力そのものだった。

 アマウィはその技術を彼女の支援者達に広めた。ほどなくその一団は宗教的色彩を帯びはじめ、彼女の死後、支援者達は彼女を宗祖とする宗教を創始した。これがレートイェルゴン教である。

 原始レートイェルゴン教団は既存の宗教勢力や国家から、ごく稀に支援され、しかしほとんどの場合迫害を受けたが、石の力を民衆の役に立てることによって社会の下層から徐々に浸透していった。


 今から約四五〇年前、突如として大陸に現れた強大な王、後世に大帝(ディルイーン)と尊称されるデモーズ帝によって大陸に統一帝国が誕生した。この年、暁帝歴元年である。

 レートイェルゴン教は大帝によって国教とされ、以後、民の家の中だけでなく国家体制の中に入り込んだ。


 国家は興亡する。

 デモーズの帝国も統一から百年を待たずに分裂した。世俗の権威が弱体化するのに相対して教会の権威は強くなった。

 その絶頂は暁帝歴二五八年であり、この年、教皇アズデュークは聖俗の権威を自らの身に統一すること、つまり、教皇による諸国家の統一と「神聖皇帝」として大陸に君臨することを企図した。当然、この野望は諸王との対立を生み、大陸を二分する大きな戦争を引き起こした。教皇の戦争と呼ばれる大乱である。


 この戦争は世俗側勢力にも多大な損害をもたらしたが、結局は教皇側の敗北に終わった。

 戦後、教会は弱体化され分裂し、教皇の権威は失墜した。

しかしその副作用として教会内の統制は緩み、様々な教義や宗派、団体が生まれた。


 教皇の戦争以降、教会は世俗の権威に従属し、また組織、教義の統一もままならないまま現在に至る。この教会の体たらくが革命を育む土壌になったことは一面の真理である。


 物語は大陸の北方にあるエウロガーフ王国から始めたい。


 エウロガーフ王国は三つに分裂したデモーズ統一帝国の継承国の一つである。教皇の戦争以降、この国の王位は大帝の血を引く二つの王家、ウェトメロ家とルプテュルク家が交代で担うこととなっていた。

 暁帝歴四〇四年、王ルームルブ・イーンの戦死に伴いその弟のロスシニエルがロスガール・イーンとして王位に就いた。ルームルブの在位はわずか二年だった。両者ともウェトメロ家の王である。ルームルブの次の王となるはずであったルプテュルク家のコメニエル王太子が幼かったため、ロスガールの在位はコメニエル成人までの暫定的なものとされた。

 ロスシニエル時代の彼は目立たない王子だった。性格は大人しく、特に秀でた能力もなく、中継ぎの王としては打ってつけと思われた。ただ、王族にしては珍しく奏術を使えた。

 王になってからのロスガールは、しかし、周囲の見込みを裏切った。兄ルームルブの仇討ち戦争を皮切りに対外積極策を取り、同時に国内改革を進めた。王の変貌に周囲、特に上流社会の人々は驚き、やがて反感を大きくしていった。知ってか知らずか、ロスガールは彼らの既得権益を侵し始めていたのである。

 王の側に立つ有力者は少なかった。そのためロスガールは身分の低い貴族や平民から自分の味方を集めた。そこでは能力主義が徹底され、古いしきたりなどには囚われず、有能な者には破格の席が与えられた。旧体制を支えていた人々はロスガールの力が強くなるに従い日陰に追いやられた。彼らは郷愁を込めて自分達のことを「レーンカトゥーレブ」(伝統派)と呼び、対して、ロスガール派の人々のことを「ニートペベール」(新参者)と呼んで蔑んだ。

 ニートペベールを率いてロスガールは西に蛮族と戦い、南に異教徒を討伐した。新体制のもたらす目覚ましい成果は新しい時代の始まりを感じさせ国民の支持を集めた。その一方で伝統派の人々はますます反感を強くした。特にコメニエル王太子とルプテュルク家は王位が回ってこない危険性を感じていたし、ルームルブの遺児ヘムケリエル王子を頂くウェトメロ家も同じ危機感を抱いていた。

 彼らの危機感が現実になったのは、ロスガールが自身の一人息子であるオズリエル(白の王子)を太子としたことである。オズリエル立太子は伝統派に衝撃を与えた。ロスガールが自らの血で王位を独占することを表明したのと同じだからである。

伝統派の巻き返しは突然で強力だった。ロスガールの右腕であったロルボスを抱き込んで反逆を起こさせたのである。誰しも予想できないロルボスの裏切りによってロスガールはあっけなく退位させられた。暁帝歴四二二年、ロスガール在位十八年目のことである。

 すぐにコメニエル王子がコメーン・イーンとして即位し、王国の体制は急速に旧に復していった。ロスガールが進めていた国外遠征や国内の改革はことごとく取り止めとなった。伝統派が朝廷の重職に戻り、ニートペベール達は役を追われ没落していった。

 さらにその二年後、再起を図って反乱を計画した容疑でロスガールは殺害された。手を下したのはまたしてもロルボスだった。


 さて、最初の舞台はロスガール死後六年が経過した暁帝歴四三〇年のことである。

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