第14話
河の西側、前線からそれほど遠くない森の中にアサナス人達の本営があった。ここには各部族の代表者が集っていた。マバイオ族からは族長の息子でイムルーという若者がここに居た。マバイオ族がこの日未明にシダラ族の陣を奇襲し、河のこちら側に誘い込み、戦士達の長であるカルダロサを捕虜としたことは既に述べた。これを指揮したのはイムルーである。
カルダロサはアサナス森林第一の戦士と見做されていたので、彼を捕らえたことはアサナス人達のイムルーへの信頼を強くした。
この度のアサナス諸部族連合の代表者はアサナス森林中最大部族であるナエホ族の族長ということになっているが、それは名目上のことで、実際に作戦を立て、全部族に号令しているのはイムルーだった。
彼はこの本営を眺めて満足だった。決してまとまることのなかったアサナス人達が王国という共通の敵を前にこうして一同に会している。過去にもアサナス人が王国と戦ったことはあったが、各部族はバラバラに行動し、このように一丸となることはなかった。それをイムルーは約二年間森の中を東奔西走し一つにまとめた。天候不順による飢えの危機と前年に発生した王国によるアサナス部族の襲撃、これがアサナス諸部族が一致団結する理由であったが、彼はこの団結を一過性のものにするつもりはなかった。彼は王国の強さを良く知っており、これに対抗するには森の中で部族同士が争っていてはいけないことを信念として持っていた。
汎アサナス主義である。
彼にとってこの信念の正しさを証明するのが今日の戦いだった。
この場では皆が決戦の機会を見計らっていた。敵の一部は早々に渡河して来たが、主力は依然として河の向こう側におり重い腰を上げない。第三者から見るとこのデュラート野の戦いの奇妙なところは、開戦したものの両軍が相手の攻勢を待つ姿勢を取って次の手を打てずにいることだ。
居並ぶ族長らはイムルーの判断を待った。
しかしここでシカ族の族長ヤバが別の議題を持ち出した。シカ族はマバイオ族と並んで森の中で最も好戦的な部族である。
「イムルー、決戦の前にカルダロサを殺せ。戦士達の士気が上がる。」
頭が堅く話の通じなさそうな男がまたつまらないことを言い出した、とイムルーは心の中で唾を吐いた。ヤバに対してはこれまでも何度となく似たようなことがあった。およそ協調とは無縁な人間で、些細な事でも自分の意見を主張する。それではとその意見を採用して事を任せようとすると引き受けてはくれない。身勝手な男だった。しかしシカ族のアサナス諸部族連合の中での存在感は大きく、イムルーは丁寧に対応しなければいけなかった。
「大人、それは良くない。彼は後で役に立つ。殺してシダラ族の恨みを買う必要は無い。それに強い戦士だ。」
アサナス人にとって強いことは何にも勝る価値だ。カルダロサの戦士としての並み外れた強さは畏敬の対象だった。
「裏切者に過ぎない。シダラ族も森から追い出す。」
「大人、よく分かった。殺すことはいつでもできる。戦に勝ってから考えよう。」
しかしヤバは引き下がらなかった。総攻撃の前に血祭りにあげることに意味があるという主張だ。ヤバを後押しする族長も出てきた。
イムルーはこの身勝手な主張にうんざりした。カルダロサを捕らえるためにどれだけの血が流れたか、すべてマバイオの血だ、カルダロサをどう扱うかを他部族に口出される理由は無い、と心の中で叫んだが、大事な局面で部族間の結束を乱すわけにもいかない。他の族長達に諮った。
いくつもの意見が出たが、最終的には連合盟主であるナエホ族の族長の、捕らえられた者の処遇は捕らえた者が決めるのが森の慣習であるとの言葉によって、カルダロサの扱いはイムルーに一任されることとなった。
カルダロサの問題は片付いた。イムルーは、つまらないことに時間を取ったことを苦々しく思った。
目下の大事は動かない相手主力を河のこちら側に引きずり込むことだ。こちらから総攻撃をかけ、決戦と見せかけて敵の全軍を誘い出すこととした。
「長らよ、敵はまだ本気ではないようだ。あるいは我らの動きを待っているのかもしれぬ。全軍で当たって奴らの頭に血を上らせよう。ただし、ぶつかったら偽って少し引くのだ。それを繰り返して敵の主力に河を渡らせる。」
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