第13話
戦場の様々な場所で空を大きな四羽の鳥が飛んでいくのが見られた。しかしそれは鳥ではなく「翼装」という、兵士が乗り込んで空を飛ぶ新兵器だった。地上の将兵は驚きを持って空を見上げた。翼装隊は二隊に別れ、一隊は主戦場の上空に、もう一隊は南方に向かって行った。
このとき初めて戦場に投入された翼装は、操縦手と砲手の二人が左右に並んで、腹ばいの姿勢で乗り込む形を取った。操縦は飛行晶の奏作と二人の体重移動で行うものであり、仕組みとしては非常に単純で、言わば推進力の付いた凧のようなものだった。機体の頭側は透明な風防で覆われその内側に把手があり把手の付け根付近に翠晶石をはめる孔があった。乗員は機体に設置された固定帯を腰に結び、把手を握って体を固定した。
二番機ではディグリーンがイズミンに不平を聞かせていた。隊長であるオズリエルが緋竜騎士団の遠話晶を使うということは、オズリエルとの意思疎通は(緋竜騎士団以外は)遠話によることができず、手信号や大声によるしかない。それも空の上で。従って他の機や司令部とのやり取りは誰かが中継する必要があり、当然それは隊長機の随行である二番機、つまりイズミンとディグリーンの役割だった。
ディグリーンはオズリエルへの忠誠心というよりは自由に空を飛びたいという欲求が動機で翼装隊に入った。そんな彼にとって隊長機との通信役として自由な飛行が許されないこの日の初陣は不本意であった。わざわざオズリエル自身が緋竜騎士団の遠話晶を持つ必要があったのかという彼の言い分は一理あった。一方のイズミンは、志願して翼装隊に入隊したことが示すように命の危険についての考え方が多かれ少なかれ普通の人とずれてはいるが、それでもディグリーンよりは余程常識的な人間であった。彼は棒給の良さに魅かれて翼装隊に入隊した。それは遠方に住む両親への仕送りを増やすためだった。そんな普通の人であるイズミンは今回の戦場での初飛行に当たり人並みに緊張していた。彼は、ディグリーンの言い分も分からないではないものの、空に上がった今、異議を唱えてもどうしようもなく、現状を受け入れるしかないのは自明のことだと思った。それなのに延々と愚痴を並べるディグリーンに苛立った。いつもの彼ならディグリーンの不平に付き合っただろうが、この時はそんな余裕が無かったし、余裕が無い自分に気付かなかった。
「分かったから黙れよ。ここでどうこう言っても仕方ないだろうが。」
「いいや、お前は分かっていない。今日が…」
「分かってないのは殿下なんだろ?言えよここで大声で、殿下に向かって。」
「今日は初陣だぞ俺たちの。要するに歴史上、翼装隊の。」
「だったら真面目に任務をこなせよ。曲芸飛行して目立ちたいのか?別の日にやれ。」
云々。
二人が言い争っている様は隊長機からも見えた。
「楽しそうだな。」
とオズリエルが言った。
「喧嘩しているようですが。」
隊長機の操縦手はカーロンという女性兵士だった。翼装隊の副隊長である。オズリエルもカーロンもディグリーンが今回の編成に強い不満を持っていることはよく分かっていた。
「この度の戦いでヘックナートは翼装隊に任務を与えていない。私の判断で運用して良いことになっている。与えられた権限の中で判断し行動することが規律だ。私が緋竜騎士団の遠話晶を使おうと、我が翼装をどこに飛ばそうと、それは軍が私に認めた権限だ。その判断が正しいか間違っているか、それは私の能力の問題であって規律とは関係ない。しかし、間違った判断によって下された命令だからといってそれに違背することは規律違反である。軍においては無理でも理不尽でも命令には従わなければならない。
あいつには規律を身に着けてもらう必要がある。軍において規律を疎かにすることは、部隊を弱くするだけでなく、何よりも自身の命を危うくする。」
オズリエルはディグリーンの能力を愛していた。
程なくオズリエルの分隊は前方に湖を視認した。人造湖のようだった。同時にユライアスから遠話が入った。
「緋竜騎士団副長ユライアスよりオズリエル殿下へ。虚視にて翼装隊の二機を視認。」
「オズリエルよりユライアス。前方に湖。誰かが河を堰き止めているように見える。湖の端に虚視にて複数の輝点を確認。」
堰き止められた河。ユライアスは悟った。敵は大掛かりな水攻めを計画している。
「その輝点が我らの目標です。我らはそこから西に二十乃至三十尋の地点に潜んでいます。敵の数と地形をお教えください。」
堰に近づいたオズリエルは驚いた。アサナス人が作ったものではない。明らかに文明国の土木技師の手によるものである。堅牢さに欠けるような造作だったがそれはこの堰が恒久的な使用を想定していないことを表していた。つまりこの戦いのために最近作られたと考えていい。
堰の下、河のほとりに広場があり建物が建てられ、資材が並べられている。そこから堰の上端に至る途中に作業小屋が見えた。翼装隊の接近に気づいた人達が小屋からわらわらと出てきて、堰の上で翼装隊を眺めた。
オズリエルはユライアスに眼下の状況を伝えた。
「武装した文明国の兵士が五乃至六、非武装の者が約十。」
そう伝えながら彼の頭の中にはいくつもの疑問が湧いた。どこの国の兵か、アサナス人と共闘しているのか等々。
「殿下、制圧します。敵の眼が東側に向くように引き付けてください。」
そう告げるや、ユライアスらは木々の間をすり抜け敵に向かって走っていった。
オズリエルは指を頭の上でぐるぐる回して二番機に合図を送った。攪乱せよの手信号である。直後、隊長機は急降下し、二番機もそれに続いた。二機は曲芸飛行に入った。敵の頭上をかすめ、湖面すれすれを滑り、急旋回し、また急上昇した。隊長機のカーロンも上手かったが、ディグリーンの操縦は彼の鬱憤を示すように一層過激だった。
敵の奏術師が攻撃してきた。光の矢が何条か放たれたが翼装は動きが速く当たらない。
「ユライアス、石使いが二名、作業小屋の前だ!」
ユライアスも虚界の中で閃光が輝くのを見た。目の前だ。
「殿下、感謝します。」
ユライアスは森から飛び出し、敵に襲いかかった。
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