第23話

「あれは何をしているんだ。」

 オズリエルの言葉にカーロンは虚界の中の二番機に目を凝らした。強い石の輝きを三つ認め、うち二つは青く、一つはやや緑がかっていた。

「ディグリーンは石を一つ余分に持っているようですね。」

 それを聞いてオズリエルはディグリーンの企みを察した。そして声を立てて笑った。

 カーロンは呆れた顔を見せた。

「自由な男だ。」

 王子は嬉しそうだった。


 二番機の急降下は地表で戦っている敵味方の両方に驚きを与えた。

 ヤバはそれまで大きな鳥だと思っていたものが王国軍の新しい兵器だったと認識した。敵だとは分かったがそれがどの程度の脅威なのかは分からない。空からの攻撃に注意を払わざるを得なかった。

 王国軍にとっても、特に今はシカ族の攻撃に曝されている第三連隊と砂烏騎士団にとって、翼装に戦力としてどれぐらい期待していいのか不明だった。とりあえず一時の牽制にはなったようであるが。


 その翼装隊二番機は地表の喧騒から離れて高く昇った。風防が風を切る音だけが二人を包んだ。

「イズミン、正直に言う。」

 ディグリーンは彼に似合わず真剣な声で言った。

「俺は地上で戦っている奴らがどうなろうと実は興味ない。」

 イズミンは唾を飲んだ。

「今日は俺達の初陣だ。ということはいいか、翼装兵の初陣ってことだ、人類の歴史上初の。」

 ディグリーンは機首を少し下げた。

「それが戦況報告が任務だって?そんなの戦果でも何でもない。敵を倒さなきゃ名前は残らん。」

「名前?お前のは悪名だろ、命令違反者の。クビになるし悪けりゃ死罪だ。」

「はあ?失業の心配をしてるのか?俺達が歴史上の人物になるかならないかという時に。」

 ディグリーンはさらに高度を下げた。攻撃する箇所を探していた。

「歴史上の人物になる?」

「そうだ。このままだと歴史書には、あー、こう書かれる。『暁帝暦四三〇年初めて翼装兵が戦場に投入される。隊長は王子のオズリエル。』。それを俺達が書き換えようって話だ。『歴史上空からの攻撃を初めて成功させたのはイズミンとディグリーン。』、白の殿下には悪いがな。」

 そんなことが現実にあり得るのか、自分の名前が歴史に残る、イズミンは考えたことも無かった。

「僕は平民だ。」

「だから意味があるんだ。貧乏な平民と家に門を構えることも許されない下級貴族がやるから記憶に残るんだろ。」

「僕が歴史上の人になる…」

 失業するかもしれないこと、首を刎ねられるかもしれないこと、歴史に名を残すこと、今死にそうな味方を助けること、イズミンは何が大事なことなのか分からなくなった。

 混乱するイズミンをよそにディグリーンは再度の攻撃体勢を取った。イズミンの腰に手を回し固定帯を掴む。これは二人の体重移動を同期させより機敏な機体操作を行うためである。二番機は旋回しながらどんどん降下速度を増していった。

「そうだ、俺達の名前は教科書に載るんだ。今後何百年、士官学校の生徒達は試験の度に俺達の名前を暗記させられる。世界初の翼装兵として。」

 混じり気の無い功名心だった。地表でシカ族がこちらに向かって弓を構えるのが見えた。

「お袋は…」

 二番機は速度を上げて隊長機の傍をすり抜けた。風防を激しく風が叩く。

「親父と、お袋はどうなるんだよ!?」

 一瞬、イズミンはオズリエルと目があった。王子がニヤリと笑ったように見えた。

「ただの親から英雄を産んだ親になるんだ!」

「放てえ!」

 ヤバの号令で弓の斉射が二番機を襲った。ディグリーンはイズミンの腰帯をぐいと引く。イズミンがディグリーンに体重を預けると機は左に急旋回した。が、全ての矢は避けられない。何本かが翼に刺さり、一本はイズミンの側の風防にひびを入れた。これはイズミンの頭に血を上らせた。

「お前らあー!」

 イズミンはディグリーンの手から石を引ったくるや詞を律した。

「ゲールンゲールン ヴァジリン ナッシュ ゼンドゥル…」

 彼の瞳は燃えるような暁色の光を発した。

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