第27話
翼装隊は帰還した。
「隊長がお呼びだ。」
カーロンがイズミンとディグリーンに告げた。
二人とも覚悟はしていたがいざその時となると心臓は早鐘を打ち口の中に渇きを覚えた。
カーロンは二人をオズリエルの幕内に連れ入り、椅子に座る王子の前に立たせた。
生きた心地もしないといった風のイズミンは視線を地面に落とし、対照的にディグリーンは飄々として天幕を見上げて立っていた。オズリエルの表情からは怒っているのか困っているのかは読み取れなかったが、少なくとも楽しそうには見えない。
「さて」
オズリエルは静かに切り出した。
「お前達の罪はなんだ。」
彼は二人の顔を凝視しながら問うた。日暮れ近くの西日がオズリエルの背後の陣幕を明るくし王子の顔に影を作っている。
声を震わせながらなんとかイズミンが口を開いた。
「私たちは…」
「二人とも」
オズリエルが遮った。
「私の目を見ろ。」
厳しい口調である。王子は顔に断固としたものを浮かべていた。実のところイズミンはこの瞬間まで殿下なら戦果に免じて見逃してくれるのではないかと淡い期待を抱いていた。が、その期待は霧散した。彼は死罪もあり得るとこの時本気で思った。身震いし怯えながら王子を見た。一方でディグリーンは姿勢を正し王子に向き直って睨むような眼差しを向けた。
オズリエルは二人を交互に眺め短く、言え、と命じた。
「わ、私たちの…罪は…味方が窮地で…」
「横領です。」
口籠るイズミンを遮りディグリーンがきっぱりと言った。
(こいつは何を)
言い始めるんだ、とイズミンは思ったものの咄嗟のことに思考は硬直した。
「それで。」
オズリエルはディグリーンの目を突き刺すように見据えてさらに問うた。
「あと命令不服従もあります。」
もっと言い様があるだろうとイズミンは恨めしく思ったが、さりとて自分でもどう答えるのが正解なのかは分からず、成り行きに任せるしかないと諦めた。
オズリエルはしばらくの間部下の性根を見定めるように二人を眺めた。イズミンは王子の顔を直視することに耐えがたく、視線を外したい衝動に駆られたが何とか踏みとどまった。ディグリーンは口を一文字にして王子に挑むような表情を向けている。
やおらオズリエルは立ち上がると判決を告げた。
「お前達の罪は鞭打ち十回に相当する。お互いに相手を打て。以上だ。」
死罪は免れた。
二人は命令を復唱しオズリエルに敬礼した。
カーロンは目を伏せ小さく嘆息した。
「カーロン、執行を見届けよ。本日中にな。」
そう付け足すとオズリエルは、行け、と三人に退室を命じた。
王子の幕から退室するやイズミンは姿勢を崩し大きく息をついた。助かったと思った。刑罰の相場は知らないが失業や死刑は回避できたのだ。
「これで文句はないな。」
とディグリーンに念押しした。
「文句なんて初めからあるかよ。」
本心なのか強がりなのかは分からないいつものディグリーンの能天気さにイズミンは多少腹立ちを覚えたが、ともかく命も職も失わなかったことに安堵した。
「君達、早くしなさい。」
見届人のカーロンが二人を急かした。唯一不満があるとすれば彼女だったかもしれない。
しばらくしてから翼装隊の営の片隅で鞭の音と二人の男の悲鳴が交互に響いた。大人の男の振る鞭は重くて痛い。カーロンの手前、あからさまに手加減するわけにもいかなかったから十回の打擲は相当堪えた。
「副長、鞭打十回終えました。」
背中の痛みに耐えながらイズミンが報告した。
それまで刑の執行を黙って眺めていたカーロンは、しかし、イズミンを睨みつけて言った。
「お前ら、私をナメているのか。」
そう言うと彼女は意味を理解しかねているイズミンから鞭を取り上げた。そしてディグリーンを突き飛ばすやその背中に思い切り鞭を振り下ろした。彼はギャッという今までとは明らかに違う悲鳴を上げた。
「手本だ。やり直しなさい。」
「え?」
イズミンは想定外の命令に耳を疑った。ディグリーンは地面に倒れて痛みに顔を歪めている。
「やり直すって十回ですか。」
「当たり前だろう。殿下は本日中にとおっしゃった。君達が真面目にやってくれないと私が寝られないじゃないか。」
(甘かった。)
二人は気が遠くなった。確かにいくらか力を抜いてはいたが十回の鞭はかなりの苦行だった。しかし今度はそれを遥かに上回る行をせよと言う。体は、気力は保つだろうか。
だがやるしかない。下手なことをするとこの冷酷な女がもう一度のやり直しを命ずることは十分にあり得る。
それからたっぷり半刻かかって刑は執行された。
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