第21話

 砂烏騎士団はデイグカーリ侯爵家の家門騎士団で団長は同家当主のファズノール、つまり侯爵その人であった。家格は高いが騎士団の強さはそれ程でもない。ロスガール・イーンの催した東方遠征で跡継を含む侯爵の子供達は命を落としていた。それでこの度はやや高齢ながら当主自らが騎士団を率いて戦場に居る。といっても仕方なくそうしているのではない。戦場に身を置くことが息子達への供養であり弔いになるという感情からであった。実際の部隊の指揮は副長に任せきりだった。

 そういった事情を斟酌して司令官ヘックナートはこの騎士団を危険の少ない(重要性の低い)後詰めに配した。役割は左翼第三連隊の背後を守ることだった。しかし戦局の混乱は彼らを前線に押し出した。

 最左翼の緋竜騎士団は敵軍の後ろに回り込もうと戦線を飛び出していた。なお、この部隊を率いていたのはポウトレクの弟のセドレクで、彼はアサナス軍を包囲しようというよりは兄の偵察隊とそれを支援して森の中にいる騎士団の残り半分との合流を目指していた。


 ともあれ、砂烏騎士団は緋竜騎士団の穴を埋めるべく第三連隊の後方から左側面を通って前に出ようとした。しかしそこはマバイオ族の正面だった。マバイオ族はイムルーの部族で、森ではシカ族と並ぶ勇猛な部族である。本来であれば砂烏騎士団は緋竜騎士団に続いてマバイオ族の左側に回り込み包囲環の一角を形成しなければいけないはずだったが、マバイオ族は自由にさせてくれなかった。

 騎士団副長は突破を試みもがいていたが、マバイオ族の後退は良く統制されており如何ともし難かった。一方、騎士団の右にいる第三連隊はベリリッヒ族と戦っていたがこちらは押し気味であり相対的に砂烏騎士団は前進が遅れていた。

 その時、第三連隊の後方に混乱が生じたのが騎士団から見えた。シカ族の襲撃である。族長のヤバを筆頭に血気盛んなアサナスの戦士達が第三連隊の背後に襲い掛かってきた。意図せぬ方向からの敵の出現に第三連隊は大きく態勢を崩された。シカ族は第三連隊の傷口を広げながら砂烏騎士団の方に向かって来た。騎士団は前面のマバイオ族に加えて、背面にシカ族を迎えようとしていた。


 非常に危険な状態と言える。が、この事態にあって侯爵は別のことに心を奪われていた。彼はシカ族の中に騎上で弓を射る少年を見た。族長の息子のヤバイである。コブシシを巧みに操りながら鐙に立ち、的を定めるや屈めた身を素早く起こし、やや小ぶりの弓を引き絞り、矢を放つ。一連の動作に無駄や淀みがなく、また矢は面白いように的に中った。どれだけ修練すればこのような洗練された動きが身につくのだろうか。侯爵の目はヤバイに釘付けになった。不思議と息子の姿と重なった。ただし彼の子の弓の腕前は大したことはなかったのだが。

「お館様、危ない!」

 侯爵の乗る輿に矢が突き立った。シカ族は矢が届く距離にまで騎士団に肉薄した。

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