19話 バイト先の新入り
学校生活において、月—金の5日間は本当に長いようであっという間に過ぎ去る。もともとマル高では授業毎に課題を出す教師が多く、その日のうちに復習と課題をしなければ翌日の授業についていけなくなる。これこそが、進学校ならではのカリキュラムなのか、と改めて思い知らされる。
中間試験以降、同級生の学習意欲が増したせいなのか、連日職員室は教えを乞う生徒で溢れていた。
こうして怒涛のカリキュラムをこなし、迎えた週末――。
俺は朝起きて早々に授業の復習と課題を終わらせ、いつものようにバイト先であるアニショップへと向かっていた。
――そう言えば、今日から新入りのバイトが来るって、店長が言ってたなぁ……。アニショップで働く、ということはきっとオタで間違いないっしょ。どんな子かなぁ……。仲良くなれるかなぁ。
アニショップの裏口から入り、更衣室で着替えを済ませた俺は、始業開始登録をしようとスタッフ控室へと入った。するとそこには、店長が誰かに説明している姿があった。俺は自分のIDカードを専用の機械へかざそうと、店長の近くまで歩みを進めた。俺の姿に気付いた店長は俺を呼び止め、新入りとして対応していた人を紹介した。
「神蔵くん!ちょうどいい所に。紹介するね、今日から一緒に働く雫石さんだよ」
店長に紹介されたのはまさかの雫石さん!?
驚きのあまり俺はしばらく瞬きしかできず、そのまま固まっていた。
「……なんか言ってよ」
「あ……えっと……よ、よろしく」
「……どもりすぎでしょ」
雫石さんと俺が親し気に話をしているように見えた店長は、目を丸くしながら訊いてきた。
「2人って……知り合いなの?」
「俺たち、一緒の学校でクラスも一緒です」
「あぁ、なるほどねぇ……。道理で初めまして感がないわけだわ」
「初めまして感……?」
「普通はさ、もっとぎこちなくなると思うんだけど、2人からはそんな雰囲気は全くない……。むしろ、仲が良いように見えたからなんでだろう、って思ってたんだ」
雫石さんと俺は互いに顔を見合わせ、思わず笑ってしまった。
「さて、他のスタッフへの紹介と案内がまだだから、一旦私たちは店舗の方へと行こうか」
「はい」
「神蔵くん、あとは頼んだよ」
片手をひらひらとさせながら店長は店舗の方へと向かって行った。その後を追うように、雫石さんも続いた。
「また後でね」
雫石さんはそう言い、優しい笑顔を俺に向けてくれた。
――学校もバイト先も同じって……。こんな運命的なことある?ってか、雫石さんがバイトを探しているのは知ってたけど……まさかアニショップを選ぶなんて……。後で時間があれば聞いてみようかな。
俺の足取りは軽く、高揚した気持ちのまま業務を始めた。
週末は客足が伸びることもあり、商品の補充が大変だった。特に人気作はコーナーを広く設けるとともに、商品も豊富に取り揃え売上を伸ばしていた。最近ではネット通販でも購入できるため、店舗受け取り列にも行列ができるほどの賑わいだった。
――道理で段ボール山積みになっているわけだわ……。これだけの商品を仕入れて陳列するには、人手が多いにこしたことはないからな……。
俺は山積みになっている箱と、その上に置かれていた商品入荷リストを見比べ、発注された数と仕入れで入った数を確認していた。するとそこに、店長が雫石さんを連れてやって来た。
「神蔵くん、今している作業を雫石さんにも教えてくれないかな」
「……はい、わかりました」
「まぁわからないことがあれば、神蔵くんや他のスタッフに聞きながら覚えてください。私は基本的に事務所に籠っていることが多いから、現場のことは現場スタッフに聞いてもらう方がいいかもね。じゃ、今日からよろしくね」
一通り説明を終えた店長はそのまま事務所の方へと去って行った。その後ろ姿を見つめながら、雫石さんは俺に尋ねてきた。
「店長ってあんな感じなの?」
「そうだね……俺のときもあんな感じだった」
「親しみやすい、……お父さん感」
「ぷっ、それわかる!」
「きっとまだ若いんだろうけど、なんだろうね……あの貫禄は」
「俺も初めて会ったとき、全然店長感がなくてびっくりしたもん」
「けど、こうしてバイト採用してもらえて良かった……ここがだめならどうしようかと思ってたんだ」
「他にもバイト面接行ったの?」
「うん……まぁね」
そう言う雫石さんの表情はどこか切なげな様子だった。
俺はその表情の理由を知りたかったが、深入りするのは違うだろうと思い、業務内容について説明することにした。雫石さんもそれ以上は何も言わず、俺が説明することを時々メモしながら一緒に山積み段ボールを片していったのだった。
バイト後――。
「お疲れ様でした」
「お疲れ様、今日は色々とありがとうね」
店長に見送られ俺は着替え終えた後、アニショップ裏口で雫石さんを待っていた。
「……神蔵?」
「雫石さん、お疲れ」
「うん。神蔵もお疲れ」
「駅までだけど、一緒に帰ろうと思って」
「へ?それで待っててくれたの?」
「うん……まぁね」
照れ隠しをするように、はにかんだ俺を見た雫石さんも同じように照れているように見えた。
「バイト初日はどうだった?」
「覚えることが多くて大変……けど、思いのほか楽しかったかも」
「そっか。俺もまだ始めてそんなに日は経ってないけど、何かわかんないことがあったら遠慮なく聞いてね」
「おっ!頼もしいね、先輩!」
「ちょっ……先輩って」
こうして他愛もない会話をしながら歩く帰り道は、いつも以上に短く感じるとともに、俺にとっては特別な時間となった。
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