6話 俺だけの特権!?

 午後の授業も終わり、迎えた放課後――。

 俺は帰り支度を早々に済ませ、雫石さんの方へと目を向けた。案の定、彼女も荷物をまとめいつでも出られる様子だった。


「ほな、凛人、雫石さん、また月曜な!俺は今日、部活の見学兼仮入部の予定やねん!また夜にでも連絡するな!」


 ――大八木くんの予定、聞いてないけど……ま、いいか。


「う、うん。……ばいばい」

「……またね」


 俺は大八木くんに手を振り見送った。


「私たちもさっさと用を済ませて帰ろう」

「そうだね」


 荷物を持ち、俺と雫石さんは帰宅する生徒とは反対方向に向かって歩き始めた。


 職員室へ入ると、入り口には学年主任と並んで森口先生が立っていた。


「わざわざ呼び立ててごめんなさいね。この間作業してもらった研修のしおり、修正が入ってしまって、一部分を消さないといけなくなったの。各クラスの学級委員で修正することになったから……。これ、2組の分。空いてる席を使ってくれていいから修正、お願いします」


 先生から人数分の冊子と修正テープを受け取り、近くの席に並んで作業をすることにした。

 学年主任は何も言わないが、無言の圧を感じていた。


「思うんだけど、これくらいなら先生だけでもできるんじゃないかな……」


 ――はい、俺もそう思います。


「そうだよね……修正箇所が多いなら手伝うけど、この一文だけを消すなら先生でもできそう。……けど、俺たちに頼むってことは、他にもやることが多くて間に合わないんじゃないかなぁ」

「……お人好しの考えだね」

「えっ……、あぁ……そうだね」

「……言い過ぎた……ごめん」

「いや……そんな……気にしないで」


 気まずい空気が漂う中、紙をめくる音と修正テープを引く音だけがその場に響いていた。

 作業自体はほんの15分ほどで終わり、修正した冊子を森口先生の机へと運んだ。


「おっ、早いね!助かりました!ありがとう~。気を付けて帰ってくださいね」

「失礼します」


 2人してお辞儀をし、職員室を後にした。

 校内はがらんとした静けさしかなく、時折吹奏楽の練習している音が響いていた。


「そういえば、雫石さんは部活とかしないの?」

「あぁ、うん。……部活よりも、バイトしたいかなぁ。神蔵は?」

「お、俺も雫石さんと一緒。部活よりもバイトしたい、というか明日からバイトなんだぁ」


 バイトを公認している高校は数少ない中、マル高はそれを認めている。

 俺自身、マル高を選んだ理由のひとつに、バイトの公認をしている点が大きかった。

 勉学に支障が出ない限り、部活をしようがバイトをしようが個人の自由、ということだろう。校則もそこまで厳しくなく、髪の毛を染めていようが、耳にピアスをしていようが構わない。ただ、法律で決められている常識的なことは守るように、とだけ入学式の挨拶で学校長が言っていた。


「バイト、もう決まってるんだ。早いね……」

「……そう言えば俺、合格発表の翌日にはバイトの面接を受けてたかも。早く決めないと他の人が採用されそうだったし……ダメ元で受けたら受かったんだぁ」

「へぇ。私も早く決めないとな……」

「雫石さんはどんなとこでバイトしたいの?」

「うーん……飲食店……は向いてないだろうし、ショップ店員……とかかな」

「そっか……早く見つかるといいね」

「だね」


 こうしてまた無言の間が訪れたが、最近の俺はこの無言の間自体、受け入れられるようになっていた。むしろ、無言でも一緒にいられる時間があるだけ嬉しい、とさえ思っていた。


 学校から駅まで歩いて10分程度――。

 2人の間には距離があるが、傍から見ればカップルにでも見えるのだろうか……。そんなことを考えていると、悲しくも駅が見えてきた。


 ――今日はクプラニのこととか、バイトのこととか……色々と話せたしいいっか。これ以上何かを求めるとバチが当たりそうだ。


 駅の改札を通ろうとICカード入れを取り出した直後――。


「あのさっ!」

「ふぇっ?!」


 雫石さんの声に驚き、思わず変な声が出た。


「その……神蔵と……連絡先……交換したい」

「えっ?」

「だから!……連絡先教えて、って言ってんの!」

「あぁ……うん!もちろん!」


 ――待て待て待て……なんだ?一体何が起きてるんだ?雫石さんが俺の連絡先を欲している……よく考えろ。これにはきっと何か理由があるはずだ!でなければ、俺の連絡先なんか知る必要ないはずだ……。


 頭の中がパニックになりそうな俺は、雫石さんにバレないように平静を装い、自分のスマホをポケットから取り出した。


「えっと、はい。これ俺のQRコード」

「ん。メッセ送るね」


 ブブッ――。

 俺のスマホ画面には雫石さんから送られてきたスタンプが映っていた。


「あっ!これって……クプラニのスタンプ!」


 送られてきたスタンプを凝視していると、隣でくすくす笑う声が聞こえてきた。


「神蔵だって、このスタンプ持ってるんじゃないの?」

「持ってるよ!けど……今まで家族にしか使ったことないし、こうやって送られてきたこともないから、つい嬉しくて……」

「ふふ、いいよね、このスタンプ。私、第2弾のスタンプがお気に入りなんだ」

「俺は……第1弾かな」


 何気なく会話をする中で、普段学校では見ない雫石さんの笑顔に、俺の心臓の動きは激しさを増していた。


「クプラニトークできる人、周りにいないから色々情報教えて欲しいな」

「俺にも教えて欲しい!」

「わかった」

「じゃあ、また」

「またね」


 雫石さんに手を振り、俺はそのままホームへと続くエスカレーターに乗った。


 ――おっと~。これはどういう展開なんだ!今の表情はなんぞ?学校ではクール、というか澄ましているのに、クプラニの事を話していると乙女じゃん!かわい過ぎるでしょ。こんなの……惚れてまう。落ち着け俺、落ち着くんだ……。


 ブブッ――。

 一息吐こうとしていると、俺のスマホに雫石さんからメッセージが届いた。


『フレ申請するから、クプラニのID教えて』


 俺の心臓……まじでどうにかなりそう。

 ドキドキしながらクプラニのユーザーIDを調べ、メッセージに入力し送信した。


『ペコリ』

 クプラニメンバーのスタンプがお辞儀をしている……いつもは送信でしか使わないスタンプが、こうして送られてくると不思議な感じがする、が……これもこれで良い、と思いながら俺はスマホ画面から目を離せないでいた。

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