7話 週末の予定

 色んな意味で濃厚な1週目を終え疲れ切った俺は、脱力しながら家のドアを開けた。

 ガラン、とした廊下にリビングからひょっこりと顔を出したのは、愛しのお猫様だ。


「にゃ~ん」


 甘えるように可愛らしく鳴き、首に着けた鈴をカランコロンと鳴らしながら俺の元へと走って来た。


「玉三郎、ただいま~」


 頭、顎の下と撫でられ玉三郎は満足したのか、喉をゴロゴロと鳴らしながらリビングの方へと去ってしまった。


「猫は気まぐれだな……」


 洗面台で手洗いとうがいを終えた俺は、鞄を部屋の前に置き、そのまま浴室へと向かいシャワーを済ませた。いつもなら、シャワーが終わる頃に玉三郎が浴室へと入って来ているはずなのだが、今日はお出迎えがなかった。


 ――玄関で満足したならしゃーないな……。


「ふぅ~さっぱりしたぁ」


 スウェットに着替え終え、リビングへ向かい夕食の準備に取り掛かろうとしていた。


 ブブッ――。

 テーブルに置いたスマホのバイブが鳴り、しばらく間隔が空いてはバイブがブブッ、ブブッ、と鳴っていた。


 ――メルマガは通知オフにしているからブルわないけど……時間的に大八木くんか?


 そう思いながらスマホ画面を確認すると、そこには大八木くん以外にも明日からお世話になるバイト先の店長、そして雫石さんからの連絡も来ていた。


 ――雫石さん?!すぐに読みたいけど、送られてすぐ既読にするのは良くないよな……キモいと思われるのはイヤだし……くっそぉ。スマホの機種が違えば既読にせずとも確認できるのに……。どのくらい時間空けて読めばいいんだ?……ん?むしろ、早くに読んで返した方がいいのか?んなこと、この俺にわかるわけがないっ!どうすりゃ……。


 考えても答えが出るわけではなく、俺は結局メッセが届いた順で読み進めることにした。


 大八木くんは仮入部から正式にテニス部へと入部を決めたという報告。なおかつ、夕飯の後にクプラニを進めるらしい。

 バイト先の店長からは、明日の大まかな予定と集合場所について簡潔的な内容で記載されていた。

 

『私のコレクション、神蔵にだけ教えてあげる』

 そのメッセとともに添付されていたのは、雫石さんが持っているであろう、スクショされたクプラニSSRカードの数々……。


 ――そういえば、雫石さんって【'AmO】のファンだよな……。確か、メンバーカラー黄緑のラキくん推し。声優は豊島羅輝とよしまらきさんだっけな。にしても……、さすがは同じオタだけあってコレクションは多い。だが……俺の方がコレクションとしては多い!


 雫石さんと同じようにクプラニコレクションのカードをスクショし、メッセに添付して送信した。レギュラー版、期間限定版、イベント版――コンプリートをしているわけではないが、数の多さでは俺の方が負けていなかった。


『さすが!しかも、どれもレベルMAXじゃん!』

『レベルが高いのはSSRだけだよ。他のはひよこレベル』

『それでもすごいやり込んでる感がある~』

『お褒めに預かり光栄です』

『www』


 ――なんだろう……スマホ画面越しなのに、雫石さんが目の前にいる感じがする。それに、普段はあんまり話をしない雰囲気が出ているのに、メッセだと明るい女の子……。どっちが本当の雫石さんなんだろう。


 そんなことを考えながらも、しばらくメッセのやりとりは続いた。

 ある程度落ち着いたタイミングを見計らい、隣に来ては「にゃ~ん」と鳴き声をあげ、ごはんを欲する玉三郎と俺自身の夕食の準備を始めた。


「ただいま~」


 夕食後、リビングで寛ぎながらクプラニをプレイしていると、玄関先から父の声が聞こえてきた。


「おかえり~」


 俺は玄関への出迎えはしないが、我が家のお猫様は違うらしい。とりあえず挨拶がてらふらふら~っと顔を出し、ある程度満足したら好きなように寛ぐようだ。


「たまは凛人と違って可愛げがあるなぁ」

「ちょっ、聞こえてるけど!」

「聞こえるように言ってるからな!」

「うぜぇ」


 父がリビングへと入って来るまでに夕食を温めなおそうと思い、電子レンジを操作し始めると、これまた気まぐれなお猫様が俺の足元にじゃれついてきた。


「いや……これは玉三郎のじゃないからね」

「にゃ~にゃ~」

「そんな可愛く鳴いても何もないよ」


 ゴロゴロゴロ――。

 

 ――まったく……喉を鳴らしてなんのアピールだよ。


 お猫様の可愛さに俺は負け、食器棚からちゅーるを取り出した。


「凛人も、たまには甘いねぇ」

「うるせぇ」

「そういや、明日からバイトだっけ?」

「そうそう。今日、店長からメッセ来た」

「迷惑をかけるんじゃないぞ!」

「わーってるよ!」

「さてさて、今日は何を作ってくれたのかなぁ」

「今日は鯖の味噌煮。今温めてる。ごはんと汁物はセルフで入れて。俺はこれから集中してするべきことがあるので部屋に籠ります!」

「なんだっけ……アイドル育成のアプリゲームだっけ?」

「そ」

「そんなことばっかりしていると、友達できないぞ~」

「友達はいるし!ていうか、ちゃんとできたし!クラス内にクプラニフレいるし!」

「おぉ!それはそれは、どうぞごゆるりと~」

「おやすみっ!」


 父との会話を切り上げた俺は自室に籠り、俺はゲームの続きを始めていた。

 ふと時計を見ると、23時を回ろうかとしていた。


 ――やべっ!明日に備えて寝ないと!


 バイト初日に遅刻するなんてもっての外!俺は急いでベッドへと潜り込んだのだった。



 ◇◆◇◆


 迎えたバイト初日――。

 遅刻するどころか、少し早めに到着してしまった。待ち合わせの場所へ向かうのと同時に、裏口から店長が姿を現した。


「あれ?もしかして……今日から来てくれる神蔵くん?」

「そうです。本日よりよろしくお願いします!」

「こちらこそよろしくね!」


 30代半ばか、見た目はしっかりしてそうな印象を受けた。

 裏口からロッカーへと案内され、着替えを済ませた俺に店長から直々に業務内容の案内を受けた。


「神蔵くんには商品の陳列とか搬入作業の手伝いをお願いすると思うから、店に置いてる商品の把握とか、分類分けしている位置は覚えてね」

「もう覚えてます!」

「へ?……もう覚えてるの?」

「はい!」


 そう、俺は既に店内のことは把握している。

 なぜならば……ここは俺の行きつけのアニショップだからだ!どこに何を置いているのか、わざわざ教えてもらわずとも問題ないほどに熟知していた。


 店長も始めのうちは驚いた表情をしていたが、事細かく教える必要がないとわかると、ほっとしたような表情をしていた。覚えることは多いものの、俺にとって念願とも言うべき場所でのバイトに、嬉しさ溢れる週末を過ごすことができた。

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