30話 ブラック時々甘党
バイト先近くのカフェは、普段なら人で混雑しているものの、朝早いこともあってか店内は
「あそこの席にしよっか」
雫石さんに促され、俺たちは入り口近くの席へ座ることにした。
向かい合って座るのかと思いきや椅子を隣に移動させ、まさかの並んで座ることになった。
「……」
――えぇぇぇぇっ!?……この状況、さすがに雫石さんとの距離が近すぎるのではっ!?少しでも動けば肩が触れるし、それに……それに!雫石さんの体温が……!
「凛人は何飲む?」
俺が心の中で叫んでいると、財布を手にした雫石さんが注文をしに行こうとしていた。
「えっと……アイスコーヒーにしようかな」
「オッケ!じゃ、オーダーしてくる!」
「……ちょっと待って!俺も行く!」
「え?いいのに……」
「行くよ」
こうして一緒にレジカウンターへと向かい、ドリンクのオーダーをした。
「会計はご一緒ですか?」
「はい」
「……え?」
店員の問いかけに俺が即答したことに驚いたのか、雫石さんはしばらく固まっていた。
会計を済ませた俺が雫石さんのドリンクをカウンターで待っていると、慌てた様子の雫石さんが俺に近づいてきた。
「凛人!お金……」
「いいよ。俺に大人しく奢られといてください」
「けど……」
「ね!」
「……わかった。ありがとう」
少し照れ気味に言う雫石さんから俺は目が離せなかった。
「お待たせしました~」
お互い注文したドリンクを受け取り、俺たちは並んで席へと戻った。
「それにしても、山と鉾って近くで見るのと遠くで見るとでは違うね」
「確かに。遠くからだと、縄がらみがあんなに綺麗ってことには気づけないもんね」
「凛人のおかげで、お祭りイコール屋台を楽しむ、っていう概念が変わったよ」
「俺だって、こうして祇園祭を楽しめるとは思わなかったよ」
「私たちの思い出がまた増えたね」
「そうだね」
店内の涼しさと、冷たい飲み物効果もあってか、火照っていた身体は次第に冷えて行った。ちょうどいい具合で涼んだ頃、バイトの時間が迫って来ていることに気づき、急いでカフェを後にした。
◇◆◇◆
「お疲れ様です。今日は開店前に商品の入れ替えをするのと、大阪支店に送る商品の入れ替えがあるので、皆さん協力して作業をお願いします」
店長からの朝礼を終え、俺は割り振られた作業へ取り掛かることにした。ふと隣を見ると、雫石さんと先輩が倉庫へ向かう姿が見えた。
――雫石さんは倉庫の荷ほどきか……。バイトが終わるまで話せないなぁ……。
少しだけがっかりしたが、仕事中は作業に集中しようと俺自身に言い聞かせ、入れ替えをする商品棚へと向かった。
数時間後――。
俺は一緒に作業していた先輩と交代で休憩へ入ることになった。
「あとは向こうの棚に入荷した商品の補充と、値札貼りが残ってます」
「了解です」
引き継ぎを終えた俺がスタッフ控室へ入ると、椅子に座りながらスマホを見ている雫石さんの姿が目に入って来た。
「雫石さん、お疲れ様」
「凛人じゃん!おつかれ~」
「今日、結構商品が多くて大変だね」
「わかる……。荷ほどきして、キャラ別にして、値札登録して……めちゃくちゃ疲れたぁ」
机に突っ伏す姿を見て、これまで蓄積していた疲れが吹き飛んだ。
――こんなことで疲れが吹き飛ぶなんて、俺って意外に単純なんだよなぁ……。
冷蔵庫に入れていたカフェオレを飲もうとしていると、顔を上げた雫石さんが俺に熱い視線を送ってきた。
「えっと……」
「バイト前はアイスコーヒー飲んでたのに、今はカフェオレなんだなぁ……と思って」
「なるほど。俺、もともと甘党なんだけど、朝は目が覚めるようにブラックなんだ」
「へぇ。ブラックなんて苦くて私は飲めないよ」
「俺も飲み始めの頃は苦くて飲めなかったけど、1年くらいしたらブラックの美味しさがわかるようになったよ」
「私、何度か挑戦はしてるけどやっぱり無理だわ……。家族の中でも、甘党なのお兄と私くらいだよ」
「カフェインの摂りすぎは身体によくないんだけど、眠気覚ましにはなるよ」
「ふぅん……っとやばっ!私そろそろ戻らないと!」
慌てて立ち上がった雫石さんは、ロッカーに荷物を入れた足で控室を出ようとしていた。その場で一旦踏みとどまった雫石さんは俺の方を振り返り、ニコリとした表情で言った。
「またバイト終わりに!」
「うん!」
――俺はなんて幸せ者なんだろう……。
俺はしばらくの間、雫石さんが出て行った後の控室の扉をじっと眺めていた。
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