29話 眩い存在
――両親の話、前までは聞きたいなんて思いもしなかったのになぁ……。これも全ては俺に彼女ができたから、……なのか?……彼女かぁ……。高嶺の花と言われていた雫石さんと、モブ的存在の俺が恋人同士……かぁ。
風呂上りの火照った身体で考えながらリビングへ戻ると、父親がソファに寝転がったまま寝息を立てていた。俺は近くに置いていたタオルケットを眠っている父親にそっと掛け、その場を後にした。
部屋へと戻り、机の上に置いていたスマホを見ると、雫石さんから連絡が入っていた。
『明日、駅前7時50分に待ち合わせでいいかな?』
『大丈夫!』
ものの数秒後――。
『りょうかい!』
クプラニのキャラが親指を立てたスタンプが送られてきた。
――俺も同じの持ってる!
スタンプを見た瞬間、嬉しくなった俺は同じようにクプラニのスタンプを送った。
◇◆◇◆
ベッドに寝転がり、スマホ画面で送られてきた動くクプラニのスタンプを見ながら私は大きく深呼吸をした。
「雫石さんの事が好きです」
バイトの帰り道、思いもしない告白をされたことを思い返していた。
今まで何度も言われてきた言葉だけど、そのほとんどが度胸試しみたいな感じだとわかっていた。いつしかその言葉を聞くのも嫌になっていたけど、神蔵と出会い仲良くなり、だんだんどと距離が近づくにつれ、私にも恋愛感情が芽生えた。
――想いを寄せてる人から言われると、こんなにも嬉しいんだなぁ。それに、この私が彼からの連絡だけで一喜一憂するだなんて思いもしなかったよ……。
夏休みのバイトを口実に、神蔵との時間を確保している私自身を少しだけ引いたけど、一緒にいられるならいいや、と思いながら眠りについた。
◇◆◇◆
迎えたデート初日――。
俺は待ち合わせ時間よりも早くに到着していた。
――やべぇ……。楽しみすぎて早く着いてしまった……。
家を出る前、父親に「彼女とのツーショット撮って来いよ!」と言われたことを思い出し、俺は頭を左右に揺らし、父親の言葉を脳内から削除しようとしていた。
「凛人……」
ふいに名前を呼ばれ顔を上げると、髪の毛を一纏めに黄緑色のリボンで結び、白の半袖、デニムショートパンツを身につけた雫石さんの姿があった。
「……えっ?……えぇぇぇぇっ?……早くない?」
「そういう凛人だって早いじゃん」
口を尖らせ、むっとした表情の雫石さんだったが、俺には可愛い女の子にしか見えなかった。
「俺は……雫石さんと出掛けるのが……楽しみすぎて……早く来てしまった」
言ってるそばから恥ずかしさが込み上げてきた俺は、雫石さんに照れた顔を見られたくなくてそっぽを向いた。
「凛人……照れてる。ふふふふふ」
「ちょっ……。仕方ないよ……。こんなこと……初めてなんだから」
「私だけの特権だもんね!」
「なっ!?」
俺の目の前に現れたかと思うと、眩いばかりの笑顔を向けてきた。
――雫石さんの色んな表情を見られるのはすごく、すっごく嬉しいことなんだけど、俺の心臓が持たねぇ……。学校では見たことがない表情を、バイト先やこうして出掛けるときに見せてくれるのは、俺に対して心を許してくれていることだとは思うんだけど……。だけどっ!
「凛人。ぼちぼち行こっか!」
「うん」
雫石さんに促され、予定よりも早かったが俺たちは山鉾巡りをすることにした。
朝早いとは言え、夏の日差しはじりじりと肌を焼き付けるようだった。
「やっぱり朝でも暑いね」
「そうだね。あんまり風がないからかなぁ……。凛人、暑くて風が欲しいときは言ってね!小型扇風機持ってるから!」
「ありがとう」
他愛ない会話をしつつ、通りに建てられた山鉾を眺めては、スマホで込められた意味を調べたり、伝統的な縄縛りを写真に収めたりしていた。
「京都に住んでても、知らないことは多いなぁ」
「わかる!私も祇園祭の事、厄除けっていう意味が込められてるって知らなかったもん」
「雫石さん、誘ってくれてありがとう」
「えっ!?急にどうしたのさ」
「雫石さんに誘われなかったら、こうして山鉾をゆっくり見ることもなかっただろうなぁ、と思って……。それに、すっごく楽しかった」
「私も楽しかったよ!そうだ!今日の思い出に写真撮ろ!」
そう言いながら雫石さんは俺と腕を組むような姿勢をとり、インカメでパシャり、と写真を撮った。
――ちょいちょいちょい!めちゃくちゃいい匂いするんですけどぉ。あぁ……俺、絶対変な顔してるよ……。
俺は少しだけ後悔しつつも、撮ったばかりの写真を眺めている雫石さんの横顔を写真に収めた。
――俺が撮ったことに気づいてないっぽいな……。
俺は彼女の横顔を、メッセアプリの個人背景画面に設定した。
――いつか下の名前で呼べるようになるかな……。呼びたいな。
一通り見物して満足した俺たちは、バイト先近くのカフェへ行くことにした。
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