3話 眩しい笑顔

 担任教師による独断で決められた委員会。それも、陰キャな俺にとって接点などなかった学級委員――。

 以前みたいな男女でペアを組むという概念はないらしく、委員会によっては同性で組むところもあった。


「はい、じゃあこれで委員会は決まりましたね。次は……今月末にある、学年合同交流会の班決めをします」


 学年合同交流会――。


 ――確か、学校説明会で聞いたことのある、1泊2日で行われる研修旅行的なイベントだったよな……。交流会と言ってもクラス対抗で何かをするわけではなく、ただ一緒に同じ環境下で過ごすだけのこと……。


「せっかくだし、学級委員に司会進行をお願いしよっかな~」


 思いも寄らない森口先生の提案に、緊張のせいか俺の心臓はバクバクと鼓動が速くなり始めた。


 ――司会進行ということは、雫石さんと一緒にクラスメイトの前に立つ、ってことだよなぁ。


「さっさと終わらせよう」


 そう言い、俺よりも早く立ち上がった雫石さんは、すたすたと教壇の方へ歩き始めた。俺も彼女の後を追うように付いていった。教壇の前に立つ彼女の姿は堂々としており、言葉で表すならば凛々しい、という言葉が当てはまりそうだ。


 雫石さんはくるりとクラスメイトの方を向き、少し大きめの声で話始めた。


「では早速、6人1組になるように班決めをしようかと思います。何か良い決め方はありますか?」

「……」


 一同無言。


 ――ま、そうなりますよねぇ……。


 クラスメイト同士、出会ったばかりの面々ばかりな上、きょろきょろと様子を見ながら反応を伺っている感が半端なく出ていた。


「私の提案なんですけど……」


 重い空気が流れる中、話し始めたのは俺の隣に立つ雫石さんだった。


「縦列か横列で組めば、ちょうど6人なのでいいんじゃないでしょうか」


 ――言われてみれば、このクラスは縦6人×横6人(一番端の列だけは5人)の合計35人構成。グループ分けするなら雫石さんの案はすごくいい!


「確かに……」

「雫石さんの案に賛成~」

「縦列、横列どっちでもいいね!」


 クラスメイトの大半が雫石さんの案に賛同していた。


 ――俺としては、縦列よりも横列の方が雫石さんと同じ班になるからいいんだけどなぁ……。


 黒板に班決めの案として上がった『縦列・横列』と書いていると、森口先生が何か思いついたのかのようにパチン、と手を叩き生徒の注目を集めた。


「そうそう!言い忘れてたのだけど、学級委員の神蔵さんと雫石さんは当日、他のクラスの学級委員と一緒に私たち教員の補佐をしてもらうので、班決めからは外しておいてくださいね」

「えぇ~」

「ってことは、横列はアウトじゃん」

「んじゃぁ縦列の班でいいんじゃない?」

「そうだね~」


 少しずつではあるものの、クラス内の雰囲気も良くなっていた。

 他に案は出ず、結局雫石さんが提案した縦列で班を組むことになった。


「窓側から順に1班、2班……でいいよね」


 こうして時間にして約10分ほどで班決めが終わった。


「今決めた班は、1日目に予定しているキャンプで調理してもらうのと、夜に行うレクリエーションのメンバーです!今から時間を使って、それぞれ役割とかレクリエーションの内容を決めて下さいね。学級委員の2人はこのあと、職員室にいる学年主任のところ行ってください」


 1つ終わればまた次の課題が出てくる……。入学初日である、ということを忘れそうになるくらい様々なことを決めなければならなかった。


 森口先生に言われた通り、俺は雫石さんと一緒に職員室へと向かっていた。俺は隣を歩くのを躊躇い、彼女の少し後ろを歩いていた。雫石さんのブレザーのポケットからひょっこりと顔を出している子が、雫石さんが歩くリズムに合わせてゆらゆらと揺れる姿が目に留まった。

 俺の中にあるオタク魂が叫びそうになっていた……が、ここでオタク魂を全開にするとドン引きされる可能性があるため、雫石さんにばれないように一息つき、ゆったりとした口調で声を掛けた。


「ねぇ、雫石さん」

「何?」

「クプラニ好きなの?」

「えっ?!は?!……な、なんで」

「そのストラップって、クプラニのラキくんだよね!実は俺も……むぐっ」


 気がつくと俺は雫石さんの手で口を塞がれていた。


「あんまり大きな声で言わないで!」


 今までになく焦っている表情の雫石さんだったが、照れているのか顔がみるみるうちに赤くなっていた。


「むむぐ……むぐ……むむ……」

「手、離すけど、さっきみたいに大きな声で話さないでよね!」


 ――俺的には普通の声の大きさだったと思うんだけどなぁ……。それに、周りには誰もいないよぉ。


 と心の中で呟きながら、俺は首を縦に振った。

 普段からハンドケアを怠っていないような、さらさらで柔らかい手が俺から離れていくのは少し寂しかったが、解放されなければ話をすることができない。


「なんか……ごめん」

「べ、別に謝る必要ないじゃん」

「……クプラニのこと……話せる人ってそんなにいないから、つい嬉しくなっちゃって……」

「私、あの時もしかして知ってるのかなぁ……って薄々感じてた」

「あの時って……あぁ!朝のICカード入れ!」


 ギロリ――、雫石さんが俺を睨み付けるように鋭い視線を向けた。


「ご、ごめんなさい……」

「この話は終わり!さっさと職員室に行くよ!」

「あ、うん」


 さっきまでは雫石さんの後を付いていくように歩いていたが、なんとなく隣を歩けそうな気がしたため、俺は彼女と並ぶように職員室へ向かうことにした。

 初めて入る職員室。改装して綺麗になったとはいえ、教員たちのデスク周りはたくさんの参考書や資料が並べられていた。整理整頓、と職員室の入り口に張り紙がされているのは見えていないのかもしれない……。


 俺たちの姿を見つけた学年主任は、その場で立ち上がり手招きをしていた。


「雫石さん、あっちみたい」


 職員室内をキョロキョロと見回していた雫石さんの肩に触れ、学年主任がいる方を指差した。


「2組の学級委員です」

「他のクラスはまだ来てないんだけど、まぁ先に始めておこうか。準備室に移動しよう……あ、そこの段ボールも一緒に持って来てくれるかな」


 雫石さんが持とうとしたのを、俺は言葉で遮った。


「俺が持つから先に行って」

「……そう、わかった」


 何が入ってるのかわからなかったが、段ボールはずっしりとした重みがあった。


 ――この重さを女の子に持たせるわけにはいかないでしょ。……にしても、重すぎる……。インドア派の俺にはそこまで体力がないぞ……。


 台車かなにか乗せて運べるものはないのか、と思いつつも、なんとか気合いで運ぶことができた。


「はぁ……はぁ……はぁ……」

「ちょっと大丈夫?……めちゃくちゃ息、上がってるけど……ふふふ」


 口元を片手で押さえながらくすくす笑う彼女に、俺は釘付けになっていた。


 ――雫石さんが……笑っている?!作り笑いではなく自然な笑顔……。その笑顔が見られただけでも俺は頑張った甲斐がありましたよ。ごちそうさまです。


 一瞬で疲れが吹き飛んだ俺は、その後の作業も難なく行うことができた。

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