2話 これは運命なのかもしれない
お互いに顔を見合わせ、驚いた表情のまま時間だけが過ぎていた。
俺の目の前にいる女の子は、登校前に出会った子で間違いない。艶のある黒髪セミロングヘア、ちらりと見える裾インナーカラーは綺麗なライトグリーン。風に吹かれ、ふんわりと鼻腔を掠める甘い香り、ぱちくりとした大きな瞳、誰もが目を引きそうな容姿――。忘れもしない女の子の姿が目の前にいる――。
彼女の反応を見る限り、俺のことを覚えていた……のかもしれない。
「その……同じクラスだったんだね。……俺、神蔵凛人。今日からよろしく」
俺は照れ隠しをするように頭をポリポリと掻き、彼女の反応を待っていた。一瞬、頬が赤く染まったようにも見えたが、すぐに平静を取り戻したかのように澄ました表情になった。
「
これで会話は終わり、と言わんばかりのオーラを出しながら雫石さんは途中だった読書を再開した。
――話しかけない方が良かったのかな……。
少しだけ残念な気持ちになった俺は、クラスメイトの様子を伺うために教室内を見渡した。クラスの雰囲気は比較的温厚なイメージと言いつつも、関わりがないから何とも言えない。新しい環境に即馴染める陽キャたちはもう打ち解け、和気藹々と楽しそうに話をしていた。男女比はどちらかというと3:2ぐらいの比率で男が多いようだ。
――人は人、俺は俺……。
俺自身に言い聞かせるように小さくため息を吐き、俺は窓の外に見える雲の流れをただただぼーっと見つめていた。
始業開始のチャイムの合図で全員がそれぞれ席に着いた。
ガラガラガラ――。
扉が開き、一人の女性教員が入ってきた。見た目は20代後半くらい。身長はどちらかというと低めで華奢。
「おはようございます。今日から3年間、皆さんの担任をすることになりました森口です。至らぬことも多いかもしれませんが、精一杯みなさんのサポートをしますのでよろしくお願いします」
――小・中学校の時は担任がコロコロと変わっていたが、高校は違うのか……。
そんなことを考えていると、クラスメイトの
――まぁ、誰も俺になんて興味ないだろうけど……。
「神蔵凛人です、よろしくお願いします」
ごくごく普通の挨拶を終え着席すると、周りから想定内の声が聞こえてきた。
「かみくら、じゃなくて、かぐらなんだ」
――そうだよな。かみくらって読めるもんなぁ。
「私も始め、かみくらだと思ってた」
ふと隣から聞こえてきた声に思わず顔を向けて反応してしまった。
「……えっ?!」
「なに?」
「いや……なんでもない……です」
何ともむず痒い気持ちを抱えながらも、内心では嬉しいと思っている俺がいた。
その後、あれよあれよと自己紹介は進み、雫石さんの番が来た。
「雫石彩菜です。よろしく」
ざわつく教室内――。
特に男子――。俺も男子なのだが、ちょっとあからさまなのではないか、と思うくらい雫石さんを見つめる目がじめ~っとしていた。
――気持ちはわからないこともないけど、さすがに初対面だぞ!もう少し自重しろ!
心の中で多くの男子に忠告をしつつも、俺自身が雫石さんの容姿に見惚れてしまっていた。
「はぁ……」
成す術なく、俺はその場で小さくため息を吐くことしかできなかった。
クラスメイトの自己紹介が終わった頃に入学式の時間となった。
保護者に見守られる中、各クラスごとに講堂へ入場、校長・教頭・学年主任と堅苦しい挨拶を聞き、ようやく解放される頃には昼休みとなっていた。
「凛人~」
遠くから聞き覚えのある声が聞こえ、振り返ると……案の定、父がカメラを首からぶら下げ手を振っていた。
「ちょ、あんま大きい声出さんとって……ハズいわぁ」
「そうか?他の子たちも同じじゃないか」
「同じって……」
「クラスメイトはどうだ?仲良くできそうか?」
「まだわっかんない」
「そっか……まぁ、まだ始まったばかりだしな!気の合う友達ができるといいな!」
「そう……だな」
――果たして、人との距離をとりがちな俺に新しく友人ができるのだろうか……。
そんなことを考えながら父と他愛もない会話を終え、俺は教室へと戻った。
「ちょっとみんないいかなぁ」
誰よりも大きめの声を発したのは、担任の森口先生だった。
「今からライチタイムに入るんだけど、この後のホームルームで決めなきゃいけないことがあります。……できれば立候補にしようかと思ったんけど、そんな雰囲気じゃなさそうだし、私がくじを作ってきてもいいかな?」
教室内には「えぇ……くじ?!」「誰も立候補なんてしないでしょ」「くじ面白そうじゃん」口節に思い思いの主張をするクラスメイトを見ながら、俺自身も立候補よりかはくじ引きの方が良いと思っていた……口には出さないけど。
「それじゃあ今から昼休憩にします」
森口先生が教室から出ていくのを見届けた俺は、カバンから弁当箱を取り出し机の上に広げ始めた。
「なぁなぁ、一緒に食おうぜ!」
いきなり声が聞こえてきたかと思うと、前方からこちらを振り向く男子の姿が……。
「よっと」
机を持ち上げて動かし、俺と向かい合う形を作り出す彼の姿に、どうしていいかわからずしばらく固まっていた。
――ん?……俺、いいよ、的なこと言った?いや……言ってないよな。え?なにこの人……。人の同意なしでこんなことすんの?俺の考えがおかしいのか?
「あっ、いきなりごめん!なんか一人で食うよりも、こうやって席が近い人から仲良くなろうと思って……いや……だった?」
「そんなことないよ。ただ……いきなりで驚いただけ」
「そっか!なら良かった。俺、
「う、うん。よろしく」
「雫石さんもよろしくね」
――陽キャの特徴その1、誰とでも仲良くしようとする。
雫石さんの反応を伺ってみると……、ぺこりと頭を少しだけ下げただけだった。
――まぁそうなるよね……。うん、俺はそれでいいと思いますよ。
と、独りツッコミを入れながらも俺はご飯をもぐもぐと食べていた。
「凛人はさ、なんでこの高校に来たの?」
――陽キャの特徴その2、本人の意思確認しないまま下の名前で呼ぶ。
「えっと……」
しばらく無言が続き、俺自身もどうしていいかわからなくなっていた。その様子を見ていた大八木は、慌てふためきながら話し始めた。
「もしかして、いきなり俺が下の名前で呼ぶのまずかった?」
「あぁ……違う違う。俺……しゃべるの苦手というか、そこまでコミュ力高くないんだ……。だから、……大八木くんが悪いとかじゃないよ」
「そんな事気にしなくてもいいのに。まぁ、これから仲良くなろうや!」
――陽キャの特徴その3、基本ポジティブ。
他愛もない会話をしていると、あっという間に昼休みが終わってしまった。
鐘の音を聞き、俺はあることに気付いた。
――ゲームのオンタイムイベント逃したっ!
オンタイム限定で貰えるアイテムがあったのだが、こればかりはどうしもない。その時に俺がログインしていなかっただけのこと。イベント自体は始まったばかりなため、家に帰ってからゆっくり楽しむことにしよう、と思いながらも少しだけ悔しい思いを抱えていた。
――入学初日にこうして一人飯をせずに済んだと思えばいいか。
有意義な時間を過ごせて満足していた俺は、この後に待ち受けているくじ引きのことをすっかりと忘れていた。
「はぁい。では、今から委員会を決めていきます!まずは……学級委員ね!ちなみに、今回決める委員会は3年通しての委員会になりますので、担当になった方は卒業までよろしくお願いします」
「うそぉ!」
「3年?!」
「同じ人が続けてした方がいいのも一理あるよなぁ」
クラスメイトは森口先生の思いも寄らない発言に動揺していた。
「はいはい!みんな静かに~。私がくじを引くからといって、恨みっこはなしですからね!」
そう言いながら用意してきた箱に手を入れ、2枚の紙を取り出した。
「えーっと、出席番号6番と12番!」
――そんな!6番って……俺じゃん!……ん?待てよ……。12番って、もしかしてもしかすると……俺の隣にいる雫石さんなのでは?!
ふと、隣に座っている雫石さんをちらりと見てみた。
表情は変えていないが、担任を睨みつけているように俺は思えた。
「この調子でさくさくと決めていきますね~」
森口先生の強靭なメンタル……恐るべし。
俺はこっそりと雫石さんに話しかけてみることにした。
「雫石さん、その……これからよろしくね」
「……不本意だけどよろしく」
この短時間の間になんだかんだとあったが、これからの学校生活が楽しみだと思えたのはいいことだろう。
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