2話▶️これは運命なのかもしれない

 俺は学校へ来るときに素敵な出会いをしていた。一瞬の出来事だったかもしれないが、俺にとっては時間が止まったような感覚だった。


 艶のある黒髪セミロングヘア、ちらりと見える裾インナーカラーは綺麗なライトグリーン。風に吹かれ、ふんわりと鼻腔を掠める甘い香り、ぱちくりとした大きな瞳、誰もが目を引きそうな容姿——。忘れもしない女の子の姿を……今、俺は目の当たりにしていた。


 彼女の反応を見る限り、俺のことを覚えていた……のかもしれない。


「その……同じクラスだったんだね。……俺、神蔵凛人。今日からよろしく」


 照れ隠しをするように頭をポリポリと掻き、彼女の反応を見ていた。一瞬、頬が赤く染まったようにも見えたが、すぐに平静を取り戻したかのように澄ました表情になった。


雫石彩菜しずいしあやな、よろしく」


 一言で会話は終わり、と言わんばかりのオーラを出しながら雫石さんは途中だった読書を再開した。


 クラスの雰囲気は比較的温厚なイメージ、と言いつつも、関わりがないから何とも言えないが事実だろう。新しい環境に即馴染める陽キャたちはもう打ち解け、和気藹々と楽しそうにしていた。男女比はどちらかというと3:2ぐらいの比率で男が多いように思えた。


――人は人、俺は俺……。


 俺自身に言い聞かせるようにクラスの雰囲気を見ながらも、俺は窓の外に見える雲の流れを、ただただぼーっと見つめていた。


 始業開始のチャイムの合図で全員が席に着いた。


 ガラガラガラ――

 扉が開き、一人の女性教員が入ってきた。見た目は20代後半くらいか……。身長もどちらかというと低めで華奢。


「おはようございます。今日から3年間、皆さんの担任をすることになりました森口です。至らぬことも多いかもしれませんが、精一杯みなさんのサポートをしますのでよろしくお願いします!」


――小・中学校の時は担任がコロコロと変わっていたが、高校は違うのか……。


 そんなことを考えていると、クラスメイトの交流を深めるイベント自己紹介が始まった。あまりにもぼーっとしていた俺は、自分の番が来るのが早いことをすっかり忘れていた。

 内心慌てながらも、落ち着いてその場に立つことができた俺。


――まぁ、誰も興味ないだろうけど……。


「神蔵凛人です、よろしくお願いします」


 ごくごく普通の挨拶を終え着席すると、周りからが聞こえてきた。


「かみくら、じゃなくて、かぐらなんだ」


――そうだよな。かみくらって読めるもんなぁ。


「私も始め、かみくらだと思ってた」


 ふと隣から聞こえてきた声に思わず顔を向けて反応してしまった。


「……えっ?!」

「なに?」

「いや……なんでもない」


 何ともむず痒い気持ちを抱えながらも、嬉しいと思っている俺がいた。

 あれよあれよと自己紹介は進み、雫石さんの番が来た。


「雫石彩菜です。よろしく」


 ざわざわざわ――

 特に男子……。俺も男子なのだが、ちょっとあからさまなのではないか、と思うくらい雫石さんを見つめる目がじめ~っとしている。


――気持ちはわからなくもないが、さすがに初対面だぞ!


 心の中で多くの男子に忠告をしつつも、俺自身、雫石さんの容姿には見惚れてしまっている。


「はぁ……」


 成す術なく、俺は小さくため息を吐いたのだった。


 クラスメイトの自己紹介が終わった頃に入学式を迎えた。

 保護者に見守られる中、各クラスごとに講堂へと入り、校長・教頭・学年主任と堅苦しい挨拶を聞き、ようやく解放される頃には昼休み前だった。


「凛人~」


 遠くから聞き覚えのある声が聞こえ、振り返ると……案の定、父がカメラを首からぶら下げ手を振っていた。


「ちょ、あんま大きい声出さんとって……ハズいわぁ」

「そうか?他の子たちも同じじゃないか」

「同じって……」

「クラスメイトはどうだ?仲良くできそうか?」

「まだわっかんない」

「そっかそっか……まだ始まったばかりだしな!気の合う友達ができるといいな!」

「そう……だな」


――果たして、人との距離をとりがちな俺に新しく友人ができるのだろうか……。


 そんなことを考えながら父と他愛もない会話を終え、教室へと戻った。


「ちょっとみんないいかなぁ」


 誰よりも大きめの声で話し出したのは担任の森口先生だった。


「今から昼食なのはいいんだけど、この後のホームルームで決めなきゃいけないことがあります。……できれば立候補にしようかと思ったんけど、そんな雰囲気じゃなさそうだし、私がくじを作ってきてもいいかな?」


 教室内には「えぇ……くじ?!」「誰も立候補なんてしないでしょ」「くじ面白そうじゃん」口節に思い思いの主張をするクラスメイトを見ながら、俺自身も立候補よりかはくじ引きの方が良いと思っていた……口には出さないけど。


「それじゃあ今から昼休憩にします」


 森口先生が教室から出ていくのを見届けた俺は、弁当箱を取り出し机の上に広げ始めた。


「なぁなぁ、一緒に食おうぜ!」


 いきなり声が聞こえてきたかと思うと、前方からこちらを振り向くメンズの姿が……。


「よっと」


 机を動かし、俺との向かい合う形を作り出す姿にどうしていいかわからずしばらく固まっていた。


――ん?俺、いいよ、的なこと言った?いや……言ってないよな。え?なにこの人……人の同意なしでこんなことすんの?俺の考えがおかしいのか?


「あっ、いきなりごめん!なんか一人で食うよりも、こうやって席が近い人から仲良くなろうと思って……いや……だった?」

「そんなことないよ。ただ……いきなりで驚いただけ」

「そっか!なら良かった。俺、大八木悠斗おおやぎゆうと、よろしくな」

「う、うん。よろしく」

「雫石さんもよろしくね」


――陽キャの特徴その1、誰とでも仲良くしようとする。


 雫石さんの反応を伺ってみると……、ぺこり。


――そうなるよね……。うん、俺はそれでいいと思いますよ。


 と、ツッコミを入れながらも俺はご飯をもぐもぐと食べていた。


「凛人はさ、なんでこの高校に来たの?」


――陽キャの特徴その2、本人の意思確認しないまま下の名前で呼ぶ。


「えっと……」


 しばらく無言が続き、俺自身もどうしていいかわからなくなっていた。その様子を見ていた大八木は、慌てふためきながら話始めた。 


「もしかして、いきなり俺が下の名前で呼ぶのまずかった?」

「あぁ……違う違う。俺……しゃべるの苦手というか、そこまでコミュ力高くないんだ……。だから、……大八木くんが悪いとかじゃないよ」

「そんな事気にしなくてもいいのに。まぁ、これから仲良くなろうや!」


――陽キャの特徴その3、基本ポジティブ。


 他愛もない会話をしていると、あっという間に昼休みが終わってしまった。

 鐘の音を聞き、俺はあることに気付いた。


――ゲームのオンタイムイベント逃したぁ!


 オンタイム限定で貰えるアイテムがあったのだが、こればかりはどうしもない。その時に俺がログインしていなかっただけのこと。イベント自体は始まったばかりなため、家に帰ってからゆっくり楽しむとしよう……と思いながらも、少しだけ悔しい思いを抱えていた。


――入学初日にこうして一人飯をせずに済んだと思えばいいか。


 有意義な時間を過ごせて満足していた俺は、この後に待ち受けているくじ引きのことをすっかりと忘れていた。


「はーい。では、今から委員会を決めていきます!まずは……学級委員ね!ちなみに、今回決める委員会は3年通しての委員会になりますので、担当になった方は卒業までよろしくお願いします」

「うそぉ!」

「3年?!」

「同じ人がした方がいいのも一理あるなぁ」


 クラスメイトは森口先生の思いも寄らない発言に動揺していた。


「はいはい!みんな静かに~。私がくじを引くからといって、恨みっこはなしですからね!」


 そう言いながら用意してきた箱に手を入れ、2枚の紙を取り出した。


「えーっと、出席番号6番と12番!」


――そんな!6番って……俺っ!!ん?待てよ……12番って、もしかしてもしかすると……俺の隣にいる雫石さんなのでは?!


 ふと、隣に座っている雫石さんをちらりと見てみた。

 表情は変えていないが、担任を睨んでいるように俺は思えた。


「この調子でさくさくと決めていきますね~」


 森口先生の強靭なメンタル……恐るべし。


 俺はこっそりと雫石さんに話しかけてみることにした。


「雫石さん、その……これからよろしくね」

「……不本意だけどよろしく」


 この短時間の間になんだかんだとあったが、これからの学校生活が楽しみだと思えたのはいいことだろう。



 



 

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